第25話 それから

「そういえばホーランデルスの貴族って妻を何人も持つんですよね」

「夫人を増やすと純粋にお金がかかります。何番目であろうと夫人である以上、粗略にはできません。信用問題になります。なので金回りのいい家なら受け入れますが、普通の財政なら増やしたりしませんよ」


 エステルはぶっちゃけて言えば好色で妻を増やすのかと思っていた。

 もちろんその思考は読み取られ、フレーテスは答える。


「制度上可能というだけです。それに第二夫人以降はどちらかというと夫人側の都合が多いですね」

「夫人側の?」

「はい。身の置き所がないので養ってくれと転がり込んで来るのから、商売に都合がいいので名義を貸せと乗り込んで来るのとか。私の母もこれです。それでも結果的に当主と意気投合して兄や私が生まれているので、まあ何とも」


 なるほど貴族の結婚とは本当に契約なのだなとエステルは改めて思った。


「しかし始まり方がなんであれ、結果としてお互いを愛しく思う心が生まれたなら、それでよいではありませんか」

「フレーテスさんにその心は生まれるのでしょうか」


 エステルとしてはかなり突っ込んだことを聞いてみた。ちょっと緊張する。


「生まれてますよ。さっき押し倒された時はかなりどきどきしました」


 キリッとした顔でそんなことを言われ、エステルは先ほどの所業を思い出してまた顔が赤くなった。


「エステル嬢の冷静に観察する目は好きですよ。そこから満足したように和む変化とか」

「もういいです!」


 冷たい、きついとよく言われる自分の目つきにそういう風に言われると照れくさい。エステルは慌てて遮った。今日はもう許容量オーバーだ。


 それから大まかな条件を出し合って、後日改めて立ち会い人を入れて書面にすることになった。

 ほとんどホーランデルスでの定番の条件通りだったが、フレーテスが提示する違約金が大き過ぎて変なプレッシャーになるので減額したり(さすがにワイナリーはいらない)と、エステルの希望を入れていった。

 一度書面に書き起こして、それからまた双方で検討して、また話し合う、ということを納得がいくまで何度も繰り返すのだそうだ。貴族同士なら大変そうだな、とエステルは思った。


 フレーテスはもうフレーテス家当主なので本人に決定権があるし、エステルも実家の意向を聞く気はさらさらない。結婚を知らせる気すらない。平民の婚姻は基本的に本人同士のサインがあればよい。

 そういえばそんな状態で結婚式はどうしようと思ったが、ホーランデルスでは結婚式をやらないと聞いてびっくりした。


「いえ、一応やりますが、家によってというか人によってまちまちですね。家の繋がりで結婚する場合は宴席を設けて両家の親族が集まりますが、本人同士の意志で結婚する場合は教会で宣誓するだけで宴席は設けないことが多いです。どちらかというと、婚姻後ある程度歳月が過ぎて人のつながりが増えたところで、改めて宴席を設けることが多いですね」

「な、なるほど……」


 エステルだって少しだけ、本当に少しだけ、婚礼衣装に憧れを持っていたので、宣誓だけとはいえとにかく衣装を着る機会はあるのだな、と安心した。


 後日ハンゼルカ式のとんでもなく豪華な衣装一式を用意されて、請求書を見せろとフレーテスに迫り、情緒がないです! と逆に苦情を述べられるのだが。





 それから。


 フレーテスと二人、そしてファルケンも一緒に王都に異動になった。

 フレーテスとファルケンは帰国前の引き継ぎということだった。元々出向してきていた二人だから、帰るのは当然である。もう女性兵士受け入れも順調に定着している。


「何年居たのよ! 居過ぎじゃない?!」

「すっかり行き遅れましたね」


 身も蓋もない合いの手を入れるフレーテスに、ハハッとファルケンは笑った。

 実に貴族らしい、品良く小馬鹿にするという高等技術だった。


「八年もエステルを待たせた甲斐性無しと一緒にしないで。連れて帰る男ならもういるわよ」

「えええ?!」

「ええっ?!」


 エステルとフレーテスは同じように驚愕した。本当に驚いた。

 聞けばもう五年ほど付き合いが続いていると聞いてまた驚いた。


「私が本国へ帰還するって言ったら付いていくっていうから、じゃあ連れて帰ろうかと」

「人間ですよね?!」


 思わず口から飛び出したフレーテスの疑問に、つい内心で同意してしまったが、かろうじて口には出さない。

 当然よ、そのうち紹介するわ! というファルケンを疑うつもりはないが、まだ衝撃から立ち直れない二人だった。





 それから。


 エステルは軍をすぐには辞めなかった。

 理由は、今度はエステルがホーランデルス軍に出向になったからだ。


 ホーランデルス軍に在籍しているハンゼルカ人女性を、ハンゼルカ軍を通じて帰国させるプログラムを担当することになった。

 真に望んで志願した人はいい。だがかつてのエステルのように避難先として選んだ人なら、帰るかどうかの希望を調査し、転属という形で帰国を促す。

 もう生活基盤がホーランデルスにあるだろうから帰国を望む人は少ないと思われるが、だからといって無視して放っておくわけにはいかない。


 フレーテスは一足先に除隊し、予定通り商会を立ち上げた。

 エステルの除隊を待って二人で色々と事業を手がける予定だ。それまではフレーテス一人で温めていたアイディアを進めている。


 結婚式の一週間前に、フレーテスは改めてエステルにプロポーズした。

 サプライズでもなんでもなく、きちんと二人してドレスアップして、ホテルのレストランでディナーを共にし、貸し切ったバルコニーに出て、星空の下で、と計画的に実行した。

 希望を述べたのはエステルでプランニングしたのはフレーテスだ。


「こういうことはいつでも、何度でもやりましょう!」


 子供の頃は役者になりたかったというフレーテスは、こういうセレモニー的なことが思いの外楽しかったし、エステルも楽しかった。

 二人になったからこそ知った、お互いの新たな一面で、二人だからできる楽しみだった。 


 結婚の宣誓はエステルとフレーテス、立ち会い人のファルケンだけでおこなった。

 婚礼衣装のドレスもアクセサリーも何もかもが豪華過ぎて気が遠くなったが。

 どうせフレーテスとファルケンしか見ないのだからと思って存分に嬉しがって舞い上がった。

 衣装は保存しておいて、この先改めて宴席を設けることになったらまた使おうと思う。

 その時はまた新しく作ればいいと言うフレーテスは黙らせた。



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