第64話 元暗黒騎士は白米と焼肉と酒で至る

「これが米……白米だ」


「なんだか随分と固いのね。このまま食べるの?」


「それとも、ミミコムみたいに粉にするんでしょうか」


「いや、水に漬けて火にかける。それでふっくらとしたご飯の出来上がりだ」


「手間がかかるのね〜。その割に収穫量はほんの少しで、非効率じゃないかしら」


「きっと、それほど美味しいんですね! 旦那様があれほど作りたがってたくらいですから!」


 うう、信頼してくれるのはありがたいけど、ハードル上がるなぁ。


「火で炊くって言ったけれど、鍋とか必要かしら。家にそれっぽいの、あったかなぁ」


「それなら大丈夫。我が家には秘密兵器があるんだ。家を生成した時に、ついでに生成されていた最強の家電……いや魔道具、その名も炊飯器だ!」


「「スイハンキ?」」


「簡単に言うと、電源ボタン……じゃなくて魔道具のボタンを押したら、後は自動でお米を炊いてくれるんだよ」


「そ、そんな便利な魔道具が家にあったの!?」


「あるよ。食器棚の上の方に置いてある、四角い箱みたいなのがあるだろ。あれが炊飯器だ」


「あの取っ手がついてる、人を殴るのに向いてそうな鈍器が料理道具だったなんて……気付かなかったわ。てっきり、泥棒撃退用の武器かと思ってたもの」


 アリアス、炊飯器を振り回せるほどの怪力なら、鈍器とか必要ないんじゃないかな。

 泥棒なんて素手で撃退出来ると思うぞ。


「ええと、米を五合くらい計量カップではかって、水をいれる。そして炊飯器のスイッチを入れて一時間くらい待つ」


「それから?」


「これで終わりだ」


「えぇ!?」


「早くないですか!?」


「便利だろ? これが文明の利器ってやつだ」


「というより……」


「あれだけ頑張ったのに、呆気ないですね……」


 こらこら、俺達の米作りはチートスキルのおかげで、超短縮ルートでやったんだぞ。

 本物の農家さんに比べたら、かなり楽に出来たはずだ。

 それに、炊飯器だって家電メーカーの企業努力で、手軽に米を炊けるようになったんだ。

 むしろ手間が減ってありがたがるべきだろう。


 とは言っても、そもそもお米の美味しさを知らない二人に、そんなことを理解しろというのも無理な話だろう。

 ここはやはり、実際に食べてもらうしかないだろう。


「じゃあ、米が炊けるまで別の料理の準備をしよう。村のみんなにも、食べさせたいけど、今日は試作ということで俺達だけで食べるか」


「そ、そうね。まずは村長夫人として毒味役を買って出るべきよね……!」


「誰が毒味だ。ちゃんと美味しいから、安心しろって」


「知らない食べ物って緊張するじゃない。でもいいわ。それで、料理は何を作るの?」


「まだドラゴンの肉が余ってたよな。それを解凍して、焼肉にしよう」


「焼肉? この前、バーベキューをしたじゃない。好きだからいいけれど」


「焼肉はまた、違ったもんだよ。白米との組み合わせは抜群だ。焼肉のタレも、スキルで生成しておこう。ああ……あとはこれに、ビールがあればなぁ……」


 焼肉と白米、それにビール。この肉体年齢が二十歳前後だからできる暴挙!

