第2話 二年後
エステルが十五歳になった時、周りの勧めもあって領都にある学校に行くことになった。両親は難色を示したが、将来の為でもありペターク家からも学費を援助するということで話は決まった。
通うには遠すぎるので寄宿舎に入る手続きをした。
二年間のことなので旅費を節約するため、卒業までは帰らないことになった。
不安はあったが、エステルはしっかり学んで将来テオの役に立ちたいという強い思いがあった。
テオはエステルと離れることを寂しがって拗ねていたが、出発までには仲直りした。
「手紙を書くよ。体に気をつけて」
「私も書くわ。その……待っててね」
「もちろん。でも二年も経ったら僕も大人になって誰か判らなくなるかもな」
「じゃあ私も……あんまり変わらなそうね……」
「ははは」
こうしてエステルは単身、領都に向かった。
学校の二年間はエステルにとって楽しい思い出とはならなかった。
もちろん楽しかったこともある。
だが学業は当然のこと、空いた時間も学費のための内職や臨時雇いの仕事に明け暮れ、親しい友人を作る暇もなかった。
テオからの手紙は結局半年に一度ほどだったが、エステルも日々忙しかったので特に気にすることはなかった。
二年後、無事卒業したエステルは故郷に帰ってきた。
たった二年ではあったが詰め込んだ知識と領都で生活した経験はエステルの糧になった。
「おかえり、エステル」
二年ぶりに会ったテオは少年から青年へと成長しつつあり、背もぐんと伸びて、落ち着きが出ていた。
優しくエステルを迎える様子に胸が高鳴り、頬が熱くなった。
「お姉様、おかえりなさい」
クラーラはすっかり健康を取り戻していた。
だが儚げな佇まいはそのままで、幼い雰囲気と美貌が加わり、領都でも見たことがないような美少女になっていた。
エステルはクラーラが元気になったことを祝い、その美しさに素直に感心した。
二年振りに三人で囲むお茶の時間に、エステルは懐かしさと再会の喜びを感じていたのだが……
「ほら、あの時の」
「ああ、テオが勘違いしちゃったあれよね」
「違うだろ、おばさんが店に来た時だよ」
「そっちのこと? やだ、テオったらまだ気にしてるの」
「そりゃあ気になるだろ」
エステルがいなかった間、テオとクラーラにはエステルの知らない共通の時間と記憶がある。
それは仕方ないと思う。
それでもエステルを置いてけぼりにして二人で仲良く盛り上がる様子に疎外感を覚え、エステルは胸が塞がる気がした。
今思えば、この頃にはもうテオの心はエステルから離れていたのだと思う。
帰ってきてからのエステルはペターク商会に通う日々となった。
仕事を覚える為に朝から晩までこまごまと手伝う。
時にはテオと一緒に働くこともあったが、仕事以外の話をする余裕はなかった。
ほとんどペターク商会の従業員扱いだったが、エステルは将来の為だと思っていたし、ハイニーの両親はもうエステルをペタークに嫁に出したつもりになっていたので何も言わなかった。
テオと会うことも減った。
前にテオの父親デニスと一緒に馬車で出かけるところを見たので、外回りに連れ出されているのだろうなと思っていた。
奥向きの仕事はデニスの妻でありテオの母であるタマラが取り仕切っている。
エステルはタマラの指示の元、朝から晩まで働いた。
賃金は支払われなかった。エステルはもうペターク商会の者になった扱いをされていたし、タマラの態度もそういう風に思わせた。
例えそうであっても賃金は支払われるべきなのだが、当時のエステルは思いもしなかった。
ただただ、義母になる人に気に入られたかったし、テオの妻に相応しいと思われたかった。
家には寝るためだけに帰るようなものだったが、たまに早く帰った時はクラーラとお茶をすることもあった。
成長するにつれてクラーラは健康になり、どんどん美しくなっていった。
いつまでも幼子のように無垢で可愛らしく可憐な印象を与える。あまり外に出ず育ったので手足は細く、日焼けのない肌は白い。姫君のようだと評判だった。
エステルは会うたび妹の美貌に感心するばかりだった。
比べて自分は……という気持もないではなかったが、容姿を競っているわけではないと納得していた。
テオという恋人が既にいたこともある種の心理的な余裕になっていた。
「それでね、ボサークのおじさまがお土産をくださったのよ」
ボサークとはテオの伯父にあたる。
エステルは一度挨拶をしたことがあるが、それきり会ったことはない。
どうしてペターク家の親戚がクラーラに会う機会があったんだろう。
エステルは素直に疑問に思ったが、
「そうなの。よかったわね」
当たり障りのない言葉で流した。
なんとなくそれを聞いてもしょうがないと思った。
それからクラーラはたくさんの人の名前を出した。
外に出ているエステルと違ってクラーラはほとんど家にいる。それなのにエステルよりよほど多くの人に会っていることが不思議だった。
結局のところ、この頃すでにクラーラの信奉者ともいうべきグループが形成されていて、せっせと貢ぎ物を持ってハイニー家を訪問していたのであった。
当時のエステルは仕事にいっぱいいっぱいで、何も見えていなかった。
まさかその信奉者の筆頭が自身の婚約者であるテオだということも。
本当に、何も見えていなかった。
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