第10話 母の味
「はい、
義母は、そう言って、自分の作った料理をテーブルに置いていきます。
「それは何?(汗)」
と聞いたら、
「うちの連中はね、美味しいものを作っても美味しいって言わないの。そのくせ、ちょっと口に合わないと文句言うからね、腹が立つでしょ。だから、最初から『美味しくないからね』って言っとくの」
だそうで。
義母様、それは切なくないかい?
「あたしはね、あんたみたいに上手に料理できないでしょ。農家の仕事ばっかりで、料理なんかしたことないんだから。そしたら、じじ(義父)が、『母さん(私)の料理は美味いな』って言うからさ、それで家出したの。内緒だよ」
あら、それで家出したのかい?
私はてっきり、軽い知的障害のある義妹が独立して生活するのが心配すぎて、あっちに行ったのかと思っていたんだけど……。(いや、多分、こっちが正解)。
まあ、確かに、うちの男どもは、「美味しい」と言いません。で、文句は言う。
家出したい気持ちもわからなくはありませんね。
それでも時々料理は作ってくるんですよ。
主に義父の好きな物を。
愛かしら? そこはビミョー。
義母の得意料理は「酢味噌和え」です。
「これ、どうやって食べるの?」
「ああ、茹でて酢味噌和えかな」
大抵のものは、茹でて酢味噌和えにします。
一度、うちの牛を放牧している山から、大量の楢茸というキノコを、義父が採ってきたので、
「これ、どうするの?」
と、義母にきいたらば、
「ああ、茹でて酢味噌和えだねえ」
と言われ、いや、それはないやろ、と思い、佃煮にしたら、義父が大喜び。
「母さん(私)の作ったこれ、なかなかいけるんだわ」
と、義母に言う、義父。
あっ……また、義母様の機嫌が……(汗)。
義母は、嫁いでからずっと、畑仕事と酪農の仕事をさせられていたので、家のことは殆どできません。料理は、小学校1年生から下の義妹が作っていました。なので、料理が上手じゃないのは仕方ないんですね。
それでも、私が義母に敵わない料理も沢山あります。
「牛乳豆腐」というものをご存知でしょうか?
牛乳を煮て、酢でかたまりを作り、塩で味付けをし、布で
これを、酪農家の人は「牛乳豆腐」と言いますが、要するに「カッテージチーズ」です。
豆腐何丁分ほどのカッテージチーズって何?! ですよね。
牛乳(初乳に近い乳で、市場には出回らないもの)を20リットルくらいで作るんですよ。物凄く大きな鍋で。
焦げ付かないように、常に混ぜながら、温め(時々お喋りに夢中になって、吹きこぼす)、沸騰してきた瞬間に酢を入れ、火を止め、塩で味をつける。
何度も近くで見ているので、やり方はわかる。
しかし、うちの義母様、
「酢がね、これくらいで〜」
シャーッと感覚で回しかけ、
「塩をここで、これくらいよ」
パッパッパッと容器から直接入れる。
いや、わかんないから。
「最初から沢山作ろうとしなくていいのよ。この鍋くらいからやってみれば?」
と、小さい(義母にとって)鍋を出して来る。
いや、あの、給食鍋の分量でわからなかったものが、カレー鍋に量を変えてできるとでもお思いで?
でも、一度だけ、実家で、甥っ子の夏休みの自由研究に、一緒に作ったことはあるんです。その時は、お料理サイトに頼りましたが。市販の牛乳だと、こんなに味が薄いのか〜、と驚きましたね。
また、この辺の郷土料理だと思われるのですが、「うま煮」という料理があります。
大根や人参、芋や、ごぼうやレンコン、こんにゃく、卵などが、一口で食べられんだろうってくらいの大きさに切られ、煮られたもの。
沢山のお客さんが集まる時に作られたり、お正月に煮しめの代わりに作られたりします。
私はこれの作り方がわからない。
義母が、得意の「給食鍋」で煮るのですが、まず、ベースの出汁が、どれが正解なのか分からないのです。その時によって、出汁の素だったり、鶏ガラスープの素だったり、もっと丁寧に昆布で取ったり。
煮る順番もアバウト。まあ、それはいいとしても。
「あら、だしが薄いねえ」
出汁の素。足りない。
「鶏ガラスープはもうなかったんだっけ。ま、こっちでいいか」
放り込まれるコンソメキューブ。
……真似できる気がしない。
そして出来上がったものは、いつもと同じ味で、美味しい。
……どうやって?!
義母の料理は、謎に満ちています。
※「うま煮」と「牛乳豆腐」については、近況ノートに、写真があります。
https://kakuyomu.jp/users/hiyuki0714/news/16818093083827251940
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