第63話 暗黒騎士は米作りをする
やはり異世界と言うべきか、昨日植えた苗がもう実っている。
我ながら、自分のスキルが恐ろしくなる。
「おお……立派な稲穂になって……!」
「ねぇ、これをそのまま食べるわけじゃないんでしょ?」
「もちろん! まずは収穫しようか。みんな、手伝ってくれ!」
「ミミコムに似てるなぁ。根本を刈ればいいんだよな村長?」
「ああ。なるべく丁寧にな。俺も詳しくは知らないけど、念のためだ」
いよいよ稲穂の収穫タイムだ。
夢のお米まで、後少し……そうだっけ?
確か稲穂の収穫から、ご家庭にある白米になるまで、かなりの工程があったような……。
確か脱穀とか、もみがらをどうのこうのしなくちゃいけなかったような……。
まだ結構かかりそうじゃないか……?
いやいや、こんな時こそ俺のチートスキルの出番じゃないか!
「脱穀? それなら、獣人達がミミコム用の脱穀機を故郷から貰ってきてくれたらしいわよ」
「それを使えないのでしょうか?」
「ミミコムって、この世界の小麦みたいなやつだよな。それを使える……のかぁ? 農業について何も分からん……」
前世で農業の経験なんて無いし、今世じゃ人殺しの技術しか学んでこなかったからなぁ。
最低限、前世の一般常識程度の知識ならあるのだが、果たして上手くいくものか。
「いいじゃない。やってみましょう!」
「それにしても、この稲穂ってそのまま脱穀してもいいのでしょうか。旦那様の話だと、かたい殻ができるって話でしたけど、乾燥とかさせなくていいのですか?」
「いるのかな……? 一応乾燥しておこうか」
「じゃあ風魔法で乾燥させるわね! 量が多いけど、私にかかれば問題ないわ! ウインド・ブラスト・ホットバージョン!」
「あ、バカ! そんなことしたら……」
稲穂が吹き飛んでしまった。
アリアス、お前の魔法の腕は素晴らしいけど、もうちょっと加減してほしい。
俺が瞬時に飛んでいった稲穂を全部回収したからいいものの……。
そういうドジするところも、デカパイひとつで許せるからズルい。
いやデカパイはふたつだったな。ガハハ。
俺、結婚してからおっさんくさくなってないか……?
「い、今村長……目に見えない速さで空中を駆け回ってたよな……?」
「人間業じゃねえぜ、ありゃ……」
「よくうちのリーダーは、あんなのと戦えたもんだ。俺達が挑めば、即死ぬぜ……」
「人聞きの悪いことを言わないでくれ。せっかくの米をみすみす台無しにするわけにはいかないだけだ」
村民の獣人たちは、俺を怪物か何かだと思ってないか?
「というわけで、アリアス。今度は俺が稲穂をしっかり抱えておくから、もう一回同じ魔法を使ってくれ」
「大丈夫かしら〜? 私の魔法で、ダーリンが吹き飛ばされないか心配だわ〜?」
「へぇ、じゃあ勝負してみるか? ちなみに俺が耐えたら、今夜は俺が寝るまで耳元で大好きって囁き続けてもらうからな」
「別にそれくらい、いつでもやってあげるけれど……でもいいわ! 勝負と言われたからには、全力でいくわよ! ちなみに私が勝ったら、夜の主導権は私に譲ってもらうから!」
「え、それはちょっと……もうちょっと、生活が落ち着いてからでも……な?」
「問答無用! ウインド・ブラスト・フルバースト! ホットバージョン!」
「うおおおおお!?!?」
このデカパイエルフ、マジで全力で魔法をぶっ放してきやがった!
