第33話 瞳さんの愛情


 ※壇上瞳視点



 あれは三年前のことだった。

 

 私は親と喧嘩して家出するように地元を飛び出し、その場しのぎで生きてきた。

 必死にバイトして、一人で小さなアパートを借りて。

 初めの方は楽しかったけど、気づけば心はすり減っていた。


 割がいいからと始めた水商売は大変で、日を重ねるごとにボロボロになっていく。

 私はずっと一人だった。

 頼れる人もいなくて、ただお金を稼いで家に帰って。

 寝て起きたらまた仕事に行っての繰り返し。


 何で私って生きてるんだろうとか思ったけど、いつの間にかそんなことも考えなくなった。

 そんな風に生きて、気づけば私は23歳になっていた。

 今頃同級生は就職して、真っ当な人生を生きているんだろうとか考えたら急に胸が痛くなった。

 そこで初めて、私の心は傷物になってしまったんだと気が付いた。


 そして、気が付けば私は路地裏に座り込んでいた。

 雨が降っていたというのに傘も差さず、ただお店を辞めるとだけ告げて外に出た。

 雨が体に染み込んでずしりと重い。

 動けない。動く気もない。


「姉ちゃん、こんなとこで何してんの?」


「可愛いなぁ! な、俺たちと遊ぼうぜ?w」


 数人の男たちが私を囲む。

 そのときの私には何かを突き放す気力もなかった。

 男に腕を掴まれる。

 そして力いっぱいに引き上げられた――その瞬間。


 私は無意識のうちに男の手を払いのけていた。

 気力なんてどこにもないはずなのに。


「あ? なんだお前」


「……行かない。構わないで」


「チッ。ざけんな! いいから来いッ!!!」


 再び強引に腕を掴まれる。

 そして連れて行かれそうになった――そのとき。



「「「「ッ⁉⁉⁉」」」」



 あっという間に男たちが倒れていく。

 そして気づけば私の目の前には傘を差した男の子が一人、立っていた。

 学ランを来ていて、前髪は重く顔がよく見えない。

 そんな少年が、私に傘を差し出して言った。




「風邪引くよ」




「っ!!!!」


 たった一言だった。

 特別でもなんでもない、日常にありふれた言葉に私は心から感動していた。

 いや、日常にありふれているからこそ、私はここまで感動したんだ。


 彼から傘を受け取る。

 透明な傘が、頭上に降り注ぐ雨を弾き飛ばした。










 ……もう、あれから三年かぁ。

 

 時間の流れは思いのほか早い。


「良介くん? あのお姉さんは誰なの? なんで良介くんの部屋から出てきたの? ねぇ、おかしいよね? どういう関係なの? ねぇ? ねぇ?」


「えっと、こずえの店で働いてる従業員で……」


「なんで従業員が良介の家にいるのかしら? 変よね? 変だわ。変でしかないわ」


「そう言われても……」


「しかもあんな無防備で……色気もすごいし」


「まさか身近にあんな人がいるなんて……」


 りょうちゃんが女の子から迫られている。

 しかもあの様子だと二人ともりょうちゃんに好意がありそうだ。

 ま、そりゃそうだよね。

 あんなに魅力的な男の子がいたら好きになるに違いない。


 第一、私だって……。


「ねぇ良介。もしかしてだけど……あ、あの人とシたの?」


「え? シたって?」


「そ、そんなの一つしかないでしょ!」


「良介くんシちゃってるの⁉ ねぇ、ねぇ!!!」


「ちょっと待ってくれ! よく意味が……」




「良介くん!!!」「良介!!!」




 ……仕方がない。

 ここは大人のお姉さんとして、困った様子のりょうちゃんを助けてあげることにしよう。


 階段を下りて、りょうちゃんの下に向かう。


「瞳さん、そんな恰好で外出たら……」


「ふふっ、大丈夫大丈夫」


 りょうちゃんの横に並び、二人に面と向かう。

 おぉ、すごい。めちゃくちゃ可愛い!

 さすが私のりょうちゃんだなぁ。

 なんだか私が嬉しくなってくる。

 っていけないいけない。ちゃんと言わないとだよね。


「で、りょうちゃんと私がシてるのかって話だよね?」


「そ、そうです」


「そうよ」


「なるほどねぇ……ま、結論から言えばシてないよ」


 私が言うと、女の子二人は安心したようにほっと息をつく。

 しかし私は間髪入れず、りょうちゃんの腕に抱き着いて言った。







「“まだ”、ね?」







「「ッ⁉⁉⁉」」


 驚いたように目を見開く二人。

 反応まで本当に可愛い。お人形さんみたいだ。


「良介くん! 引っ越そう! 私の家に引っ越そう!!!」


「何言ってるのよ乳牛! 私の家に来なさい!! もちろん私の部屋でいいから!!」


「絶対ダメだよそんなの! 一ノ瀬さんの部屋なんて……え、えっち! む、むっつりスケベ!!!」


「なっ……! わ、私はそんなんじゃないわよ! というかむっつりスケベなのはあなたでしょ⁉」


「何を⁉ 私はえっちじゃないから!!!」


「いーやえっちよ! いっつも良介でそういうこと考えてるくせに!!!」


「ッ!!! それは一ノ瀬さんもでしょ⁉」


「ふぅん、否定しないんだ。じゃあほんとにそうなのね」


「はっ!!! ち、違うから! ほんとに違うからーっ!!!」


 再びりょうちゃんが二人に揉まれる。

 私は一度少し離れ、苦笑いを浮かべるりょうちゃんを傍から眺めた。


 ……本当に愛おしい人。

 やっぱりこれからもりょうちゃんからは目が離せないなぁ。


 ふふっ、ふふふっ♡





     ♦ ♦ ♦





 ※須藤北斗視点



 俺は今、過去一心が穏やかじゃなかった。

 雫と彩花をクソ童貞野郎から奪われ、さらに見かけた女にはフラれ、返り討ちにされ。


 それに九条の野郎ォは訳アリで手が出しづらいと来た。

 ……チッ! クソッ!!! クソクソッ!!!


「ねぇ良介! ほんとにあの人とは何にもないのよね? ね?」


「ただの従業員なんだよね⁉ 知り合いってだけなんだよね⁉」


「そうだよ」


「し、信じていいんだよね⁉⁉⁉」


「だからいいって」


 騒ぎながら教室に入ってくる九条に雫、そして彩花。

 今日もイチャコライチャコラと登校しやがって……朝からうるせぇんだよ!

 あァクソッ!!! イライラが収まらねェ!!!!

 本来であればそのポジションは俺のはずなのにィ……!!!!!


「北斗くん~。こないだ神田ひるまの新刊が出てね、それがすっごく面白くて~……」





「あァッ⁉」





 振り返って、ハッとする。

 そこには本をぎゅっと抱きしめ、目を丸くさせた弥生の姿があって……。


 ハッ!!!

 や、やっちまったァッ!!!!!


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