テオ視点

 領都を出た後、僕は隣国ホーランデルスへと向かった。

 今クラーラがいる家は辺境からは遠いが、領都からは近い。

 もっと領都に来る用事を増やさないと。軍との話はまとまりそうでよかった。


 それにしてもエステルはすごく綺麗になってた。

 でもあの冷たい目は変わってなくて、がっかりだ。

 それに比べてクラーラはいつだって可愛くて優しくていい匂いがして、やっぱりクラーラと結婚して良かったと思う。

 離縁なんて絶対嫌だ。


 伯父さんがあんな真似をしたのは驚いたし腹が立ったけど、判る気もする。

 僕だってクラーラと結婚できてなかったら、どうしたか判らない。

 でも許すわけにはいかなかったからね、しょうがない。





 クラーラから手紙をもらって会いに行った時、「裏町」で用心棒を雇った。

 ホーランデルスは金さえあれば何でも揃うし何でもできる。

 僕らみたいな商人は時には「裏町」を通すこともあるから、それぞれツテは持っている。

 細い脇道を入ったところにある酒場で、教えられている符牒を使って人を雇った。

 彼らは荷物持ちの使用人のようなふりをしているが、もちろん違う。


 僕達はホテルに向かった。

 あのホテルはあれでも「表町」の店だから揉め事は起こせないけど、僕は正式なクラーラの夫だ。その証明書とクラーラの手紙、伯父さんの置き手紙を見せれば、ホテル側は僕達の「話し合い」について関与しないと言ってくれた。

 もちろんいくらか「包んだ」よ! 本当にがめつい。


 ルームサービスのふりをすれば伯父さんは何も疑わずあっさりドアを開けた。

 その程度でよく僕のことを夫に相応しくないとか言ったよね。

 伯父さんは用心棒達に任せて僕はやっと愛するクラーラと再会した。


「クラーラ!」

「ああ、テオ! 待っていたわ! 会いたかった。私、怖くて怖くてつらくて」

「なっ! 何を言うんじゃクラーラ! あんなに毎日楽しそうに」

「もちろん油断させるために決まってるじゃない! この人さらい!」

「そ、そんな……だって愛し」

「テオ! この人の口を塞いで! もう声も聞きたくないわ! どこかへやって!」


 クラーラが叫びながら僕にしがみつく。

 判ってるよクラーラ! 怖かったね、でももう大丈夫だよ。

 伯父さんをどうするかは「決まってる」から。

 二度と会うことはないよ。


 僕は用心棒達から伯父さんの「代金」を受け取ると、ホテルを引き払った。

 素敵なホテルだけど、伯父さんに閉じ込められていたところなんて嫌だろうからね。

 またいつか僕達二人で来ようよ。

 そう言うとクラーラも納得してくれた。


 ひとまず下町にあるペターク家の持ち家に入って落ち着いた。

 小さくて最低限の設備しかないけど宿よりは落ち着くし長期になれば安上がりだ。

 少し前まで人に貸してたけど今は空き家。

 帳簿上ではまだ貸していることになっている。


 クラーラは不満そうだったけどしばらく我慢してもらうしかない。

 僕は離縁する話が出ていることを伝えた。

 クラーラはショックを受けたようだったけど、テオのためになるようにして欲しい、と言った。

 なんて優しいんだろう! 僕はクラーラを抱き締めた。

 離れるなんて絶対に嫌だ。


 クラーラは帰って話し合いをしようと言ったけど、僕は無理だと思った。

 父さんと母さんはもうすっかりクラーラを返す気になっているし、ハイニーの義父さん義母さんもすごく怒ってた。

 最近ぴりぴりしていて空気が悪い。あんなに仲良しだったのに。


 もしかしてハイニーとうちってそんなに仲良くなかったのかな。

 子供だった僕達には見せてなかっただけで。

 だったらなおさら離縁させられると思う。


 はあ。めんどくさいなあ。

 元々僕は商売なんて好きじゃなかった。

 でも生まれた家が商家だからしょうがない。


 そういやエステルは商会の仕事が好きだったよな。

 子供の頃からハイニー家の手伝いをして、学校にまで行って、帰ってきたら朝から晩までずっとうちで働いてて。

 商会の仕事がしたいから僕と結婚するつもりだったのかな。


 一応好きではいてくれたみたいだけど……でも僕がクラーラを選んだら何も言わずあっさり軍に行っちゃうなんて、結局その程度だったってことだろう?

