第68話 元暗黒騎士は龍姫を撃破する

「はぁあああああ!」


「ぬぇえええええい!」


 互いの武器が真正面からぶつかり合う。

 互いに魔力で強化された肉体、そして武器。

 その衝撃は、周囲の地形を変えてしまうほどの威力だ。


「そんなものかのぅ。まだお主は、実力を隠しているように見えるのじゃが」


「手の内を全部晒すような真似はしないんだよ」


「そうか。なら全力を出し切る暇さえ与えず、お主を葬るとしようぞ」


 のじゃロリは扇子を閉じて、地面に落とす。

 すると、扇子は地面にぶつからず、そのまま地中に沈んでいった。

 まるで水面に落とすかのように、するりと落ちた。手品か何かか?


「ここは我が領土、我が領域、我が結界の中。全てが妾の力となり、全てが妾の思うがままよ」


「何を言ってるか分からないけど、武器を捨てるなんて自殺行為だな!」


 すかさず首を刎ねる攻撃を加えるも、のじゃロリは指で俺の攻撃を止める。

 嘘だろ!? 結構力を込めて斬ったつもりなんだが……!


「確かに、人間にしてはいい力を持っておる。だがそれだけじゃ。神の化身とも呼ばれる龍、それを束ねる妾の敵では無いのじゃ」


 視界の端から、高速で迫り来る何か。

 俺は咄嗟に鎧でガードするも、のじゃロリの膂力に押し切られてしまう。

 この女、見た目の幼さに反して馬鹿力だ。


「おや、随分と固い鎧じゃな」


「お前の尻尾も、かなりの威力だったぞ」


「龍の鱗はそこらの鋼よりも固いゆえな。じゃが今の一撃を防いだのは見事よのぅ」


「不意打ちには慣れてるんでな」


 なにせ、前職では暗殺や罠、その他あらゆる意識外からの攻撃を受けてきたのだ。

 咄嗟に体が反応するように、鍛えられてしまった。

 あんまり嬉しくない経験だけどなぁ……。


「ふむ。お主を潰すには、どうやら正攻法で行った方がよさそうじゃ」


「やれるもんならやってみろよ。俺は正攻法をぶち破ることこそ、最も得意だぜ」


「言うではないか。ではこれはどうじゃ?」


 先ほど扇子を落とした場所から、黄金の光が溢れ出す。

 光はのじゃロリの体に吸収され、それまでの魔力量とは別次元の強さを感じさせる。

 覚醒したのか? 俺のクロノグラムと同じく、あいつの力を解放させる仕掛けがあったのか。


「では、ちぃっとばかし本気を出すとしようかのぅ。光栄に思うがよいぞ。人間にこの姿を見せるのは、お主が初めてじゃ」


「おいおい、男に女の秘密を明かす時はもっとロマンチックな状況じゃないと風情がないぞ」


「安心せい。お主は死ぬ。妾の真の力を知る者はこの世から消えてなくなるのじゃからな」


「もう俺を殺すつもりでいるのか。そんな台詞は、実際に俺を殺してから言うんだな」


「それもそうよな。では、殺すとしようぞ」


 のじゃロリの背後には金色の魔力の塊があった。

 それは龍のをしている。九つの首を持った龍、ヤマタノオロチを想起させられる。


「ゆけ! 九頭龍ノ災禍!」


「クロノグラム!」


 九つの龍はそれぞれ意思を持ったように自在に動き、俺に攻撃を加える。

 それも、一つ一つが高レベルな攻撃で、物理攻撃と魔法の両方の性質を持つ特殊な魔法の様だ。

 クロノグラムで攻撃を捌くが、龍の攻撃を凌ぐ度に肉体が悲鳴を上げる。


「クソ重たい攻撃をしやがって……! やっかいな能力だな!」


「この攻撃を厄介の一言で済ますお主も、大概じゃがな! じゃがいつまで凌げるか!」


「アイス・シールド!」


「無駄じゃ! その程度の魔法で、九頭龍の攻撃は止められぬ!」


 のじゃロリの言う通り、俺の作った氷の壁はあっさりと龍に破壊される。

 だが俺の目的は防御じゃない。一瞬でも氷の壁で、のじゃロリの視界を遮ることが目的だ。


 その隙に上空へと跳び、のじゃロリの脳天目掛けてクロノグラムを構える。

 そしてあと数メートルまで来て剣を振るうが、その攻撃は九頭龍に防がれた。


「おぉ、怖い怖い。九頭龍に勝てぬと分かると、術者である妾の首を狙いに来たか」


「一番手っ取り早い方法だと思ったんだけどな」


「じゃが残念。この九頭龍ノ災禍は妾の意思とは別に、独自の意識を持っておる。妾が気付けぬ不意の一撃も、こやつらが防いでくれるわけじゃ」


「術者狙いにも対策してあるか。抜け目のないロリだ」


「当然じゃろうて。妾を倒したければ九頭龍を倒してからにすればよい。倒せればの話じゃがな」


「なら、そうさせてもらおうか」


 ズシン、と大きな物が地面に落ちた。

 それは九頭龍の内の一匹の首だった。

 俺がのじゃロリの首を狙った一撃を防いだ龍だが、ただ攻撃を防がれるのも癪だ。

 首の一つくらいは貰っておかないとな。


「まさか……さっきの攻撃で……」


「そういうことだ。まずは一匹、残りは八匹だな」


「凄いのぅ。たった一撃で九頭龍の首を切り落とすとはやるではないか。じゃが、甘いのぅ」


「なんだと……?」


「お主に絶望を与えてやろうかぇ。切られた龍を見てみるがよい」


「な、なんだよ……再生してるじゃねぇか……!」


 そんなのアリかよ!

 再生持ちって、クソ面倒だな!


「こやつらは妾の魔力の顕現した姿。完全に倒すには九つの首を全て切り落とすか、妾自身を殺すしかないぞ?」


「再生出来なくなるくらい切りまくって、お前の魔力切れを待つって手もある」


「妾の言葉を忘れたか小童。この地全てが妾の力じゃ。すなわち、妾の魔力は限りなく無限にあるのよ。魔力が尽きるなんて期待するでないぞ」


「耐久戦もダメか。結構自身はあったんだがな」


「くくく、そうじゃ、その顔じゃ。その絶望に染まった顔が見たくて、妾の奥の手を見せたのじゃ」


 別に絶望してないんだけどなぁ……。

 うわ、面倒くせっ! くらいの気持ちなんだが。

 もし絶望した様に見えたのなら、それは俺の普段の表情が暗いってだけだろう。


 うん、結婚したし村長にもなったし、これからはもうちょっと表情に気をつけよう。


「ゆけ九頭龍! 人間の小童を食いちぎってやるがよい!」


「このままやってても、千日手だよなぁ。俺の攻撃は龍に防がれて、龍を倒しても再生される。相手の攻撃もちょっとはキツいけど、別に防げないわけじゃない。永遠に決着がつかないパターンだ」


「千日手とは、随分と甘い考えじゃな。妾は無限の魔力があるが、お主はどうじゃ! お主の攻撃は魔力の消費が激しく見えるぞ。その内すぐに魔力切れするのではないかぇ?」


「お前こそ、随分と甘い見積もりをしてるんじゃないか」


 俺はクロノグラムで龍の首を刎ね、そして左手からもう一本の剣を取り出す。

 魔力の剣マギスグラムだ。普段使わないので、【ダークマター】で作ったアイテムボックスに収納しておいた。

 魔王がやってた、虚空から武器を取り出す演出がカッコよかったから、真似してみたのだ。


「クロノグラムも、マギスグラムも俺の魔力を吸って威力を上げる。国を滅ぼす程の一撃を放つ程にな。それだって全力ってわけじゃない。つまり俺の魔力は、お前より遥かに多い」


 言い終わるやもう一匹の龍の首を、マギスグラムで切り裂く。

 こいつは振り心地こそ軽いが、魔力で遠距離の斬撃を気軽に使えるのが便利だ。


「……たかが首を二つ切ったくらいで、大きく出るではないかぇ」


「事実を言ったまでだが」


「国を滅ぼす? それでも全力じゃない? あり得ぬあり得ぬ! 人間風情が、そんな魔力を持っていようはずが無かろう! 嘘じゃ、お主は虚勢を張っておる!」


「またこれか。俺が正直に言っても、だーれも信じてくれないんだよな」


 なんでみんな、俺のこと信じてくれないのかね。

 ユグドラの奴らは俺が嫌いだから信じなかったって納得出来るけど、こののじゃロリはそういうわけじゃないのに信じない。


 もしかして、俺の魔力量ってそんなに規格外なのか?

