第34話 変な女じゃない


 ※須藤北斗視点



「ね、ねぇ。今の声って……」

「須藤くんだよね?」

「いやいや、そんなわけないでしょ」

「でも確かに須藤くんの方から聞こえたよ?」

「なんかめっちゃドス効いてなかった?」

「あんな声出す?」

「話しかけたの葉月さんでしょ?」

「空耳だろ絶対」


 ざわつく教室。

 弥生は本をぎゅっと握りしめ、驚いたように固まって俺のことをじっと見ていた。


 や、やっちまった……!

 俺としたことが、つい気を抜いて苛立ちを表に出しちまった!

 普段の俺なら絶対にこんなミスしないのに……!!!


 しかもこの様子だと多くの人に聞かれてしまったらしい。

 な、なんつーことをしちまったんだ俺は……!!!

 

 ……で、でも大丈夫だ!

 俺は須藤北斗!!!

 きっとさっきのは空耳だと思ってるしぃ?

 何事もなかったかのように、さりげなく対応すれば大丈夫だろ!!!

 ……うん、大丈夫に違いないッ!!!


「あ、あはは……どうしたんだ?」


 声をかけると、弥生がビクンっと驚く。


「え、えっと……神田ひるまの新刊が出てね~」


「そうなんだ! それはよかったね!」


 弥生が持ってる本の作者かな?


「あれ? もしかして北斗くん、まだ読んでないの~? 前に神田先生の大ファンだって言ってたと思うんだけど」


「ッ!!!」


 そ、そうだった!

 弥生と話すきっかけになったのが神田ひるまだ!!!

 ま、もちろんそんなの弥生に近づくための口実づくりだったんだが……そんなの弥生にバレたらマズい!!!!


「そ、そういえばそうだった! いやぁーでもまだ読んでなくてさ! あっ! そういえば友達に呼ばれてるの思い出した!」


「え?」


「この話はまた今度な! じゃっ!」


 慌てて教室を出ていく。

 クラスメイト達の視線が痛いが、ここは戦略的撤退。

 今の俺はこれ以上のボロを出しかねない。


 ……しっかし最近の俺はおかしい。

 いや、おかしくさせてる九条が悪い!!!


 ……早く女抱いてスッキリしねぇとな。





     ♦ ♦ ♦





 須藤が教室を出ていく。

 クラスは一瞬騒然としたが、


「なんだ、いつも通りじゃん」

「さっきのはやっぱり空耳だったんだな」

「でもやけに慌ててなかった?」

「あの須藤が慌てることあんのか?」

「ないってそんなのw」

「でも須藤くん、最近変っていうか」

「わかる。ちょっと変わったよな」

「そうか? 俺はそう思わないけど」

「気にしすぎだろ」


 ぎこちなさを残しながらも元通りになり、わらわらと喧騒に満ちていった。 

 

 今の須藤を見て思ったが、だんだんと須藤の裏の顔が出始めている気がする。

 花野井のときも、きっと以前の須藤なら裏の顔を出さなかったはず。

 やはり抑えが効かなくなっているのか。

 周囲の生徒たちも、一部はそれをほんの少し感じ始めているみたいだ。


「…………」


 ふと、未だに須藤の席の前に立つ葉月が目に入る。

 葉月は本を抱いてボーっとしていた。

 相変わらず何を考えているかわからない。

 

「……あ」


 不意に葉月と目が合う。

 視線が交わること数秒。

 葉月から視線をそらすと、てくてく自分の席に歩いていく。

 

 葉月弥生。

 美少女四天王の一人にして、現須藤ハーレムのメンバー。

 

「…………」


 今の須藤は危ない。

 葉月にも被害が及ばないように、引き続き気にかけておこう。









 昼休み。


 俺の席にやってきた一ノ瀬が手を合わせて軽く頭を下げる。


「ごめんなさい良介。実は今日、進路関係で先生に呼び出されてて」


「そうか」


「だから今日の昼休み、一緒に過ごせそうにないの。とても残念だし、心配だけど……一人で大丈夫かしら」


「大丈夫だぞ」


「そう。大丈夫ならいいのよ」


 一ノ瀬がじっと俺を見つめる。


「…………」


「……どうした?」


「……いや、なんていうかその……今良介を一人にすると変な女を引っかけそうで不安で」


 一ノ瀬の中で俺はどういう人間としてとらえられているのだろう。

 俺は大人しい男子生徒Aなだけなんだが。


「私以外の女の子について行っちゃだめよ」


「お、おう」


「それと女の子を不良から守ったりするのもダメ。万が一そういう状況に出くわしたら先生を呼びなさい。もちろん、その女の子に良介の存在が気づかれないようにね」


 めちゃくちゃ指定が細かいんだが。


「大丈夫? 私心配だわ。すごく心配。心配すぎて進路より気にかけてる」


「進路の方を気にかけた方がいいぞ」


「わかってるわよ」


 一ノ瀬が不満げにふんっとそっぽを向く。

 そして不機嫌そうなまま、顔をグッと近づけてきた。


「とにかく、変な女の子を引っかけちゃだめよ。いいわね?」


 ここで俺が了承しない限り、一生言われ続けそうだ。


「わかったよ」


 俺が仕方なくそう答えると、一ノ瀬がほんのり頬を緩ませる。


「そう。ふふっ、それでいいわ。じゃ、行ってくるわね」


 満足したのか、足取り軽く教室を出ていく一ノ瀬。

 一ノ瀬の心配はよくわからないが、ひとまずこれで解決だ。

 

 鞄から弁当を取り出し、机に広げる。

 今までは一ノ瀬や花野井と食べることが多かったが、今日は花野井はクラスメイトと中庭で食べるらしく、一ノ瀬はさっき言った通り。

 久しぶりのぼっち飯だ。


「いただきます」


 心の落ち着きを感じながら、手を合わせるのだった。










 昼食を食べ終え。

 

 昼休みの時間が余っていたので、俺は久しぶりに図書室を訪れていた。

 前は暇つぶしでよく来ていたが、最近は一ノ瀬や花野井がいるのであまり来る機会はなかった。


 しかし、やはりこの空間は落ち着く。

 本も嫌いじゃないし、むしろよく読む方で……。



「よいしょっと……う~ん」



 ふと、台に乗って本棚の上の方に手を伸ばす女子生徒に気が付く。

 背伸びをするたびに、大きな胸がぷるんと揺れていて……って、何見てるんだ俺は。


 というかあれ、葉月じゃないか。

 葉月の身長だと、確かに台を使っても上の段の本は取れなさそうだな。


 ……葉月は変な女じゃないし、不良に絡まれてるわけでもないから大丈夫だよな?





 

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