第15話 雫に身の危険を感じます


「…………は?」


 一ノ瀬の雰囲気がガラッと変わる。

 惜しげもなく放たれる――殺意。

 背中がぞわっと震えた。


「昨日はありがとう? え? 何が? 何がありがとうなのよ。一言一句漏らさず詳細に言ってくれる??」


「え、えっと……」


 さすがの花野井も気圧されていた。


「早く言ってみなさいよ。それとも何? 言えないようなことでもしたの? あれよね、私が体調悪くて先に帰った後よね? それ以外考えられないわ。だってそれまで九条くんとはずっと一緒にいたんだもの。ねぇ、そうでしょ?」


「っ!!!」


 いつになく饒舌な一ノ瀬。


「あのな一ノ瀬、昨日は――」




「――九条くんは黙ってて」




「……は、はい」


 大人しく従うしかない。

 もう一ノ瀬は俺の手に負えなかった。


「それであなた、九条くんと何をしたの? 何がありがとうなの? 答えてくれる?」


「その……九条くんは私を庇ってくれたの。おかげで助けられたっていうか、なんて言うか……」


 千葉たちに色々言われたなんて人がいる前では言えないのだろう。

 あれだけのことをされておきながら花野井らしい配慮だ。


「…………」


 一ノ瀬が訝し気な視線を花野井に送る。

 やがてふぅと息を吐いた。


「……そ。ならいいわ。九条くんは人を助ける癖があるもの。こればっかりは仕方がないわね」


「そんな癖ないんだけど」


「あるでしょ? 私を何度も助けてくれたんだから。ふふっ♡ それで……私の“初めて”を奪ったのよね?」


「っ!!!」


「っ⁉⁉⁉⁉⁉⁉ ど、どういうこと!!!!」


「どうも何も言葉通りだわ。九条くんは私の初めてを奪った。それも埃の被った、人気のない倉庫で……ふふふっ♡ 懐かしいわね、九条くん?」


「ちょっと待て一ノ瀬! その言葉には語弊があるだろ!」


 語弊しかない。

 もはや嘘だ。

 ……いや確かに、ファーストキスだとは言ってたけど。


「わぁあ♡ 九条くんが私に初めて怒ったわ! ふふふっ♡ 嬉しいわぁ……♡」


 一ノ瀬が恍惚とした表情を浮かべる。

 会話が通じてない。

 流されているというより、通じてない。


「どういうことなの九条くんっ⁉ そんなところで一ノ瀬さんを……さ、さすがにびっくりだよ!!!!」


「全部誤解なんだって!」


「誤解じゃないわ。全部本当よ? 九条くんったらしょうがない人よね。罪な人だわ」


 今最も罪人なのは一ノ瀬だろ。


「九条くん……うぅ」


「勝手に信じて悲しまないでくれ。違うから」


「……ほんとに?」


 花野井が子猫のような目で俺を見てくる。


「本当だよ。全部一ノ瀬の悪ふざけだ」


「そ、そうだよね! だと思ったよ! 九条くんがそんな人には見えないし! なんだよかった~!!!」


「むぅ……九条くんのばか」


 安心した様子の花野井に、ふくれっ面の一ノ瀬。

 その間に挟まれる俺は苦笑いするしかなかった。


「でも、九条くんと私は特別な関係よ。今後一切、私の許可なしで二人きりにならないこと。いいわね?」


「一ノ瀬、お前なぁ……」


「ふんっ」


 一ノ瀬が抱き着いたままそっぽを向く。

 すると花野井がぷっと吹き出した。


「あはははっ! 二人とも面白いね!! うん、よくわかった」


「じゃあ、約束を……」


 一ノ瀬が言いかけるも、それを遮って花野井は無邪気な笑みを浮かべて言った。



「でも、その約束は守らない。守ってあげないっ!」



「っ!!!」


「えへへ~、これは私の自由だからね!!!」


 花野井を全力で睨む一ノ瀬。

 花野井はそんな一ノ瀬を気にせず笑っていた。


『終了~! 勝者、白組~!!!!』


 放送が聞こえてくる。

 それと同時に割れんばかりの歓声が沸き起こった。


 そういえば騎馬戦、全然見れなかったな。

 ま、別にいいか。





     ♦ ♦ ♦





 ※須藤北斗視点



『終了~! 勝者、白組~!!!!』


 全員が俺に注目している。

 俺の手には敵チームの大半を占めるハチマキ。

 まさに圧巻の活躍で、たくさんの女の子が俺を見て目を輝かせていた。


 アハハハハハハッ!!!