 肉! 炭水化物! 酒! 最高の禁忌を犯している気分だ。


 だが残念ながら、ビールはない。

 あるのは、王国の酒場から拝借してきたエールだけだ。


「そうだ。生のクツァイアをすりおろして、タレに混ぜてみよう。案外合うかもしれない」


「クツァイアを? 結構独特な臭いがするけれど、大丈夫?」


「クツァイアって美味しいですけど、食べた次の日はちょっと匂いが残りますよね……。美味しいんですけれど……」


「それが逆にいい」


「え? ダーリンってもしかして、口臭フェチなの?」


「だ、駄目ですよ旦那様! 流石にそれは駄目ですっ!」


「違うってば……俺にそこまで歪んだ性癖はないよ。……なんでちょっと残念そうな顔したんだ?」


 俺は嫁二人の考えてることが分からないよ。

 そりゃ、多少臭うかもしれないが、それで二人のことを嫌いになったりしないって。


「あとは適当に野菜も炒めて、味付けをして……」


「手伝うわよ」


「じゃあ私は、洗濯物を片付けますね。クツァイアを使うなら、服に匂いがついちゃいけませんから」


「助かる。ありがとうな」


「いえいえ」


 そうして料理の準備、家事などをしていると、炊飯器の音が鳴った。

 いよいよ米が炊けた。


 俺は炊飯器の蓋を開ける。

 そこには白く輝く、宝石のような米が立っていた。


「おお……完璧だ……!」


「なんだか綺麗ね。ねぇ、流石にもう完成よね?」


「ああ。これを茶碗に盛り付けて、焼肉と野菜は別の皿に盛って……完成だ! 焼肉定食!」


「おいしそ〜! いい香りだわ〜! 食欲をそそるソースの香りがなんとも言えない……!」


「あの、もう食べてもいいですかっ! 私、お腹ぺこぺこなんですっ!」


「そ、そうだな。ちなみに米は主食で、パンみたいなポジションの料理だと思ってくれ」


「分かったわ! それじゃあ、いただきま〜す! あむ……」


「むんむん……んんっ!?」


 二人とも、すっかり箸の使い方に慣れてきたなぁ。

 コンビニ飯をスキルで生成してると、自然と箸を使う料理が多かったもんなぁ。


 外国人の子が箸を使うってシチュエーション、なんかいいな。

 いや正確には外国人じゃないのだが。


「じゃあ俺も……ふむふむ、おおっこれはっ!」


 俺の貧相なボキャブラリーで表すと、すごく美味い!

 やはりバーベキューの時とは、また違う美味しさがあるな。

 この焼肉のタレがいいのか? それとも、すりおろしたクツァイアがいいのか?


「さいっっっっこうだわ! これ、無敵の料理よ! お米もシンプルだけれど、お肉と合うわね! 美味だわ!」


「なるほど、噛んでると不思議と甘味を感じます。シンプルな料理にも、合いそうですね……おいしいっ♪」


「気に入ってもらえてよかった。米には無限の可能性があるからな。米料理もたくさんあるしな」


「いいじゃない! もう毎日食べたいくらいだわ! あ、でもパンも食べたいし……贅沢な悩みね〜」


「どうしましょう……私の食文化に革命が起きました……! これはいけない食べ物です……旦那様! 気付けばおかわりを食べてしまってます……!」


「どうぞ、たんと食ってくれ。二人が美味しそうに食べてくれて、安心したよ。これなら他の村民も、気に入ってくれそうだな」


「それはもう余裕で合格よ! 早速明日、みんなにも食べてもらいましょう!」


「炊飯器はこの家にしかないし、デカい鍋を用意してもらわないとな」


「魔道具なしで作るとなると、釜で煮込む感じですかね。それなら、他の村に行けば手に入ると思います。既に買ってる村民もいるんじゃないでしょうか」


「そっか。明日みんなに聞いてみよう」


 とりあえず、嫁たちに好評なようで安心した。

 異世界の人の口にも、米は合うようだ。

 これなら、カレーやおにぎりも挑戦してみていいかもしれない。


「そんなことより、ダーリン! お酒、エールちょうだい!」


「分かった分かった。今注ぐから、ちょっと待ってくれ。小麦が出来ればビールも作れるんだけどなぁ。あ、そういえば米が出来たから日本酒も作れるのか?」


「ニホンシュ!? それはどういうお酒なのよ! おいしいのかしら?」


「俺は好きだったな。日本酒はいいぞ? 美味いからな」


「くぅ〜! なんだか、この村も始まったって感じね! それじゃあ、畑を拡大していっぱい作らなきゃいけないわね!」


「お酒はともかく、主食の米と小麦はいっぱい作った方がいいかもしれませんね。移住希望者がいるって話でしたし、作物を増やすのは必須ですね」


「だなぁ。俺達だけ、こんな美味しいものを独占するわけにもいかないしな。それにしても……美味いなあ!」


 ビール代わりの王国産エールを飲んでるけど、これもなかなか悪くない。

 肉と米、酒のせいで俺の血糖値は爆上がりだ。

 今夜はこのまま、至ってしまうかもしれない。血糖値の向こう側へ。


「あ〜ん! もう無くなっちゃったわ〜! 美味しい食べ物に限って、どうして無くなるのが早いのかしら……」


「不思議ですよね……。この釜いっぱいにあったお米が、もう全部なくなるなんて」


「お前ら二人が全部食べちゃったからだよ! 五合全部食ったのか? 早くね!?」


「だって美味しかったんですもの。ねぇー」


「そうですよねー」


 くそ、嫁二人が仲良くしてるのを見て、思わずニヤけてしまう。

 俺はまだ、一膳しか食べてないのに……。


 まぁ、収穫した米はまだたくさんある。

 俺が食べる分は残ってるはずだ。


 なんか、村民達に全部食べられそうな予感しかしないが、きっと残るはずだ。たぶん!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る