第16話 勝ち確とアクシデント
※花野井彩花視点
「ごめんね彩花。保健室まで来させちゃって」
「いいよこれくらい! だって私、委員長ですから!」
「あははっ、ありがとう」
丸椅子に座る須藤くんが爽やかに微笑む。
ほんとは救護室で済ませられたのだが、なんと人でいっぱい。
それに道具も切らしてしまったらしく、わざわざ保健室に来ていた。
「大丈夫? 痛くない?」
消毒液を浸した脱脂綿を傷口に当てる。
「ちょっと痛いけど我慢するよ。これくらい、男なら耐えられて当然だしね」
「ふふっ、何それ」
思わず笑ってしまう。
「なんだかさ、こうしてると思い出さない? 去年のこと」
ふと須藤くんが切り出した。
「そういえばそうだね! 私が体育祭の後片付け一人でしてるときに、須藤くんが声をかけてくれて……それから仲良くなったんだよね」
私はそれがきっかけで須藤くんのことを好きになった。
憧れ、恋焦がれるように。
「あははっ、懐かしいなぁ。もうあれから一年か。あっという間だね、彩花と一緒にいると」
「っ! そ、そっか」
須藤くんは平気でこういうことを言う。
ほんと、私の気も知らないで……。
気持ちが揺れ動く。
「はいっ! 応急処置完了!」
「ありがとう彩花! やっぱり彩花に頼んで正解だったよ」
「いえいえ。何せ私は委員長ですからね!」
へへん、と胸を張る。
「さすがだよ。うん、これで最後のリレーも走れそうだ」
「敵だけど、応援してるね!」
「ありがとう。処置してくれた彩花のためにも、絶対に一位になるよ。だからさ――」
須藤くんは立ち上がると、私をまっすぐ見て言った。
「俺のこと、ちゃんと見ててね?」
須藤くんがとびっきりの爽やかな笑みを浮かべる。
「うん、わかった!」
素直に頷く。
……だけどやっぱり、変だな私。
今までだったら照れて顔も見れないはずなのに、全然そんなことない。
私、ほんとに須藤くんのこと好きじゃなくなっちゃったのかな。
気持ちがまた、揺れ動く。
わからない。わからない。
私の気持ちは、一体どこにあるんだろう。
♦ ♦ ♦
※須藤北斗視点
保健室を出る。
廊下を歩きながら、俺は心の中でガッツポーズをしていた。
……クックックッ。
絶対落ちた。彩花、絶対俺に落ちた!
ったく、相変わらずチョロいんだよ女ってのは。
ま、女がチョロいというより俺がすごすぎるだけかもしれないけど。
ま、どちらにせよ俺の心配は杞憂に終わったわけだ!
悪いな九条www
彩花、簡単に引き戻しちゃったわwww
陰キャのくせに粋がりやがって、現実を知れっての。
ま、後は俺が最後のリレーで軽く一位取っちゃって?
彩花はさらに俺に惚れ直してスーパーハッピーエンドってか?
うっわ、人生イージーモードすぎwwwww
本心を言えば九条を直接叩き潰したかったが、あいつは組対抗リレーに出ないしな。
……いや、出れないのかwww
あいつ見るからに足遅そうだしな。クソ陰キャだし。
全校生徒の前で晒し者にできないのは非常に残念だが、それは別の機会にすればいいだけ。
俺にかかれば、そんなのいつでもできるしな。
とにかく今は彩花だ。
そのうち本物の彩花と偽彩花を同時に食ったりなんかして……アハハハハハハッ!!!
その後、もちろん雫も奪い返す。
そしたら美少女四天王全員を一度に、つまり5Pってわけか……!!!!
やっば!!!
人生最高だな!!!
そんでチョロすぎ! アハハハハハハッ!!!
キモチィイイイイイイイイイイイイイイイイッ!!!!!!
♦ ♦ ♦
その後、体育祭は進行していき。
お昼を挟み、そしてあっという間に終盤を迎えていた。
現在戦況は、白組がややリード。
しかし赤組も迫っており、勝負は最後の組対抗リレーにゆだねられた。
「一ノ瀬」
「なぁに、九条くん」
「俺、ただトイレに行くだけだからさ」
「わかってるわよ」
「ならなんで腕にしがみついて離れないんだよ」
「嫌なら無理にでも引きはがせばいいでしょ? ま、できるならだけどっ」
ぽわんっ。
「ッ!!!」
一ノ瀬の胸が腕に押し付けられる。
何なら俺の腕が“挟まれていた”。
「ほら、やってみなさいよ」
「そ、そんなこと……」
無理に引きはがそうとすれば、確実に一ノ瀬の胸に触れてしまう。
それは絶対にマズい。
「ふふっ♡ 意外に初心よね、九条くんって」
「それは……」
「安心して? これから私と“二人で”たくさん知っていけばいいのよ?」
一ノ瀬が上目遣いで俺を見る。
瞳は魔力が宿っているかのように、引き込まれそうな雰囲気を放っていた。
これは危ない。
俺の本能がそう告げている。
「あはは……」
苦笑いするしかない。
そんな感じで一ノ瀬と歩いていると、ちょうど本部辺りにやってきた。
どうやら間もなく組対抗リレーが始まるようで、本部はざわついている。
「頑張ってね~、北斗くん~」
「北斗、頑張ってね!」
「二人とも! ありがとう!」
選手待機列に並んでいた須藤が、葉月と瀬那の声援を受けて微笑んでいた。
そうか。そういえば須藤がアンカーなのか。
「花野井! ちょっとこの看板、一時的にどかしといてもらえるか? 急に係で呼ばれて」
「わかりました!」
花野井が先生に頼まれ、よいしょと大きな看板を持ち、きょろきょろと置く場所を探しては近くの箱に立てかける。
「すみません、ビブス足りないんですけど」
「あ、ごめんなさい! どうぞ!」
「ありがとう」
短髪の爽やかな男子生徒が花野井から赤色のビブスを受け取る。
おそらく組対抗リレーの、それも赤組の選手なのだろう。
そのまま待機列に戻ろうとした――その時。
「うわぁっ!!!」
ガシャン! と大きな音が響き渡る。
さっきまで立てかけてあった看板が倒れ、男子生徒がその下敷きになってしまったのだ。
「っ!!!! 先輩!!!」
急いで花野井が看板を起こす。
「いたたた……」
「大丈夫ですか⁉」
「うん、だいじょ――いたっ」
足首を押さえる男子生徒。
遠目から見ても、赤く腫れていた。
音を聞きつけて、集まってくる生徒たち。
男子生徒の状態を見て、みな息をのんだ。
「嘘、ヤバくない?」
「坂東先輩いなかったら、絶対勝てないじゃん」
「どうすんのアンカー」
「確か補欠の人も体調不良だったよね?」
「人足りなくない?」
「ってかなんで看板があそこに……」
ざわつき、さらに人が集まってくる。
花野井が男子生徒の手当てを急いでする中、その声は大きく響き渡った。
「看板動かしたの、花野井さんだから!!!」
声の主は、他の二人を引き連れた千葉だった。
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