 それとも単に、俺の人間性が終わってるから信じてもらえないのだろうか。

 たぶん前者なんだろう。そう思いたい。後者だったら立ち直れない。


「ふん……! いくら余裕ぶったところで、九頭龍の再生は完了したのじゃ! トドメじゃ、全員でそいつにかかるのじゃ!」


「はい、悪手」


「なっ……んじゃと……!」


 九匹全員の首を切らないと駄目って自分で言っておいて、九匹全員で俺に向かってきたら駄目だよ。

 今です! 全員の首を切ってください! って言ってるようなもんだ。

 まぁ、判断ミスだろうけど俺はそれを見逃さない。


「クロスエッジスラッシュ!」


 騎士団で覚えた剣技で、九匹の龍の首を切る。

 複数の獲物を切る時に便利な技だけど、龍にも通用するんだな。

 今の俺は二刀流だから、効果は更に倍だ。

 いくら嫌な職場とはいえ、そこで得た技術はありがたく使わせてもらおう。


 前世でもよくあるだろ。クソ職場で覚えたスキルや技能を、次の職場で活かすこと。

 それと同じだ。


「って、浅かったか。一匹傷が浅い」


「ぬぇえええい!」


 俺が最後の一匹の首を落とそうとするところに、のじゃロリが突っ込んできた。

 いきなりのことだったので、クロノグラムとマギスグラムでガードの姿勢を取った。


「まだじゃ! まだ終わっておらぬ!」


「なんだよ。九頭龍より、お前の方が全然強いじゃねぇか」


「当たり前よ。九頭龍ノ災禍は妾の魔力そのもの。それを従える妾の方が強いのは当然じゃ」


「なるほど、納得。クロノグラムと俺の関係とそっくりだな」


「じゃが人間に拳を放つなど、初めてよ。それを防ぎ切ったお主にも驚きじゃが」


「いいパンチだったぞ。少し重さが足りないけどな。ロリっ娘だから軽いのか?」


「れでぃに失礼な小童よ。そんなのじゃおなごにモテぬぞ」


「残念でした、俺は既婚者だ。お前こそロリババアなんてニッチな属性、嫁の貰い手がいないんじゃないのか」


「妾もかつては求婚が絶えなかったのでな。こう見えても国一番の美人と評判だったのじゃ」


 まぁ、そのビジュアルだとモテるだろうなぁ。主にロリコンどもに。

 今は実年齢が数千歳だかのロリババアなわけだが。


 でもよく考えたら、俺も前世ではロリババア合同誌とか買ってたっけか。

 吸血鬼ロリババアとか、妖怪ロリババアとか、そういうヒロインが好きだったような。

 そう考えると、こののじゃロリは案外好みなのかもしれない。


 まぁ命のやり取りをする敵に、そんな感情を抱くはずもない。

 殺すか殺されるか、あるのはそんな感情だけだ。


「九頭龍の首を落とし切る前に本体が妨害して、その間に九頭龍の首が復活する。なるほど確かに無限の力と言い張るだけはあるな」


「良い事を教えてやろうかの。この九頭龍は首を落とされて回復する度に強化される。お主は既に何回首を落としたかのぅ。さっきの様にはいかぬぞ?」


 のじゃロリの言う通り、九頭龍の攻撃とスピード、そして硬さはさっきより数段上がっていた。

 死の縁から蘇ると強くなるとか、そんなのアリかよ。

 再生能力持ちが再生したら強くなるとか、バグだろ。チートかよ。


「まだ動きについて来れるか! 面白い、お主はいい玩具になりそうじゃ!」


「そりゃどうも! 美少女のおもちゃにされるのは、男のロマンだからな! 悪い気はしないが、死ぬのはごめんだ!」


「お主を倒したら、次はどうしようかのぅ。妾を封印した奴らはとうの昔に死んでおろうし、次の玩具は何にするか迷うものよ」


「もう俺を倒した後のことなんか考えやがって……。そもそも、お前らはどうして祠に封印されてたんだよ!」


「それはもちろん、この地を守るために封印されたのじゃ! この地を治める妾が、この地のために……? そうじゃ、妾はここを守りたくて、それなのに……?」


「あ? どうしたんだよ」


 急にのじゃロリと九頭龍の動きが鈍くなった。

 この隙に攻撃していいものか、迷うところだ。

 どうものじゃロリの様子がおかしい。


「お前、この地の領主か何かだったのか?」


「そう、そうじゃ……故郷の、極東の島国から龍というだけで恐怖され、迫害された我ら竜族は……追い出された。ここで安寧の地を築いて……今度こそ人間や他の種族と幸せに……暮らしていた……はずなのに……?」


 錯乱してるのか?

