第70話 元暗黒騎士は祝杯を上げる
正気に戻ったのじゃロリ──本当の名前はマヤトというらしい──のおかげで、死の大地は大昔の姿を取り戻したらしい。
黒く神々しい龍の姿になったマヤトに乗って、死の大地を空から見回す。
「すげぇ景色だな……」
『雄大じゃろう? これこそ、妾がかつて築き上げた理想郷よ』
さっきまで荒れ果てた地だったのが嘘のようだ。
緑は生い茂り、大地は活力を取り戻している。
心地よい風も吹いている。まるで楽園に来たようだ。
『お主が結界を張っておるからかのぅ。空の様子は曇っておるのが残念じゃ』
「天候も変わっているのか? クソ暑くて死にそうだったんだが」
『当然じゃとも! マヤトの地は四季折々で、美しい景観が自慢の地じゃぞ』
「まるで日本みたいだな……」
空を飛んでいると、ふと煙が上っている事に気付いた。
まさか火災でも発生したのか?
俺達の戦いの影響じゃないよな……?
『安心せい。あれは火山じゃ』
「火山って……安心出来る要素がなくないか?」
「噴火はせんぞ。大人しいものよ。おかげで温泉も湧くしのぅ」
「温泉!? 温泉があるのか!」
温泉といえばジャパニーズ・ソウル。
湯に浸かるだけで、魂の洗浄が出来る最高の癒やしじゃないか。
まぁ、前世で温泉とかあんまり行ったことないけど。
温泉ってワードでワクワクするのは、日本人特有なのかね。
『健康促進、疫病予防、魔力回復の効能があるはずじゃ。お主も気が向いたら行くとよいぞ』
「そうだな。アリアスとローレシアを誘ってみようか」
『温泉で飲む酒がたまらなく旨くてたまらんのじゃ……思い出すだけで、また飲みたくなるのぅ』
「酒も作ってたのかよ。ここには何でもあるのか?」
『昔の話じゃ。今も酒造りの技術が残っておるかは、怪しいものじゃな』
そうか、それは残念だ。
もし酒を作る材料が採れるのなら、俺達の村の生活水準が大幅に上がるんだが。
「なぁ、あそこに見えるのはなんだ?」
『塩湖じゃな。リヴァイアサンの残した物じゃろう』
「塩湖ってことは、塩が採れるのか? ちょうど塩を切らしてたんだよ! ありがたいな!」
『お主……さっきから家庭的なことばかり聞いてくるのぅ。もうちょっと、この景色に思うところはないのか』
いや、確かに死の大地が一気に変化したのはびっくりしたよ?
でもさ、日本の田舎みたいな風景なんだもの。
懐かしいと感じることはあっても、すげぇ! って思うほどじゃない。
爺さんの家の周りって、こんな感じだったなぁとか、ノスタルジーを感じる。
「村のみんなも、この変化に驚いてるだろう。悪いけど、一回俺達の村に行ってくれ」
『うむ、了解じゃ。あちらの魔力が集まってる方角でいいかぇ?』
マヤトの龍形態はとても速く、俺の飛空艇と同じかそれ以上の速度で飛べる。
これはもしかしたら、村の移動手段が増えたのかもしれないな。
◆◆◆
「ただいま~」
「ダーリン! 無事だったのね!」
「旦那様、お怪我はありませんか!?」
「ありがとう。俺は大丈夫だよ」
村に帰ると、早速嫁二人が出迎えてくれた。
やはり帰りを待ってくれる人がいるのはいいものだ。
「ダーリンが無事ならよかったけれど……それよりも、周りの変化はどういうことなの?」
「突然死の大地全体が様変わりして、村中混乱してますよ」
「それについても説明するよ。ほら、マヤト」
「うむ。任された」
「誰? この子。どこの子かしら」
「かわいいですね。何歳ですか?」
「妾は龍姫マヤト! このマヤトの地を治める龍の主である!」
「そうなんですか~。それで? ママとははぐれちゃったんですか?」
「おい、お主。妾を子供扱いするでない」
そりゃ、こうなるよなぁ。
だってマヤトの見た目って、完全に子供だもんな。
十二歳くらいにしか見えん。頑張って中学生に見えなくもないか?
おまけに和風な顔立ちで、この世界だともっと幼く見える。
あれだ、日本人が海外に行くとアラサーでもティーンエイジャーと思われるみたいな。
「えっとだな、二人は信じられないかもしれないけどさ……こいつ、マジで龍族のお姫様なんだって」
「龍族だなんて、聞いたこともないわ。確かに、頭に立派な角が生えてるけれど、そんなの鬼人族だってあるもの」
「でもアリアスさん、鬼人族の角は一本角ですよ。この子は二本の角が生えてます。確かにドラゴンのようにも見えますね」
「ええい、見えるも何も、妾はれっきとした龍の姫じゃ!」
すげぇ、戦ってる時はあれだけ威厳たっぷりだったマヤトが、うちの嫁相手だと完全にお子様扱いだ。
本人の見た目と言動がアンバランスなせいで、かえって子供っぽく見えるのかもしれん。
まぁ、のじゃロリってそういうギャップを楽しむもんだしな。そこがいい。
「もうよい! この姿を見て驚くが良い!」
そう言うと、マヤトは龍形態へと変身した。
「え……ど、ドラゴン……? 本当なの……?」
「普通のドラゴンとは違う、極東の龍ですよね……大昔にいたって言われる、ドラゴンの上位種です……」
『ふふん、どうじゃ? これで妾の偉大さが分かったじゃろう?』
アリアスとローレシアは無言で俺を見た。
分かるよ、どうなってんのこれ? って言いたいんだろ。
でも俺だって分からないんだ。いや本当に。
祠が壊れて、ドラゴン共を倒したら、のじゃロリが出てきた。
それを倒したら仲間になった。
ついでに死の大地が豊かになった。
二人にはそう説明をした。
だが、納得できていないようだった。
そりゃそうだ。俺だって自分で言ってて、何言ってんだこいつって思うもん。
「とりあえず、村のみんなにも伝えるからもう少しその姿でいてくれ」
『構わぬぞ。妾の偉大さを皆に知らしめてやるのじゃ!』
その台詞だけで、偉大さもクソも無いんじゃねぇかな……。
かわいいとは思うけどさ。
村民達を集めて、ことのあらましを説明した。
全員頭の上にはてなマークを浮かべたような表情をしている。
うん、理解できないよな。そりゃ当然だ。
「とりあえず、塩が採れるようになるらしいぞ」
「うおおお! マジかよ! 塩のために他所の村まで行かなくてよくなったんだな!」
『酒の材料も、探せばあるかもしれぬぞ』
「酒ッ! 飲むッ! 作るッ! 飲むッ!」
「いいじゃない! ねぇダーリン、この子うちの村に勧誘しましょうよ!」
そんな捨て猫を拾ってきたみたいな言い方……。
「この村だけで自給自足が可能になると、かなり楽になるな。村長のスキルで作った物と合わせて、交易の目玉商品になるかもしれん」
おお、流石はレジスタンスのリーダー片翼のダンだ。
他のみんなと違って冷静な考えを述べてくれる。
「そうなると、儲けた金で更に酒を作って飲めるしな」
台無しだよ。俺の尊敬の念を返せよ。
お前レジスタンスが解散されて、すっかり牙が抜けちまったよ。
抜けてるのは牙じゃなくて翼だったなガハハ、とは流石に言えねえけど。
「お酒が飲めるとなると、おつまみが欲しい。ねぇ、村長さま。美味しいおつまみとか育てないの?」
「フェリス……お前も酒か。てか、つまみって育てるものじゃないだろ」
「前に村長さまがくれたドラゴンの燻製肉は、とっても美味しかったの」
「あれは肉を塩漬けにして魔法で乾燥させた簡易的なやつだからなぁ。燻製用のチップとか、育てようと思えば生成出来るとは思うけど」
『なんじゃ。燻製用の木なら、たぶん育っておるぞ。つまみも、そこらの魔物を狩ればよかろうて』
「なんでもあるな、新しい死の大地……。てか、魔物って言ったか?」
死の大地は危険すぎて、魔物の出現率が低いはずだ。
そんな簡単に魔物と遭遇しないはずなのだが。
『そうか、お主らは荒廃したマヤトの地しか知らぬのか』
「まさか……自然が蘇ったことで、魔物まで復活したなんて言わないよな?」
『豊かな土地には魔物が住み着くものじゃ。上質な素材を持った、手強い魔物がわんさか出てくるはずじゃぞ』
手間が増えてるじゃねぇか!
せっかく人も魔物も寄り付かない土地だったのに、メリットが消えたじゃん!
「てか、そうなると村の守りとか強化しないといけないよな」
「とりあえず元レジスタンスの戦闘部隊から、何人か村の警備をさせよう。夜間は特に注意しなければな」
「悪いな、ダン。いい案が思いついたら、スキルで村の防衛システムを作るよ」
「なに、全てを村長頼りにするのも悪いだろう。村を守ることくらい自分たちでやらねばな。それに、あまり平和過ぎても腕がなまってしまう」
か、かっこいい……。流石レジスタンスのリーダー……。
さっきは酒好きの駄目野郎呼ばわりしてすみませんでした!
やっぱり頼りになるのは実戦経験豊富なリーダーシップのあるやつよ!
「それで村長、今後は村の運営をどうする? 以前の方針からかなり変わりそうだが」
「俺は村の周辺、いや死の大地全体の探索をしたいと思う。何があるのか興味あるしな」
「分かった。新しいこの地の詳細が分かるまでは、一旦今のままの方針で行くとするか」
「そうだな。塩が採れたり酒が造れるかは、まだ決まったわけじゃない。とりあえず他の村との交易は絶やさず続けてくれ」
「了解だ。みんなも分かったな?」
「おおー!」
「俺は酒が飲めれば問題ないぜ~!」
「私もよ! あとはお肉ね!」
「わ、私はお米をもっと食べたいです……! お肉と合うので、いっぱい食べたいです……!」
うんうん、みんなの意見はまとまったみたいだな。
言えることは一つ。
こいつら酒好きすぎだろ! どんだけ飲みたいんだよ!
いや俺も酒大好きだけどね! 人のこと言えないね!
というわけで……
「よし! 新しい土地の開拓に向けて、今日はみんなで飲むぞ~!」
「「「「おおおおおおお~~~~!!!!」」」」
『妾も飲みたい! 久々の酒を飲みたいのじゃ!』
マヤト、とりあえずお前は人間形態に戻ろうか。
龍形態のままだと、お前一人で王国からパクっ……貰ってきた酒が無くなっちゃうからね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます