第4話 デート?の約束


 ユリアの1人目と2人目の夫は毒殺だった。ベルフォルカ家は古くから暗殺を生業にしてきたこともあり、毒の開発も行っていた。無味無臭の液体で、体内からも検出されない。毒の分量を調整すれば、死亡時刻もおおまかに操ることができるため、一番手っ取り早く、後始末も楽な殺し方だった。


 3人目の夫からは毒味役が配属されていたので、毒殺はほぼ不可能になった。しかし問題はなかった。なぜなら3人目の夫以降、嫁いだ初日からユリアの寝床に来るような男ばかりだったからだ。


「呪われた花嫁」と噂されている令嬢。まっとうな判断があれば伴侶の選択肢から外れるはずだ。しかし噂が広まれば広まるほど、彼女に求婚する男が増えていったーー中年の貴族たちである。


 見目麗しく、小柄で、おとなしそうな若い令嬢。こんな女が夫殺しなどできるわけがない、夫が死んだのはただの偶然だと下卑た笑みを浮かべながら、中年貴族たちはユリアを嫁にしたい、もしくは愛人にしたいと依頼を出した。王家や両親の命令に従い、ユリアは従順に男のもとへと嫁いだ。


 彼らは毒味役をしっかりと用意しているくせに、「呪われた花嫁」の寝床には1人でのこのこ向かうという不用心さを見せた。おそらく力でねじ伏せてしまえばいいという判断だったのだろう。


 嫁いだ初日から殺してしまうと流石に疑われるため、ユリアは黙って中年貴族に抱かれた。そして数週間経った頃、彼らが必死に腰を振り、行為に夢中になっているところを狙い、ある者は首を切り裂き、ある者は心臓を一突きにした。


(だけど今回のターゲットは違う……)


 ジグルドの瞳を思い出す。

 こちらを見る目は底知れぬ冷酷さが宿っており、大型獣に睨まれた獲物のように体が凍り付いた。自分は全く信用されていないのだとユリアは結論づけていた。あの様子だと寝室に来ることもないだろう。


 ならば毒殺ーーと次の手が浮かんだが、すぐに首を振った。


(毒殺は難しい……)


 ふう、と口元に手をあてる。ジグルドだけではない、全く隙のないナシリアやライカの姿を思い出す。彼らの目をかいぐくり、料理に毒を盛るのは至難の業だ。成功イメージが全く湧いてこない。


(そうなるとやはり刺殺が確実……)


 ユリアは結論を出し、小さく頷いた。

 ジグルドの信頼を得て、なんとか部屋で2人きりになるしかない。時間はかかるが、これが一番成功しそうな計画だと結論づけた。ジグルドの射貫くような視線を思い出しながら、皮肉めいた笑みを浮かべる。



「嫌われている私に、野獣伯爵を手なずけられるのかしら……」



 もう既にその「野獣伯爵」が自分に一目惚れしているなど、ユリアは微塵も考えていなかった。


 そして2週間後。


 カトラリーと皿が触れあう音だけが食堂に響く。毎朝、ジグルドとユリアは朝食を共にしていたが、2人は言葉を交わすことはなかった。


 ジグルドの前には肉料理やパン、スープなど数々の食事が並んでいる。一方、朝あまり食べられないユリアの前には、スープだけが置いてあった。


 じゃがいもやキノコが入った酸味のあるスープをすくい、口に運び、スプーンを静かに置いた。彼女はナプキンで丁寧に口を拭く。



「街を案内して欲しいのですが」



 ユリアがそう切り出すと、ジグルドは顔をあげた。

 貫くような鋭い視線を直視できず、彼女はそっと瞼を伏せる。少しの沈黙のあと、彼は口を開いた。



「……近くだとタークルムという街があるが、そこでいいか?」

「はい」



 案内してもらえそうだと安堵する。

 ユリアが嫁いできて2週間、彼女はずっとジグルドの動向を観察していたが、ジグルド本人も周りの人物たちにも隙が一切無く、日々だけがただ過ぎていった。

 

(最近は会話さえもしていない……)


 ジグルド暗殺計画のため、まずは信頼関係を構築すると決めたものの、彼は驚くほど寡黙で、そして多忙だった。

 朝食は共にしたが、それ以降顔を合わせない日もあった。2人きりになるきっかけになればと思い、執務の手伝いを申し出たが、「しなくていい」と撥ねのけられてしまった。


(ここまで徹底されているなんて……)


 まさか執務の申し出さえも断られるとは思っていなかった。己への信頼が地の底にあるのだろうと結論づけ、ユリアは長い任務になりそうだとため息をついた。

 そんなやり取りがあったため、「街を案内して欲しい」という要望も断られるとてっきり思っていたのだ。こちらが拍子抜けするほどあっさりと受け入れてくれたことに驚く。

 ジグルドは口を開いた。



「雪で馬車が使えない。馬は乗れるか?」

「いえ……」

「なら徒歩だ」



 こくりと頷く。

 貴族令嬢の教育の一環として乗馬も習得していたが、嘘をついた。過去に乗馬した際、馬が暴れて怪我をしたことがあり、できれば乗りたくなかったのだ。

 ジグルドの後ろに立っているライカが「街まで徒歩で30分ほどです」と説明を加えてくれる。


 昼前に屋敷の外で待ち合わせすることが決まり、「では、お先に失礼します」と立ち上がった。ジグルドは一瞥さえも寄越さず、肉料理を切り分けていた。ユリアはそんな彼の姿を見て自嘲の笑みを浮かべ、食堂をあとにした。




 *




 ユリアが去り、ジグルドはナイフとフォークを置いた。食事はまだ残っていたため、ライカは「何かありましたか?」と問う。彼は絞り出すように言った。



「デート……」

「え?」

「デートの約束をしてしまった……」



 声が思いっきり震えている。ジグルドは目を大きく見開き、己の両手を見た。面白いほどにぶるぶると手が震えている。



「知り合って2週間でデートをしてもいいのだろうか? 早くないか?」



 恋する少女のようなことを言うが、目の前にいるのはただの巨体の男である。かわいくないし、何なら少し不気味だ。しかし一応仕える主人ではあるので、「そんなことはないと思いますが」と言うに留めておいた。


「そうか……」とほっと安心した表情を浮かべたのも束の間、再び険しい顔に戻った。次は何だと眉をひそめるライカに、ジグルドはぽつりと呟く。



「デート中は何を話せばいい……?」



「知らん」と友人なら突っぱねただろうが、一応仕える主人ではあるので当たり障りのない答えを述べておく。



「……ご主人様の得意な話題などはいかがでしょう」

「得意なことか」



「ふむ」とユリアが座っていたあたりを眺め、考えはじめる。数秒の沈黙のあと、ジグルドは言った。



「北部に出没する魔物の弱点なら自信がある」

「ダメでしょう」



 一蹴する。ライカも決して人付き合いが上手い方ではないが、その話題がNGということは嫌でも分かった。想像以上に主人が肩を落としているのでフォローも兼ねて声をかける。



「ユリア様と盛り上がったお話などないのですか?」

「初日に挨拶を交わして以来、ほとんど話をしていない」

「執務などは一緒にされていないのですか」

「手伝いの申し出があったが、断った」

「……なぜ断ったのです?」



 貴族令嬢の仕事と言えば、社交の場で他貴族との繋がりを深めることや、家の世継ぎを残すことを求められている。しかしジグルドは社交場など興味がないのか、パーティなどは一切参加していない。


 世継ぎに関しては……と考えたところで、「デート、会話、デート……」と壊れたおもちゃのように呟き続けるジグルドを見て思う。


(世継ぎの話とかしたら卒倒しそうね)


 ヴィーノと全く同じ感想を抱いたライカは、すんっと黙った。ここで気絶されると面倒なことになる。この巨体を抱えて部屋に運ぶのは労力がかかりそうだ。


 ともかく社交パーティにも参加できず、世継ぎに関しても今のところは期待できない。そんな彼女をただ屋敷に置いておくだけでいいのだろうか。申し出があったなら執務くらい手伝ってもらったらいいのでは?と疑問を抱く。

 彼女の問いに、ジグルドは何度かまばたきをし「何を言ってるんだ」と責めるように言い、言葉を続けた。



「こんな殺伐とした屋敷で愛らしい笑みを浮かべて過ごしてくれている。それだけで感謝しかないだろう」

「……………………………………」



「屋敷が殺伐としているのは貴方のせいなんですがそれは」という言葉が喉までやってきたが、屈強な精神力で飲み込んだ。そのせいか分からないが口内に苦い味が広がった。


「ユリア嬢には気をつけてほしい」とアドバイスするヴィーノの真剣な表情を思い出す。この主人を殺そうとするなんて命知らずだなとその時は思っていたが、腑抜けまくった主人の姿を見て「これは心配しても仕方が無いな」と思い直した。



「スープを飲む姿もかわいらしかった……」



 先ほどの彼女の姿を思い出しては腕を組み、しみじみと頷いている。ライカがオスヴィン家に仕えて6年になるが、こんな主人を見るのは初めてだった。


 屋敷近くに魔物が現れたときも、表情1つ変えず、動じない精神力を持つジグルド。剣を振るうその手は一切の躊躇がなく、正確に相手の弱点を切り裂いていく。鋼のような巨体と鋭い目つき、立っているだけで息が詰まりそうなほどの威圧感を備えていた。


 そんな主人がマカロンやクマのぬいぐるみなど、かわいらしい物が好きだと判明したときは驚いた。ただ普段とのギャップに驚いたのは一瞬で、主人の趣味嗜好にそこまで興味がなかったライカは「そういう趣味が1つくらいあってもいいだろう」と当時は考えていただけだった。

 まさか自分好みのかわいらしい令嬢を見ると、ここまで腑抜けになってしまうとは想像もしていなかった。


 主人は相変わらず「会話、会話……」とぶつぶつ呟いている。だんだんと面倒になってきたライカは、投げやりにアドバイスをした。




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