第17話 喚くクソ女
「看板動かしたの、花野井さんだから!!!」
千葉たちの言葉に、騒がしかった生徒たちが静まり返る。
「……え?」
「私たち見てたの! 花野井さんが看板を動かすところ!」
「私も! 危ないなって思ってたんだけど、まさかこんなことになるなんて……」
千葉の取り巻きの佐藤と橋本が続く。
ざわつく周囲。
「ってことはあの子のせいってこと?」
「せいって、事故じゃないの?」
「でも看板動かさなきゃこうはならなかったわけだし」
「何言ってんの。故意に怪我させるわけないじゃん」
何だろう。すごく嫌な感じがする。
「いたた……」
「そ、そのまま安静にしてください!」
花野井は周囲の反応に困惑しながらも、男子生徒の手当てを続ける。
「怪我した人って」
「あ、ここです!」
すぐに救護班も駆け付け、男子生徒は担架で運ばれていった。
そして微妙な空気だけが取り残される。
集まっていた生徒たちも気まずくなって立ち去ろうとした――そのとき。
「わざとなんじゃない?」
千葉の呟きが広がっていく。
生徒たちは足を止めた。
「確かに。あんなところに看板置くのおかしいでしょ」
「わざとだ。花野井さんがわざと怪我させたんだ!」
佐藤と橋本がまたしても加勢する。
「いやいや、私そんなことしてないよ」
花野井が困惑しながらも否定する。
「いや、絶対わざとだ!!!」
しかし千葉は引かなかった。
「君なに言ってんの? わざとなわけなくない? だって第一、怪我した生徒と花野井さんの組同じだよね? 怪我させる理由ないじゃん」
周りにいた男子生徒が言い返した。
至極まっとうな意見。
周囲も彼の言葉に頷く。
――が、しかし。
「怪我させる理由、あるでしょ」
千葉はそう言いながら、待機列に並ぶ須藤を指さした。
「ねぇ花野井さん。もしかして須藤くんに一位を取らせるために、わざと怪我させたんじゃない?」
「っ⁉ そんなことない!」
「そんなことあるでしょwだって花野井さん、須藤くんのこと好きじゃん。なら須藤くんが一位になれるようにわざと怪我させてもおかしくない」
「っ!!!」
あまりに暴論だ。
こじつけすぎるし、推測でしかない。
明らかに花野井を貶めようとしている。
しかし、それは俺が昨日の千葉たちを見ているからで周囲は違った。
「そういえば、よく須藤と花野井って一緒にいるよな」
「確かに。なんか付き合ってるって噂もあるし」
「ってことは好きな人のために怪我させたってこと?」
「そんなことある?」
周囲は花野井と須藤が仲がいいということしか知らない。
二人は目立つし、みんながそのことを知っている。
だからこそ、こんな馬鹿げた暴論に謎の信憑性が生まれていた。
高校生なんて、誰しもがドス黒いゴシップを求めている。
嘘でも面白いからという理由で、真実にされてしまう。
「そういえば坂東先輩、確か陸上部だったよね?」
「しかも県大会出てた」
「じゃあ超速いじゃん」
「だからって怪我させる? ありえなくない?」
「でも動機はある、よね」
少し考えればわかることを誰も考えない。
ただその仮説があるということをそのまま受け取るだけ。
きっと多くの人は冗談半分に思っているだろう。
しかし、その時点で空気は確実に悪くなってしまう。
それを察した花野井の表情に焦りがにじみ出てくる。
「ち、違う! 私は怪我させようなんて思ってない!」
「でも怪我したのは事実でしょ? 花野井さんが動かした看板で」
「それは……」
花野井も自分が看板を動かし、それによって怪我させたことに負い目を感じているのだろう。
だから強く出れないようだった。
「あの、さ」
爽やかな声が響く。
手を挙げたのは須藤だった。
「彩花はそんなことしないと思うよ。第一俺も、そんなこと彩花に頼んでないし」
「別に須藤くんが頼まなくても、花野井さんが勝手にやった可能性あるでしょ? 花野井さん、須藤くんのことすっごく想ってるみたいだし」
「それは……」
「なんか私、前から思ってたんだよね。花野井さん、好きな人のためなら何でもやっちゃいそうだなぁってwほら、みんなに優しいし」
「わかるwwwでもこれはさすがにないわ」
「最低wwww」
空気がどんどん悪い方に変わっていく。
あぁ言われてしまえば、須藤がいくら言ったところでむしろ逆効果だ。
明らかに分が悪い。
「え? 花野井さんが怪我させたの?」
「やっばwwwマジかよ」
「ありえないんだけど」
「マジどうすんのこれ」
「あの子、そういう人だったんだ」
「きっしょ」
罵倒の声が目立ち始める。
最初から話を聞いていない人は、ただ花野井がわざと怪我させたということしか知らない。
そのせいでただの仮説が“真実”として出回っていく。
少しでも悪い方に傾くと、その流れは止められない。
誰かが信じて悪口を言えば、それに周りが同調されていく。
考えればわかることを、みんなが考えずそのままうのみにする。
最悪の状況だ。
「私は……」
状況は悪くなるばかりだった。
このままじゃ本当に花野井が犯人にされる。
――そんなとき。
「いやいや、彩花が人を怪我させるとかありえないでしょ」
人をかき分けてやってきたのは、瀬那と葉月だった。
「少し考えればわかるでしょ? 北斗のために人怪我させるとか、よっぽどでしょ。そんなの彩花はしない。普段の彩花の行動見てれば簡単にわかるでしょ」
瀬那が千葉を睨みつける。
「そ、それは……」
「彩花ちゃんはそんなひどい人じゃないよ~! 言いがかりはやめてほしいな~!」
「宮子ちゃん、弥生ちゃん……」
「彩花はわざと怪我させたりしない。――わかった?」
「「「っ!!!」」」
二人の登場により、形勢が逆転した。
三人という数の暴力に圧倒されていたが、これで同数。
しかも花野井サイドは、学校で名の知れた美少女四天王。
どっちを支持するかなんて考えなくてもわかる。
瀬那が千葉に圧をかけ続ける。
千葉たちはカーストを気にしている。
なら誰が何と言おうとカーストトップの瀬那に、簡単には逆らえまい。
これで一件落着かと思われた……が、しかし。
「……二人とも、須藤くんのこと好きでしょ?」
「……は?」
「もしかしてグルなんじゃない? ほら三人とも、いつも須藤くんの四人で仲いいでしょ? あ、そっか! これは三人で計画したんだ!w」
「そんなわけないじゃん。さっきから何言ってんの?」
「私の目は誤魔化せないから! やっぱりわざとだ! こいつがわざと怪我させたんだ!!!」
千葉が醜くも喚き始める。
そのせいで解決しかけていたのに、空気があいまいになってしまった。
周囲もどっちを信じればいいのか困惑している。
……まさかここまで食い下がるとは。
膠着状態の中、瀬那と千葉が睨み合う。
誰もがどうすればいいのか、次の行動に注目している。
そんな中。
「え?」
一ノ瀬が俺の腕から離れ、歩き始める。
そして人だかりの中心で足を止めると、冷たい空気を放ちながら言い放った。
「あなた馬鹿なの?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます