第77話 元暗黒騎士は露店を楽しむ

 バザールへの出店も決まり、打ち合わせが終わった。

 あとは商会の人達に任せて、俺達は好きにしていいとのことだった。


 ということで、市場を見て回ることにした。


「ユグドラのお店とは全然違いますねぇ」


「雑多な店が多いわね。掘り出し物とかありそうじゃない?」


 嫁二人は楽しそうに店を見て回っている。

 やはり女性はウィンドウショッピングが好きなんだなぁ。


 俺は必要な物を買ったらすぐ帰るタイプなので、こうやって店を渡り歩くのは新鮮だ。


「あれ! グルニュルグのソース焼き! 美味しそうです……」


「海の幸か? 買ってみるか」


「ありがとうございます!」


 イカともタコとも言えない軟体動物の串焼きを買ってみる。

 ソースの香りが食欲を誘う。良い匂いだ。

 早速一口齧り付く。


「んん、これはなかなか……」


「美味しいですぅ〜……」


「私はちょっと苦手かも……グニュグニュの食感がダメだわ……」


「好き嫌いはあるだろうなぁ。磯くさいのも人によっては嫌いかもな」


 だが俺は嫌いじゃない。

 前世でイカやタコを食べることが多かったからだろうか。

 味の方は、表現が難しい。青魚と海苔を合わせたような独特の味と香りがする。

 不味くはないが、珍しい味なだけあって、初見だと面食らうかもしれない。


 あとソースがケミカル? スパイシー? なんか口の中がスースーするな。

 安物の焼きそばに付いてる粉末ソースをもっと安っぽくした感じだ。

 不味くはない。俺は嫌いじゃないぞ、このチープな感じ。


「モロコスのソース焼きも美味しいですよ〜!」


「ローレシア……いつの間に次の食べ物を食ってるんだ……?」


 モロコスはとうもろこしのような食べ物だ。

 少し甘みが薄い代わりに、実が大きいのが特徴だ。

 これもソースで食べると美味しそうだ。


 しかし、いっぱい食べるローレシアはかわいいな。

 口いっぱいに食べ物を入れて、頬がパンパンに膨らんでる。

 まるでリスみたいだ。


 こういう時、年相応の少女姿を見せてくれるのが愛おしく思える。


「ねぇダーリン、あっちに肉料理があるから買ってくるわね」


「ああ、お金渡しておくよ」


「ありがと♪」


 どうやらアリアスは海産物やモロコスより、肉が好きらしい。

 エルフなのに肉食系女子とは、これいかに。


 とか考えていると、三人分のカップを持ってアリアスが帰ってきた。


「はい、ダーリンとローレシアの分。キマイラの肉ですって! 興味が湧くわね」


「き、キマイラの肉って何味なんだろうか」


「さぁ? 分からないから食べてみたいんじゃない」


 それもそうか。

 見た目はただのサイコロステーキだ。

 果たしてどんな味がするのか……。


「ん!? これは……鶏肉……いや牛肉……違うな……蛇肉……なんだこれ?」


「んん〜〜〜! ジューシーだわっ! ドラゴン肉の味もいいけど、キマイラの繊細で複雑な味わいも捨てがたいわね!」


「これは……素晴らしい味ですよ! 一つで二度、いえ三度……いえいえもっと美味しいです! 色んなお肉の味が楽しめます!」


「美味いけど、キマイラって凄く危険な魔物だよな。よく肉を確保出来たもんだ」


 色々な魔物の特徴を併せ持つ魔物キマイラ。

 Aクラス冒険者が複数人で討伐可能という高ランクの魔物だ。

 普段は出現することはなく、ダンジョンや森の魔力のバランスが崩れた時、複数の魔物が融合して生まれるなんて逸話もあるらしい。


 そんな貴重な魔物の肉を食えるなんて、結構貴重な体験をしたのかも。


「味つけは塩だけってのが勿体無いな」


「ステーキソースならもっと美味しかったのにね」


「煮込んでカレーにしても美味しそうですねぇ……じゅるり」


 ローレシア? 今じゅるりって言った?

 ご飯大好きなのは知ってたけど、最近腹ペコキャラが進んできてない?

 聖女時代の節制した食生活の反動なのか?