 さすが俺! やっぱりこの学園のナンバーワンだ!


「北斗~! ナイスファイトー!!!」


「北斗く~ん! カッコよかったよ~!!!」


 宮子も弥生も俺にゾッコンだ。

 手を振り返してやると、さらに興奮した様子で手を振ってくる。


 アハハハハハハッ!!!

 やっぱ俺だな! 俺かっこよすぎんだろ!


「……って、あれ?」


 そういえば彩花の姿が見当たらない。

 いつもならあの二人といるはずなのに……。



「……あ」



 は、はぁ⁉

 なななんでクソ陰キャ野郎と一緒にいんだよ!!!

 それに雫もいるし、俺に全く目もくれてねぇし!!!!


「……クソがッ!」


「え? どうした?」


「っ! いや、なんでもない」


 危ない危ない。

 思わず本音が出てしまった。

 

 俺は須藤北斗。

 完璧イケメンだ。ここは爽やかな笑みを振りまいてやらないと。


 ……しかし、心の中はぐちゃぐちゃだった。

 昨日感じた不安。

 それがこんなにもすぐに表れるなんて……。


 まぁ、まだ焦る頃じゃない。

 だって俺だぞ? 須藤北斗だぞ?

 あのクソ陰キャ野郎なんて相手にならないイケメンだ。

 雫の件は……たまたまあぁなっただけ。


 いくらでも対応の仕様はある。


「……フッ」


 いっちょ軽く対応してやりますか。










「キャー!!! 須藤く~ん!!!」

「お疲れ様! 超カッコよかったよぉ!!!」

「こっち見てぇ~っ!!!!」


 英雄の凱旋のように生徒たちの間を歩く。

 最高に気分がいい。やっぱり俺は頂点に立つべき男だ。

 

 ファンを引き連れながら目的地に向かって歩く。

 到着すると、先ほどまでの光景が未だに繰り広げられていた。


「九条くんは私のよ!」


「九条くんは誰のものでもないんじゃない? ね?」


「えっと……」



「――彩花」



 会話などお構いなしに声をかける。

 すると彩花は俺の方に振り向いた。


「あ、須藤くん! なんかすごい人だね」


「あははっ、騎馬戦しただけなんだけどね」


 ニコッと彩花に微笑みかける。


「あのさ、騎馬戦でどうやら膝をすりむいちゃったみたいで……彩花に応急処置してもらいたいんだけどいいかな?」


「え? でも救護係が……」





「彩花がいいんだ。お願い、できるかな?」





 言葉に合わせて、とびっきりの爽やかな笑みを浮かべる。


「っ! わ、わかった」


 彩花は照れたように視線をそらし、「じゃあこっちに……」と歩き始めた。

 俺もその後ろについていく。


 ……ハッ! 

 悪いな九条。

 お前じゃ相手にならないんだよwww

 

 悪いが彩花は――俺のモンだ。





     ♦ ♦ ♦





 須藤と花野井が遠ざかっていく。

 

「九条くん、私たちも人が少ないところに行きましょう。ここじゃ落ち着かないわ」


 一ノ瀬に腕を引かれ、二人とは反対方向に歩き始めた。


「チッ。あいつ……」

 

 ふと不穏な気配を感じ、見てみると千葉たちが花野井を睨んでいた。

 

「調子乗りやがって」


「マジありえないんだけど」


 ……懲りない奴らだ。


「九条くん?」


「いや、なんでもない」


 この体育祭、何も起こらなければいいが……。

 俺にはどうしても、嫌な予感がしてならなかった。




 そして、この予感が的中することを俺はすぐに思い知らされることになる。



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