暗黒恐団壊滅編
第74話 元暗黒騎士はバザールに出たい
「村の知名度が足りない」
「どうしたのダーリン、溜息なんかついちゃって」
「旦那様、ここのところ交易で忙しいですからお疲れなんですよ」
「おかげで最近、一緒に寝れてないものね……おあずけされてる気分だわ」
「それはごめん……マジでごめん」
最近、獣人たちの故郷やエルフの森と物々交換などをしている。
死の大地改めマヤトの地で採れた野菜や米、作物は出来がいい。
それらで作った料理や酒も評判がいい。
『ほぉ、このビールという酒は中々美味いじゃないか。やるな、レクス君』
『どうも、恐縮ですお義父さん……ささ、こちらの日本酒もどうぞ』
『ニホンシュ? それはどういう酒なのかな』
『米で作ったお酒です。なかなか美味しいですよ』
『ほうどれどれ……くぅ、ビールより度数が強いな! だが確かに、他の酒にはない味わいがあるよ』
『お気に召していただけて何よりですお義父さん』
『よし! このニホンシュをエルフの里で採れた長命樹の花と交換しよう。長命樹の花はどんな病気や怪我も治す神秘の花だ。どうかな?』
『え、ありがとうございます!』
交易の出だしとしては、まぁまぁ成功だろう。
だが、そこから先がない。
ユグドラ王都に行って、亜人達にも酒や料理を振る舞ってみた。
中々好評だった。しかし、それだけだ。大規模な取引は発生しない。
『クツァイアという野菜は初めて食べましたが、とても美味しいですわ』
『こりゃ酒が進む味だわい』
『原産地はマヤトの地……? ああ、死の大地ですか。あそこでこんな野菜が収穫出来るなんて知りませんでしたなぁ』
『え? 移住? ご冗談を』
『死の大地はちょっと……』
当然である。交易とはそういうものだ。
村同士で足りない物を交換し合うのが目的なのだから。
では、俺達の村に足りないものは何か。金? それもある。
だが圧倒的に知名度が足りないのだ。
「どうやら死の大地という名前が引きずってるみたいだ。移住者希望者も数人いたけど、レジスタンスの身内だけだし」
「当然よね〜。だってここ、ちょっと前までは生物が生きていけない場所だって恐れられてた場所だもの」
「今はすごく快適になりましたよね。相変わらず暑いですけど……そろそろ十二の月になるのに、初夏のような気温です」
「マヤト姫のおかげで、気候が改善されたと思ったら結局これだもの。住みにくいことに変わりはないのよね」
「俺が魔法で赤い雲を使わなくてよくなったのは、かなり楽になったんだけどな」
龍姫マヤトが正気に戻った影響で、死の大地の環境は大幅に改善した。
緑は戻り、大地は豊かになり、風が吹くようになった。
そしてなんと、自然に雲が発生するようになったのだ。
「雲のおかげで、以前のような直射日光で暑いってのは減ったよな」
「それでも他の地域に比べたら、異常な暑さよ。私達、未だに夏服だもん」
「このまま冬も薄着のまま過ごしちゃいそうですね」
「最近は雨が降るようになったから、少しずつ寒くなってきてるんだけどな」
「雨ね……あのビジュアル最悪な……」
「レクスの魔力の影響でしょうか……この地の雲も雨も、赤いんですよね……」
「俺のせいなの?」
「だって、マヤトの地にはダーリンの魔力が充満してるんでしょ?」
「毎日空に向かって魔法を撃ってましたもんね」
「そういえば四天王も、俺の魔力で結界が出来てるって言ってたっけ……じゃあ俺のせいか」
赤い雲と赤い雨。
中学生の頃に見ていたら、間違いなく興奮していただろう。
今は純粋に怖い。野菜とか地質に悪影響がないか心配になるわ。
マヤトに聞いたら、魔力が豊富に含まれてるだけで安全らしいけど。
「最初に来た時と比べたら、多少は過ごしやすくなったのは確かね」
「砂漠より酷かったですよ……死ぬかと思いました」
「というか、死にかけたよな。熱中症で」
「今はこうやって、窓を開けて扇風機を使ってるだけで涼しいんだもの」
とはいっても、相変わらず暑いのだ。
十一の月といえば、秋が終わり冬に変わる時期だ。
それなのにマヤトの地では、日中の気温が三十度近い。
全ご家庭の魔道扇風機が絶賛稼働中である。