 食べてる姿が可愛いから、もっと食べてほしい。


「ふぅ。食い終わったら、次はあっちの方を見に行くか」


「服を取り扱ってる店が多いわね」


「せっかくなら、服も買っていきませんか?」


 ローレシアから服装の話が出るのは珍しい。

 あまり自分から物を欲しいと言わないのに。


「いえ、夏の服装のままこの国に来ちゃったので寒くて……」


「それはそうだな。上着とか買ってくか」


「マヤトに戻ったら、使わないんでしょうけどね。せっかく他国に来たんなら、その地の服装に着替えてみたいわね」


「二人がどんな服を選ぶのか楽しみだよ」


「ダーリンの分もね。黒い服ばっかり着てるんだから、たまには違う服を選んでみたら?」


「黒は俺のアイデンティティなの」


「選ぶのが楽だからって騎士団時代に言ってましたよね」


「ぐっ……」


 そうなんだよな。

 この世界の服装センスが分からない俺は、暗黒騎士だからという理由で黒い服ばかり着ていた。

 前世では白いTシャツと黒いパンツを履いていた。

 無難というか、量産型な服装が好みなのだ。

 というか、服にあまり関心がない。


「ほーら。私達がコーディネートしてあげるわ!」


「旦那様なら、どんな服が似合うでしょうか。ワクワクしますね!」


 美少女二人に服を選んでもらう。

 これも結構幸せなシチュエーションなのではなかろうか。

 服に興味はないが、嫁二人がこうして楽しそうにしているのだ。

 付き合うのも夫である俺の役目だろう。


 といいつつ、服を選んでもらうのを楽しんでいる俺だった。


「旅人風の服とかどうでしょう!」


 帽子とスカーフ、それにベスト。オシャレした木こりみたいな服装だ。

 シンプルながら清潔感もある。悪くないな。


「ダーリンといえば最強! 貴族風の服でどうかしら!」


 最強かはともかく、貴族服は似合わないだろ。

 というか、貴族風って時点でコスプレ感が強い。

 これは流石に却下した。


「旦那様は優しいですから、神父様風の服装はどうでしょう!」


 ローレシア? これもコスプレだよね?

 あと俺は別に優しくないぞ? 俺に優しくしてくれる人には優しくしてるけど。


「じゃあこれはどうかしら! 魔法使い風の服よ!」


 ローブは持ってるし、別にいらないなぁ。

 それに俺は魔法使いじゃないから、やっぱりこれもコスプレ感がある。


「もう、文句ばっかりじゃない!」


「旦那様はどういう服がいいんですか?」


「そうだな。あそこの店にある服が無難かな」


 俺が選んだのは、よくある村人の服だった。

 やっぱりシンプルがナンバーワン。

 黒じゃないのが不満だが、どうも黒ばかりで不評っぽいし仕方ない。


「似合ってるじゃない。やっぱりダーリンはシンプルな服でも似合うのね!」


「素敵ですよ旦那様」


 やめろよ、照れる。

 というか、君達最初から真面目に俺の服を選ぶ気なかったよね?

 思いっきりネタ服を選んでたよね? 楽しかったからいいけど。


「二人はどんな服を買うんだよ。俺の服ばかり選んでたけど」


「あら、もう買ってるわよ」


「はい。ちゃんと選んでましたから」


 そういうと、二人は袋から上着を取り出して羽織った。


「おお……」


「どうかしら、ダーリン」


「似合ってますかね……?」


 アリアスは黒いアームウォーマーとローブを選んだようだ。

 逃亡生活の時とは違い、金の刺繍が入ったオシャレな物となっている。

 相変わらずデカパイが目に入るが、それでも露出が少し減って夫として安心だ。


 ローレシアは修道服をカジュアルにした感じの服を買ったらしい。

 少しばかり切れ込みが入っていたり、白と紫の生地が清楚さを醸し出している。

 やはりデカパイが目に入るが、他の男が見た瞬間に俺がそいつの目を潰すから問題ない。


「うん、よく似合ってる。えろ……かわいいよ」


「素直に喜んで良いのか微妙な反応やめてくれる!? う、嬉しいけど!」


「ジーク……お願いですからそういうのは人前では言わないでください……夜に言ってくれる分には問題ないので……!」


 その発言の方が問題ありじゃなかろうか。

 俺は訝しんだ。

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