 何か、あいつのトラウマでも刺激してしまったのだろうか。


 そう言えばこいつ、邪神様がどうとか言ってたよな。


「なぁ、お前って邪神と関係あるのか? ドラゴンって邪神の配下なのか?」


「邪神……そうじゃ、邪神様じゃ……あのお方が……違う! あやつのせいで……我らの安寧の地は滅び……! いや、邪神様のおかげで素晴らしい力を得ることが出来たのじゃ……そうじゃ、それを勇者と聖女が……我ら龍を封印したのじゃ!」


 なんか、ぜーんぶ説明してくれた……。

 ところどころ思考がぐちゃぐちゃになってるけど、大筋は分かった。


 多分こいつらは、元々は善良なドラゴンだったんだろうな。

 それが邪神に操られて、悪いドラゴンになった。

 だから当時の勇者達に封印されたってことか。


 なるほど、大昔にも勇者っていたんだな。

 その勇者ってやっぱり転生者なんだろうか。それともこの世界の人間か?

 まぁ、そんな数千年も前の話、確かめようもないか。


「そうじゃ、そうじゃそうじゃそうじゃとも! だから妾はこの地を取り戻し! 憎き人間共を根絶やしにせねばならぬのじゃ!」


「さっきと雰囲気が変わったな。まるで邪竜だぜ、これじゃ」


「憎い、憎い憎い憎い……! 妾の幸せを奪った人間が憎い……! 滅ぼさずにはいられぬ……! 滅ぼす!」


「そこは、恨むなら邪神を恨めよな。とか言っても、その様子じゃまともに考えられないよな」


 完全に正気を失ってるし。

 目がイっちゃってる。かわいい顔が台無しだ。

 あんまり好きじゃないんだよなぁ、美少女に変顔させるのって。


「お前の境遇はかわいそうだけど、俺はお前をぶちのめす。同情はしてやる。手加減はしない」


「黙れっ! 九頭龍よ、妾に続け! 龍神冥闇天上災禍!!!!」


 のじゃロリと九頭龍の口から、強烈なブレスが放たれようとしている。

 恐らくこれがあいつの最大火力。この地を操るのじゃロリが、魔力を全て込めた渾身の必殺技だろう。


 ならば俺も、必殺技で迎え撃つ。

 クロノグラムとマギスグラム。この二つを一つに重ね合わせる。


 クロノグラムとマギスグラムの柄から触手が這い出て、俺の血管、魔力神経を這い回る。

 二つの剣が俺と同調し、その力を解放する。


 魔力は臨界点を超えて、リミッターのレベルすりーを解除した。

 ここまで魔力を解放するのは、生まれて初めてだ。

 この一撃は、たぶん俺史上最大最強の一撃になる。


 だが、そうしなければならない理由がある。

 目の前の暴走した龍姫と九頭龍を倒すには、回復させる暇も与えない絶対的な一撃が必要だ。


 さっきまでは、一匹ずつ首をちまちまと落としていたが、正気を失った相手だと少々危険だからな。

 だから一撃で終わらせた方が安全だ。


「発! 射!」


「ヘル・オブ・ダークナイト!」


 黄金の龍のブレスが迫る中、俺は剣から黒い闇を放った。

 それは地獄。万物に死を与える究極の一撃。

 黄金の輝きも、全てを飲み込む闇には勝てない。


 そう、俺は暗黒騎士だ。黒より暗い闇の騎士。

 その闇の力の前に、あらゆる物は無力となる。

 絶対的な力、それが俺の闇の力だった。


 単なるコミュ障根暗陰キャ童貞の僻みを闇パワーと言い切る勇気。

 こういう度胸も、たまには必要だ。


 そして、龍の姫は闇に飲まれたのだった。

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