第76話 元暗黒騎士は第3話の商人に再会する

 チンピラ共の首を捻りながら、目的地の商会へと辿り着いた。

 道中で何回アリアスとローレシアが怪しいやつに声をかけられたことか。

 おかげで首捻り職人みたいになってしまった。


 この国、治安が悪くねえか?

 雑多な国といえば聞こえはいいかもしれないが。


「ナーリキン商会……ここで間違いなさそうだな」


「やっと着いたわね」


「商人の方も変な人じゃなければいいのですが……」


 ありえる。

 でかい商会のボスって、大体悪どいことをしてると相場が決まってる。

 警戒する必要がありそうだな。


「すみません、ここのボスと会う約束をしてる者ですが」


 商会の建物に入り、受付嬢に話しかける。

 受付嬢は眼鏡をかけた、いかにも仕事が出来そうな女性だ。

 俺の訪問を受けて、訝しむような視線を向ける。


「お名前をお聞きしてもよろしいでしょうか。また、紹介状等はお待ちでしょうか?」


「紹介状なんてあったかしら……?」


「陛下には口頭で言われただけだし、ちゃんとしたアポを取れてないのかもしれないな」


「陛下のことですから、そんなミスはしないと思いますが……最近忙しいらしいですから、忘れてたのかもしれませんね」


「突然の面会はお断りしております。申し訳ございませんが、正式なアポイントメントを取ってからお越しください」


 なんとも事務的な対応だ。

 だが当然の対応とも言える。

 デカい商会の代表と会うのに、なんの準備もしてないこちらが悪い。


 一応陛下から紹介されたので、話は通っていると思ってたのだが……。


「おや、どうしたのかな? お客様かね」


「代表! こちらの方々が代表と面会したいとのご相談がありまして、紹介状もないようでしたのでお断りしていたところです」


「いやいや! そんなことしちゃいかん! 彼らはわしのお客だよ」


「そうでしたか……失礼いたしました」


 受付嬢は俺達に頭を下げる。

 こういう時、素直に謝れる人って好感が持てる。

 前世の職場も騎士団連中も、謝ったら負けみたいな精神ばっかりだったからなぁ。


 商会の代表らしき人物が俺達に一礼する。


「久しぶりだなぁ兄ちゃん達。元気そうじゃないか」


「すみません、どこかで会ったことがありましたっけ……」


 こんな恰幅のいいおじさん、俺の知り合いにはいなかったような……。


「なんだ? こんな堅っ苦しい服じゃわかんねえか。じゃあこれならどうだ?」


 そういうと商会の代表は、上着を脱ぎ整えた髪をボサボサに散らした。


「あっ! あんたは確か!」


「そうよ! 私とダーリンが初めて会った時、ユグドラから脱出するために馬車に乗せてもらった人だわ!」


「え? お二人の知り合いだったんですか?」


 ローレシアが知らないのも無理はない。

 このおじさんは、俺が暗黒騎士をクビになって間もない頃、アリアスと出会うきっかけになった人物だ。

 あの時はただの商人だと思っていたが、まさかデカい商会の代表だったとは……。


「あの時は助けていただきありがとうございました。お二人はわしの恩人だ」


「い、いやぁ……あれに関しては助けたというか……」


「どちらかと言うと、私達が原因で巻き込んじゃったっていうか……」


「大体おじさんはスリトライ共和国に行ったんじゃなかったか?」


 俺とアリアスが馬車に乗せてもらう時、おじさんは確かに言った。

 ユグドラ王国の隣国であるスリトライ共和国に行くと。

 だがどうしてこの国にいるんだろう。


「スリトライ共和国には仕入れで行ってたんだよ。元々ユグドラ王国にはお得意様との商売で行ってただけだしなぁ。本業はここ、ケイオス国でやってんのさ」


「へぇ、色々な国で商売してるんだなぁ」


「うちはデカい商会だが、客とのやり取りはわしが直接やる! どんな人と取り引きをするか、わしの商人としての目で見ておきたいからな!」


 おお、経営者の雰囲気がプンプン出ている。

 このおじさん、本当は凄い人だったんだなぁ。


「ユグドラ国王から兄ちゃんたちのことを紹介されて驚いたけど、あんたら有名人なんだろ? なんでも新しく村を作ってるんだって?」


「そうそう、マヤトの地に村を作ってるんだ。そこで採れた野菜や食べ物、生活用品をバザールで売らせて欲しいと思ってね。村の知名度を上げたいんだよ」


「マヤトの地? 聞いたことねぇ場所だな」


「ええと……死の大地って名前で知られてる場所です……」


