第7話 落ちる

「ごめんね〜、ちょっと落ちたんだわ。けい(夫・仮名)に連絡してもらえる?」


 そんな時に限って、義母は携帯を忘れる。近くの(近くはない。1km以上は離れていたらしい)家で電話を借りて、家に電話をかけてきた。

「どこでよ?」

「○線の途中〜。圭に言ったら、怒られるよね〜」

「言ってる場合?」

 場所等を確認し、夫に電話。


「お義母さん、○線で落ちたって」

「はあ?! またか?!」

 仕事中の夫は怒りながら、ショベルで出かけました。


 そう。冬の北海道では、ちょいちょい落ちます。


 車が。


 広い広い北海道の道路と言えど、全部に歩道やガードレールがついているわけでもなく、うっかりスリップすると、道路脇の畑にダイブ。

 これを、この辺の人は、お気軽に「落ちた」と言います。


「いや〜、今日は、空港近くで3台落ちてたわあ」

 という使い方をします。

 観光客の方々が、札幌の冬道と同じ感覚で運転されると、うちの方は道が凍てついていてアイスバーンなので、ほーらツルッといって、ドーン。みたいな。

 落ちます。冬場の空港近くでは珍しくない光景です。


 そして、うちでも珍しくないのが頭痛の種。義母が落ちるのは珍しくないのです。

 暴走族なので、冬道もへっちゃらで飛ばす。……そして落ちる。


 怪我はないのか? 大事故にはつながらないのか? 素人がショベルで引っ張り出していいのか? 

 そんな疑問が多々おありでしょうが、この辺では、落ちたり、吹きだまりに突っ込んだくらいでは、大体、そのへんの人に頼んで引っ張り出してもらうのです。


 畑の雪は除雪しないので、落ちたとて、パウダースノーが積もった柔らかい積雪の上。夏場に落ちたら大怪我ですが、冬場は意外と大丈夫。

 だからって、いつもノーダメージで済むということはないので、なるべく落ちないようにしてほしいのですが。



 一度なんか、義母が落ちてたところを、たまたま通りかかった地元の運送会社の車が、引っ張り出せる車を呼んで助けてくれたらしいのです。

 が、そんなことを言ったら、また息子に叱られると思ったので、連絡しなかったらしく。

 たまたま銀行かどこかで出くわした、その会社の人に、

「あんたんちの母さん、落ちてたってね」

 と教えられ……。

「なーんで連絡してこないのよ!!」

 めちゃめちゃ怒られていた義母なのでした。



 冬はまだいいのです。冬は、雪があるから。そして、道路から畑までの落差がそこまでないから。

 

 夏に落ちたら大変です。

 大事故になることもあり、さすがに素人が勝手に拾ったらヤバいよな、これ? というのもあって、とても危ない。落差が少なくとも1メートルくらい、坂道だと3メートル以上あるところもあるんです。


 それなのに、うちの義母、夏にもどうやら落ちたらしいのです。

 それをなんとかかんとか、畑の中を走って、農機の入口から這い上がり、逃げたようで(汗)……(パジェロとかその手のパワフルな車ばかりに乗るので脱出できるらしい)。

 流石に、畑の持ち主には、菓子折りをもってお詫びに行ったらしいのですが。


 あとで、そこの人から、まさか息子が知らないと思ってないので、

「いやあ、母さん、よくあそこから一人で抜け出せたよなあ」

 って聞いて……。


「落ちたのはしょうがないけど、なんで知らせないのよ!」

 と、また説教食らっていた義母様だったのでした。



 そんなに息子に叱られまくる義母でしたが、

「圭は、なんだかんだ私のこと心配してくれてるからいいよ? じいさん(義父)なんか、一回私がトラクターで落ちた時、『機械大丈夫か?!』って、先に機械の心配したんだからね!!」

 トラクターで落ちて、よく無事だったな。


 まあ、義父はともかく。

 

 私達は、少なくとも、あなたの身が心配なので、なるべく落ちないように運転してください。

 そう願った息子夫婦なのでした。

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