夜になると二十度近くまで下がるのだが、それでも他の地域に比べると暑い。
ユグドラにいた頃は、十一の月には防寒具を着ていた。
おかげで交易に行く時に半袖のまま出掛けて、向こうでめちゃくちゃ寒かったわ。
前世で九州に出張に行っていた同僚のことを思い出す。
二月に福岡へ夏服で行ったあいつは、元気にやっているだろうか。
なぜか九州全体を、沖縄と同じくらいの気温と思ってたらしい。
帰ってきたら風邪をひいてたっけ。
あいつの気持ちが今更ながらに分かった気がする。
最近交易が多いせいで、マヤトの地と他の国の寒暖差にやられた。
俺の自律神経はボロボロだ。
おかげで夜の楽しみはおあずけ状態である。
ハメを外しすぎるなよ、自重しろというお告げだろうか。
「それで? 何の話だったかしら」
「死の大地って名前だけ知られてて、今のマヤトの実態が知られてないだろ? そのせいで、評判が悪いんだよ」
「交易は順調なんでしょう?」
「物々交換レベルだけど、まぁね。でも村を拡大したいから、もうちょっと移住者が欲しいんだよなぁ。働き手が欲しい」
「畑や村の作業をしてもらうとなると、若い人がいいわよね」
「うーん? 若い人がわざわざ、死の大地と恐れられてるこの村に来てくれるのでしょうか?」
「だからこそ、知名度を広げるのさ」
「具体的に何をするの?」
「バザールに出るのさ」
バザールといっても、店を出店するわけじゃない。
イメージ的にはフリーマーケット的な催しに参加するのだ。
これはユグドラ陛下に提案されて、四天王の伝手で参加させてもらおうことになった。
こういう時に、コネのありがたさを実感する。
ありがとう陛下、四天王……。
「面白そうじゃない! ……もしかして、市場にニホンシュやビールを持っていくの? 駄目よ、私が飲む分は残しておいてよね?」
「それはもちろん、村用にある程度は残しておくさ。あとは塩やスパイス、野菜なんかもいいかもな」
「それだけだと、ありきたりじゃないでしょうか。もちろん、この村のものは上質だとは思ってますけど……それだけじゃ、目を引く物がないような……」
「言われてみれば……酒と食い物ばっかだな……」
しかし、この村には現状それしかない。
商品に出来る物が他にもあればいいのだが……。
「ちょっと考えてみるよ。先に風呂入ってくれ」
「は〜い。ダーリン、私の髪って最近綺麗になったと思わない?」
「ん? いつも綺麗だよ」
「そ、そうじゃなくて! こう、艶とか出てきたのよ。やだ、ますます綺麗になっちゃうわね〜」
アリアスは最初から綺麗だったよ。
髪が綺麗になったのかは、正直俺には分からんが……。
女性の目から見たら、全然違ったりするんだろうか。
俺なんて騎士団時代は石鹸さえ使わせてもらえなかったからなぁ、
たまに石鹸を使っても、この世界の石鹸の質の低いこと。
仮に髪を洗おうものなら、ごわごわになってしまう。
だから水浴びばっかりしてたっけ。
「……ん?」
いやいや。
今俺の頭の中に浮かんだアイデアが、まさか実現するわけないよな?
凄いデカいシノギの臭いがしたけど、うまくいくわけない。
大体、作り方が分からないし……あ、ダークマターで作り方マニュアルを生成すればいいじゃん。
「そうだ……この村の生活用品を量産すれば売れるんじゃないか!?」
これは天啓が降りてきた!
前世知識を活かしてバカ儲け。これはワクワクしてきたぜ。
「ダーリン、お風呂上がったわよ〜」
「あ、次私入ってきますね。旦那様、まだ考え事してるみたいなので」
「は〜い、ローレシアもごゆっくりね〜。シャンプー減ってきたから、補充しておいたわ」
「わぁ、助かります。では温まってきますね〜」
ところで、最近アリアスはローレシアのことを聖女様ではなく名前で呼ぶようになった。
これも二人の関係性が進んだということだろうか。
それとも、俺との仲が進んでお互い遠慮が無くなったのか。
どちらにしろ、嫁二人の仲は相変わらず可愛い。
二人を支えるためにも、バザールを絶対に成功させてみせる!
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