 なのに僕がエステルを捨てたみたいに言われるのは、納得がいかないんだよな。

 僕のことを一生懸命愛してくれるクラーラを選ぶのは当然だと思う。

 僕だって人並みに幸せになりたいよ。


 ああ、でもそういえば領都で気になる話を聞いたな。


 領都の商業会館で出会った男だけど、すごく親切だった。

 まあまあの男前で、通る女性に気軽に声を掛けてたけど喋ると気さくで。

 僕が軍と面談すると言ったら取引についてのコツなんかを色々と教えてくれた。

 そこで担当官がエステルだって知ったんだよな。


 僕はそりゃ驚いて。同郷の子だって言ったら色々聞かれて。

 本当に親切に細かいことまで教えてくれたから断り難くて、表面的なことだけ話した。

 もちろん僕と婚約してたなんてことは言わなかったよ。

 ただ、地元に婚約者がいたけど何か事情があって結婚できなくて、軍に入ったらしいよ、とだけ。

 辺境のことなんて領都の人は知らないだろう。


 そしたらエステルの近況を話してくれた。

 なんでもつい最近まで彼も商会の担当者としてエステルと仕事をしていたらしい。


 エステルは仕事が大変で辞めたいけど、自分が女性志願兵第一期だから辞められなくて疲れてるとか。

 何も言わずに僕らを捨てて、勝手に入った軍なのにね。

 それに昔の恋人のことを忘れられないみたいだって。

 それって僕のこと? 意外としつこい性格だったんだなあ。


 なんて思いながら面談に行ったら、エステルはすごく綺麗になってた。

 でもやっぱり妻にはできないや。

 幼馴染みとして、友達としては気兼ねなくて楽な相手だけど、愛する人とは違う。

 クラーラが健康で、もっと子供の頃から会う機会があったら最初からクラーラと婚約してたと思う。

 僕とクラーラは出会うのが遅かったんだ。悪いのは神様だよ。


 でも。

 エステルは元々商会の仕事が好きだった。

 軍に入った今だって結局同じようなことをしてるじゃないか。

 だったら戻ってきて商会の仕事をした方がよくないか?


 でも勝手に出て行った手前、戻りにくいんだろうな。

 そう思ってとっさにあんなことを言ったけど、後で考えてみたら悪くない気がする。


 僕はクラーラと愛を貫きたい。

 クラーラは静かに暮らしたい。

 エステルは商会の仕事がしたい。

 両親とハイニーの義父さん達は僕とクラーラを離縁させたい。


 うん。だったら。

 僕とクラーラは形としては離縁して、帰ってきたエステルと再婚。

 エステルはペターク商会の女将として好きなだけ仕事をしたらいい。

 僕はクラーラと静かに暮らす。

 もちろん商会の仕事も少しは手伝う。次の商会長だしね。


 クラーラが愛人みたいになるけど、僕達の愛に人が決めた形なんて関係無いよね。

 クラーラにもそう相談したら、いい考えだって言ってくれた。

 やっぱり僕達はぴったり合う。


 クラーラはこんな狭くて小さい家は嫌だ、帰りたいって言うけど、でも僕の両親は離縁させる気だし、ハイニーの義父さん達はきっともうクラーラを屋敷に閉じ込めて出さないよ、って言ったら、それは嫌ってまた泣いた。


 ああ。僕達はただ愛し合っているだけなのに。

 どうして上手くいかないんだろう。


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