 ローレシアが控えめな声でその地名を言葉にする。

 それを聞いて商人のおじさんはギョッとした表情をした。


「死の大地だぁ!? そりゃ誰も興味を持たんよ! あそこに人が住んでるなんて、思いもしないだろうさ。そこで採れた作物っつったってねぇ……」


「まぁそう言われると思って、まずは実際に商品を見てもらいたい」


 俺は収納魔法から米、酒、野菜、小麦粉やそれで作ったパン、スパイスや塩を取り出した。

 おじさんはそれを見て一気に表情が切り替わった。

 さっきまでは経営者の顔だったが、今は物を目利きする商売人の顔だ。


「ほぉ……こいつは確かに凄いな……。特にこんな綺麗な塩、高値がつく。これがパンか……女の胸みたいに柔らかいが味は……甘くて美味いな! 酒は……いや、今はやめておこう」


「どうだろう。バザールで出すに値するだろうか」


「そうだなぁ。これはどれも上質だ。米ってのは聞き馴染みが無いから分からんが、食い方を教えてくれれば売り方を考えるぞ。酒は間違いなく売れる。匂いで分かる」


 おお、どうやら俺の村の特産品はどれも好評の様だ。


「しかし……」


 だがおじさんは少しばかり難しい顔をしている。


「ここの市場には珍しい食いモンなんていくらでも集まってくる。兄ちゃんの持ってきたモンも良いモンには違いねえ。売れるとは思う。だがそれだけだな」


「というと?」


「店で出す商品としては上等。村の知名度を上げるには、インパクトが足りんってことさ」


 なるほど、やっぱりそう言われるよな。

 確かに珍しい酒や食べ物だが、それは他も同じだ。

 やはり市場において目を引くには、これらの商品では足りないんだろう。


 だがそれは俺も予想していた。


 俺は再び収納魔法を開いた。


「じゃあ、これはどうだろう」


 コトッ、と瓶を机に置く。


「これは……酒か?」


「いや、それはシャンプーとリンスだ」


「なんだいそりゃ。聞いたことねぇな」


「液状の石鹸と言えばいいのかな。髪を綺麗にして、傷みを防ぐ効果があるんだ」


「へぇ、そりゃ珍しい。けどイマイチ分かんないねぇ」


 そこでアリアスとローレシアが前に迫り出した。


「これがシャンプーとリンスの効果よ。そこの受付さん、私達の髪を見てみなさい」


「石鹸で洗ってた時と違って、髪の艶がとてもよく出るんですよ。まるで新品に生え変わったみたいです」


「わぁ……凄い……。確かに綺麗な髪と思ってましたけど、生まれつきじゃなくてその石鹸の効果なんですか!?」


 受付嬢がアリアスとローレシアの髪の毛を触り、その美しさを確認した。

 おいおい、俺の嫁の美しさが世間にばれちゃうじゃないか。

 悪い気分じゃないな。


「代表! これは是非売り出すべきですよ! あの、私に一セット売ってください! 実際に使ってみて、売り出す時のアピールポイントを確認したいので!」


 おお、凄い食いつきぶりだ。

 やはりどの世界においても、女性の美容意識は高いんだなぁ、


 ちなみにこのシャンプーとリンス。

 ダークマターで生成したものでは無く、マヤトの地で取れた素材で作った物である。

 まぁ、ダークマターで『マヤトの地で取れる素材で作れるシャンプーとリンスのレシピ』を生成したんだが。


 量産するとなると、この世界の素材で作れる物じゃないと困るしな。


 素材に魔物の血や唾液や乳、見た目のヤバい植物を使っているというのは秘密。


「女性客への商品は根強い人気が出るからなぁ。話題になると一気に売れる。それに他所には無いオリジナリティがある。よし、わしと受付ちゃんが使ってみて、効果を確認したら売り出そう! 他の商品もまとめて、バザールで売り出す!」


「マジか! ありがとうおじさん!」


「売れそうなモンを売るのは商人として当然よ。兄ちゃん達こそ、いいモンを持ち込んでくれてありがとよ」


 こうしてバザールへの参加が決まった。

 オリジナリティなんて無い、前世の知識を流用した物だが、使える物は使ってやる!


 だからこそのシャンプーとリンスだ。

 女性客に『え〜死の大地って噂ほど酷い場所じゃないかも。美容品がいいし、食べ物も美味しいなら移住しちゃおうかな〜』と思ってもらう算段だ。


 バザールで売り込んで、村に移住者を増やす!

 男性九割以上の人口を、変えなきゃならんのだから!

 女性三人の村はやばいからな!

 ハーレムやりたいとか抜きで、村の将来がヤバい!

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