第13話 もう好きじゃない?
※花野井彩花視点
「もうやめたら?」
扉の方を見て驚く。
そこに立っていたのは、意外な人物だったから。
「……九条、くん?」
どうして九条くんがここにいるんだろう。
そして何より、なんでやめたらなんて、私を庇うようなことを言ったんだろう。
ますます九条くんがわからない。
だけど、九条くんの言葉でふっと心が軽くなった。
何だろう、この気持ち。
「何、やめたらって。ヒーロー気取り? マジキモイんですけどwww」
「あ、もしかして九条、花野井さんのこと好きなん?w絶対そうでしょwww」
「やっぱり陰キャに好かれてんだwww狙い通りでよかったね!」
「っ……」
自分にだけ悪口を言われるのはよかった。
けど、九条くんに飛び火するのだけは許せなくて、思わず、
「し、失礼だよ、九条くんに」
言わないとダメだと思った。
しかし、そのせいで千葉さんたちはより怒ってしまった。
言い合いになる。
それでも引くわけにはいかなかった。
ここで私が言い負けてしまえば、九条くんを傷つけてしまうから。
でも私だけじゃどうにもならない。
――そんなとき。
「だからやめろよ」
九条くんが言ってくれた。
私は素直に驚いていた。
さっきもそうだけど、九条くんが私を守ろうとしてくれる理由がわからなかったから。
というか私、九条くんのこと全然知らない。
なのに九条くんは、千葉さんたちに怯まず続けた。
それも一貫して、私を庇ってくれた。
「もちろん容姿がすべてとは思わない。けど、花野井はクラスで色んな人に慕われてる。それは同じクラスならよくわかるだろ」
千葉さんたちに対しての言葉が私に深く響いてくる。
色んな人に慕われている。
九条くんは私のことを、そう思ってくれてたんだ。
心が温かくなる。
九条くんはそれからも引くことはなく。
私ができないことを淡々とやり続け、そして言い放つのだった。
「花野井はすごい奴だ。こんなに周りから好かれてる奴を俺は知らない。実際俺もお世話になってる。それは千葉たちもだ。だから――これ以上はやめろ」
心に火が付くみたいに、カッと熱くなる。
九条くんのことはよくわからない。というか何も知らない。
なのに私のために言葉を尽くしてくれて、ちゃんと私を見て、知って、思って。
ここまで言ってくれるなんて……。
そっか。
私、安心したんだ。
九条くんを見て、ホッとしたんだ。
変だな、私。
九条くんのことあまり知らないのに、こんな気持ちになるなんて。
私、九条くんのこともっと知りたい。
それでもっと、話してみたい。
そしたら私は、もっと……。
「大丈夫か、花野井」
声をかけられ、ハッと我に返る。
内側にこもっていた熱が、顔に上がってくる。
きっと私の顔は今真っ赤だ。
恥ずかしい。こんなところを九条くんに見られるなんて。
「う、うん! あ、ありがとね! その、色々と」
「いいよ、別に。俺もカッとなって言ったところあるから」
「そっか。……カッとなってくれたんだ」
素直に嬉しい。
九条くんが私のために怒ってくれた。
それだけのことが、すごくすごく嬉しかった。
「大丈夫か? 顔赤いけど、熱でもあるんじゃ……」
「っ!!! だ、大丈夫! 大丈夫だから!!!」
九条くんに顔を覗き込まれ、ドキリと胸が高鳴る。
今度は心臓がバクバク鳴っている。
それも苦しいほどに熱く。
どうしちゃったんだろう、私。
まるで……って、そんなわけない!
私が、く、九条くんをなんて……!
燃えるように熱い頬を手で押さえる。
……ほんとに私、どうしちゃったんだろう。
その後、九条くんは忘れ物の体操着を持って急いで帰っていった。
私もプログラムの綴じ込みを終わらせ、帰路に就く。
「なんであんなに急いでたんだろう。一ノ瀬さん、かな……」
――チクリ。
「っ! な、なんで私こんな嫉妬みたいなこと……!!!」
一人慌てていると、ふと校門付近に見知った人影が見えた。
「……須藤、くん?」
「やぁ、彩花」
「どうしたの? 部活は?」
「実は早く終わってさ。そろそろ彩花が来るんじゃないかって思って待ってたんだ」
「ほんとに⁉」
須藤くんが私を待っててくれたなんて。
……でもどうしたんだろう。
前はもっと嬉しかったはずなのに。
「えへへ、ありがとう」
「じゃ、帰ろうか」
須藤くんと並んで歩き出す。
「明日体育祭か。楽しみだな」
「うん、そうだね」
まるで心ここにあらずだ。
あの須藤くんと二人で帰ってるのに、この高揚感はここにない。
「どうした? 何かあった?」
「へ? いやいや、何にもないよ!」
「……ちょっとごめん」
須藤くんが私の方に一歩踏み出し、私の額に触れる。
「す、須藤くん⁉」
「うーん、熱はなさそうだね。よかった」
須藤くんが私に笑いかける。
「あはは、ありがとう」
須藤くんに触ってもらえた。
私だけに笑ってくれた。
……それなのに。
どうして私はこんなに落ち着いてるんだろう。
「明日、俺めちゃくちゃ活躍するよ。アンカーとして、彩花の組に勝つから」
「え~? 私だって負けないよ?」
「あははっ、望むところだね」
……あれ?
私、ドキドキしてない。
こんなに嬉しい状況なのに、胸が躍ってない。
「あ、私こっちだから!」
「そっか。じゃあまた明日」
「うん、また明日!」
私に手を振って、須藤くんが立ち去っていく。
須藤くんの背中が見えなくなるまで手を振り、やがて降ろした。
あれだけ好きだった人。
須藤くんの顔を見るたびにドキッとしたし、触れられたら踊りたくなるくらいに嬉しかった。
それなのに、今はドキドキしてない。
「……私、もう須藤くんのこと好きじゃないのかな」
でも不思議と高揚感がある。
じゃあこれは何の高揚感?
須藤くんじゃないなら、一体何なの?
――大丈夫か、花野井
「っ!!! な、なんで今九条くんを……!!!!」
胸の鼓動が早くなる。
まさか私、本当に九条くんのことを……!
「そ、そんなわけ……」
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