第65話 元暗黒騎士はおにぎりを振る舞う

 翌日、村民全員に米を試食してもらうことにした。

 デカい釜を用意してもらい、米を炊く。

 簡単なようで、米の炊き方とか炊飯器任せな俺は全く役に立てなかった。


 アリアスとローレシアが、昨日炊いたご飯を参考に、いい感じに調整してくれたから助かった。


 今回はおにぎりを作ってみた。

 付け合わせにドラゴンの肉の甘辛炒めも添えて、なかなか美味しそうだ。


「このオニギリって食べ物、美味しいなぁ〜」


「米って作物、俺は食べたことがないけど、甘味がいい感じだぜ〜!」


「どこのご家庭にもある塩だけで、こんなに美味しいなんて最高だな!」


 どうやらみんな、おにぎりを気に入ってくれたらしい。

 どんどんおにぎりが無くなっていく。村民全員が平気で三つくらい食べて、減る速度が尋常じゃない。


「どうだろう。このおにぎりは携行食としても便利だし、いいと思わないか?」


「俺は気に入った。村長、今後も村で米を作っていこう」


「ダンがそう言ってくれて助かる。お前が実質、みんなのリーダーみたいなもんだしな」


「別に、美味いもんを美味いと言ったまでだ。ところで他にはどんな米料理があるんだ?」


 興味津々かよ。

 片翼のダンとも恐れられた男が、翼をソワソワと動かして興奮している。

 米という新しい食糧に出会ったことが、よほど嬉しいのだろう。


「そうだな……米料理だと、寿司とか炒飯とか……リゾットやカレー、色々あるぞ」


「すまん村長、今言われた単語がひとつも分からないんだが……」


「まぁ、みんなが知らないような美味しい料理が、まだまだ控えてるってことさ。そのために調味料とか、色々と入手したいんだけどな……」


 今回のおにぎりを作って、いよいよ我が家の塩も少なくなった。

 村民が故郷の村から、塩や調味料を買ってきてくれているが、正直味はイマイチだ。

 どうにか日本の塩や調味料を再現したいところだな。


 食生活は生活の質を上げる重要な要素なのだ。


「村長さま」


 俺が考えていると、横からフェリスが話しかけてきた。

 頬に米つぶがついている。かわいい。


「どうしたフェリス。おにぎりの美味しさにびっくりしたか?」


「そうじゃないよ。いや、オニギリは美味しかったの……。でもそうじゃなくて、探索組から報告があったんだ。また祠が見つかったって」


「なんだって……? 祠って、前回見つけて、壊れたアレのことか?」


「たぶん同じ物だと思うよ。村長さまが壊して、リヴァイアサンが出現した原因の、あの祠そっくりらしいの」


「人聞きの悪いことを言うな。あれは俺が壊したんじゃなくて、勝手に壊れたんだよ」


 そう、俺は悪くない。

 俺はあの祠を放置しようと言ったのに、なんか俺の魔力を勝手に吸って、封印が解かれただけだ。

 それは俺が原因と言えるんじゃ……と思うけど、あんなの防ぎようがないよな。


「今度はどこに祠があったんだ? まさか、また洞窟が見つかったとかじゃないよな」


「リヴァイアサンを倒して、死の大地に川が出来たでしょ。その川をいかだで渡ってたら、見たことない怪しい小屋が見つかったらしいの」


 川が出来たからって、すぐに筏を作れる獣人すげえな……。

 サバイバル適正が高すぎる。


「怪しい小屋ねぇ……」


「それで、中を見てみたらまたあの祠が……ってわけだよ。村長さま、どうしたらいいと思う?」


「放置で」


「即答だね。どうして?」


「絶対ろくなことにならないだろ……! どうせまた、俺が見に行ったら、俺の魔力が吸われて祠が壊れるってオチが見えてるぞ……! だったら、最初から放置だ……!」


「情けない様な、潔い様なだね。ある意味村長さまらしい」


「とにかく、俺は絶対に行かないからな! 祠に誰も近づかないよう、みんなにも伝えてくれよ」


「分かった。今度はどんな怪物が出てくるのか、ちょっと期待してたけど。村長さまがそう言うなら仕方ないね」


 俺は危険察知出来る大人なのだ。

 仕事で重大なミスが発生しないように、日頃から些細なミスを注意することが大事なのと同じだ。

 ハインリッヒの法則だっけか。まぁ前世も今世も、俺の職場でそんなの守ってるやついなかったけどな、ハハハ。

 いや笑えんな……。思い出したら悲しくなってきた。


「まぁ、祠の話は一旦放置ってことにしておこう。とりあえず、俺もおにぎりを拝借しようかな」


「あぁあ〜? 村長、何言ってんだよ。もうオニギリは全部無くなったぜぇ〜?」


「え、早くない? 俺の分は?」


「村長は昨日、家で食ったんだろ〜? 美人の嫁さん二人と一緒によぉ〜」


「そうだぜ。それで俺らの分も食べようなんて、ちょっと贅沢がすぎるぜぇ〜!」


「い、いや、おにぎりはまだ食ってないんだけど……! え、本当にもう無いの? 米一粒くらい残ってたりしないか?」


「今日炊いた分は、全部無くなってるな」


「そ、そんな……おにぎり食いたかったよ……ははは」


「そう落ち込むな村長。次に植える分は残っている。また実った時に食べるといいだろう。この村の作物は成長速度が異常だからな」


「それもそうだな……。でも、みんなが盛り上がってるこの空気の中で、おにぎりを食べてみたかったよ……」


 前世は、コンビニでおにぎりを買って、昼休みに一人で黙々とおにぎりを頬張ってたからな。

 誰かとおにぎりを一緒に食べる。そういう体験をしたかったのだが、残念ながら今回は無理だった。

 落ち込むことはないさ……。いつものことだ……うん。


「村長さま、はい」


「どうしたフェリス」


「いいから、あーんして」


「ん? あ、あーん……ングっ!? いきなり口の中に指突っ込むなよ!?」


「はい、オニギリ食べたね。よかったよかった」


 何を言ってるんだろう。

 人の口に指を突っ込んでおいて、謎なことを言うな……あれ? なんか口の中にほのかな甘味と塩味が……?


 ペロ、これは……米粒!


「私の口についてた米粒、これで満足?」


「満足じゃない……けど、すごい懐かしい味がしたから……まぁいいか」


 他人の頬についた米粒を食べるって、よく考えたら衛生上よくないよな。

 でも、それが美少女ケモ耳娘の頬についた物だったら?

 あら不思議、一気に美味しく感じる!


 人間の脳みそっていい加減だな〜。

 これが美少女無罪ってやつか。最高だな。

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