【完結】婚約者を妹に寝取られた上タダ働きで二人を支えろと言われた姉が家を飛び出すよくある話
鷹山リョースケ
第1話 姉妹とテオ
「エステルお姉様、ごめんなさい……」
はらはらと涙を流す妹、クラーラは儚げで美しい。
柔らかに巻くふわふわとしたブロンドの髪、滑らかで白い肌、淡いスミレ色の瞳。
絵物語の挿絵に描かれるお姫様のよう。
対してエステルの髪は乾いた麦藁色でぼさぼさして野暮ったく、ヘーゼルの瞳はきついと言われる。
エステルはこんな時でさえ妹の美貌に感心した。
そして羨ましくて。
そして悔しかった。
「違うんだ、僕が悪いんだ。エステル、クラーラを責めないでやってくれ」
クラーラを守るように抱き寄せて、テオは姫を守る騎士のように立ち向かう。
誰に? ――エステルに。
……己の婚約者に。
テオはエステルの婚約者。
クラーラはエステルの妹。
そしてテオはクラーラを腕に抱いている。
どうしてこんなことに。
エステルは現実感のないまま、互いの身を寄せ愛を確かめ合い、嵐に立ち向かおうとでもする恋人達を、他人事のように眺めていた。
◇
エステルとクラーラの生まれたハイニー家はこの辺境の地で代々ハイニー商会を営んでいる。
事業はそれなりに順調で、手広くやっているわけではないが地元に根ざし手堅くやっていた。
エステルが八歳になった頃、ペターク家長男テオとの婚約が決まった。
ペターク家は同じ地元の有力な商家で、ペターク商会を営んでいる。代々ハイニー家及びハイニー商会とは協力関係にあった。
エステルがペターク家に嫁ぎ、ハイニー家はクラーラに誰か婿を取って継ぐことになった。
長女のエステルが外に嫁ぐことになったのはエステルとテオの関係が良好だったことと、妹のクラーラはあまり丈夫な生まれではなく、嫁に出すには懸念があったからだった。両親が体の弱いクラーラを外に出したくなかったこともある。
親同士の仲が良く商売でも提携していたので、この縁談は両家の政略の面が大きかった。
それでもエステルは幼い頃から一緒に遊んでいたテオに好意を持っていたし、テオも満更でもない様子だった。
二人の関係が幼馴染みから婚約者に変わって、エステルとテオは照れくさく笑い合いながら手を繋いだ。
このまま、手を取り合って共に歩んでいくのだと思っていた。
ハイニー家の両親、父シモンと母テレザは今ひとつエステルに無関心だった。
その分クラーラはとても可愛がった。
クラーラの可愛らしい容貌は人目をひき、また性格も天真爛漫で陰がなく、大人達の心を掴んだ。
対してエステルは俗に言う手のかからない子で、感情を露わにしたり駄々をこねるようなこともなく、体も丈夫だった。
エステルへの評価は「歳のわりにしっかりしている」「聡明なお嬢さん」「いいお姉さん」等、褒めはするが型通りのものになりがちだった。
これにはハイニー家の先代の妻のことが少し関係している。
父シモンの母親でありエステルの祖母に当たるこの老婦人は、苛烈な質で猜疑心が強く、常に一言多いという難儀な人だった。
それでも先代が存命のうちは押さえが効いていたが、没後は止められる者が誰もおらず、息子であるシモンも逃げ回るばかり。
嫁いできたテレザは気苦労が絶えなかった。亡くなった折にはこっそり祝杯を上げたほどである。
その数年後、長女のエステルが産まれた。
その髪や瞳はまるでこの祖母そっくりだった。
たったそれだけのことなのだが、シモンとテレザの心の奥に堆積していた当時の鬱屈した澱がかき混ぜられたことは事実だった。
更に二年後、次女のクラーラが産まれた。
クラーラは髪も瞳もシモンとテレザの良いところだけを取ってできたような子だったが、体が弱く、育てるのに難しい子供だった。
両親はクラーラにかかりきりとなった。
クラーラが熱を出すたびに気をもみ、無事峠を越えるごとに喜び合った。
そこにエステルは居なかった。
エステルとテオの婚約が早々に決まったのも、両親はエステルに感心がなかったからとも言える。
両親はクラーラを溺愛した。
長く生きられない子と思われていたこともある。
クラーラが何か欲しがれば無条件に与えられた。家族の全てはクラーラを中心に動いていた。
エステルが欲しがってもどうしてそれが必要なのかその妥当性を問われた。
子供のエステルにはうまく説明できない。
結局無駄遣いはよくない、というようなことで却下されるのがほとんどだった。
両親はエステルを殊更に冷遇しているというような意識はなかった。
十分に食べさせ服を整え、清潔な部屋に置いている。
その部屋は屋敷の一番奥の陽当たりも悪く手狭な元物置部屋で、クラーラの部屋は元客室で陽当たりも景色も良く大きなテラス付きという違いはあったが。
クラーラの服は仕入れた中で最高級の生地で縫われたもので、エステルの服はクラーラのお下がりを縫い直したものだった。
クラーラの具合が悪い時はクラーラの部屋で両親と三人で食事をし、エステルは食堂で一人で食べた。元気なエステルを見るとクラーラがつらく思うかもしれないという理由だった。
両親の中では姉妹どちらとも十分に手を掛けて育てているつもりだった。
ただ、両親の中ではエステルは八歳の時にもうペタークに嫁に出した「よその家の娘」という心持ちになっていた。
よその娘に与えるのはもったいない、という狭量な損得勘定もあった。
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