この威力って、魔物に向かって撃つ威力じゃないか? それを自分の夫に使うか普通。
稲穂は俺がしっかり確保しているので、一応大丈夫っぽい。
それよりも怖いのは、アリアスの目がマジなところだ。
風の音でよく聞こえないが、『夜の生活』だの『赤ちゃ……』だの、不穏な単語が聞こえてくる。
本当に怖い。ギンギンに目が見開いているのが、とてつもなく怖い。
それはそれとして、風魔法のせいで揺れてるデカパイは、物理法則の素晴らしさを改めて教えてくれて、大変素晴らしい。
結局、勝負は俺の勝ちだった。
稲穂もすっかり乾燥している。
これで脱穀に進めるのかな? イマイチよく分からん。
「はぁ……負けちゃったわ……残念」
「ま、まぁアリアスの要求も追々な。追々、そのうち……な?」
「本当? 絶対だからね!」
「ああ、うん。はい。責任は、取ります……」
い、言えねえ。前世も今世も童貞だったから、いざそういう話に進みそうになると、ちょっとビビるとか絶対言えねぇ。
助けを求めようと、ローレシアの方をチラリと見ると……。
「あの、旦那様……。私も、いつでも大丈夫ですからね……きゃっ」
「う、うん。そのうち、そのうちね?」
どうやら夫婦生活というのは、俺が思っているよりも大変らしい。
田舎で若い男女がやることなんて、そりゃひとつしかないわな。
うんうん、大変素晴らしいことだ。なんて素敵なんだろう。
ただ、俺はえっちなソシャゲはやりたいけど、ガチアダルトなゲームはそこまで好きじゃないっていうか……。
いや見るのは好きなんだけど、いざ自分の立場になると……な? こう、な?
「じゃ、じゃあ稲穂も乾いたし、脱穀作業だな。貰ってきた脱穀機って、どんなのだ?」
「おう、村長。これだぜ、これ」
獣人の一人が、魔道具らしきものを運んできた。
前世の歴史の教科書で見たことのある、旧式の脱穀機に似ている。
「まさか手動でやるのか? 結構な力作業だと思うんだが……」
「まさかぁ! ミミコム用だが、穂を魔道具にセットすりゃあ、勝手に実を取り出してくれる優れモンだぜ」
「おお、便利だな。それじゃあ早速、稲穂をセットして……どう使うんだ?」
「そこのボタンを押せば、魔道具が動くぞ。村長ひょっとして、魔道具オンチか?」
「いや、なにせずっと騎士団暮らしだったもんで、魔道具なんて武器でしか使ったことないんだよ……」
「……なんかかわいそうだな、村長」
やめてくれ、そうやって俺を悲しい目で見ないでくれ。
まるで俺が人を殺すしか出来ない悲しいやつみたいじゃないか。
俺にだって、米くらい作れるところを見せてやるさ!
「ボタンを押して……おおすげぇ! 見ろよアリアス、ローレシア! 種もみが取れたぞ!」
「小さいんですね。これを茹でて食べるんですか?」
「意外と少なく感じるわ」
「いや、ここからもみすりとかいう作業があったはずだけど……どうやるんだ?」
「なんでダーリンが知らないのよ!? 知ってるから作ってるんじゃないの?」
「いやぁ、やってみれば何とかなるかなって思ったんだが、ダメっぽいな」
「ダメっぽいって、どうするのよ? せっかくここまで来たのに、勿体無いじゃない」
「最初は自力でやろうと思ってたけど、仕方がない。発動せよ、【ダークマター】! 米作りのマニュアルと必要な道具を生成しろ!」
「もはや何でもありですね……旦那様のスキル……」
「というか、最初からそれをすればよかったんじゃないかしら……」
「最初からスキルに頼ったら、負けた気分になるじゃないか」
「この水田も、苗も、全部スキルで作ったのは問題ないの?」
「……やっぱり、最初だから手順通りにやるのが大事だよな! みんなの分も道具を用意したから、このマニュアルを読んで作業をしてくれ!」
「あ! 逃げたわ! ダーリン、自分が行き当たりばったりだって図星だから!」
「ま、まぁアリアスさん。結果的に道具も方法も分かったんですし、よかったんじゃないでしょうか……? 初めての経験で、私は楽しかったですよ?」
ありがとうローレシア。そう言ってもらえると助かる。
俺のやらかしをフォローしてくれてるだけなんだけど。
「村長、この本に書かれてる作業をすればいいんだな? これなら俺達でも出来そうだよな」
「というか、この本、絵が書いてて分かりやすいな〜。こういう本は見たことないぜ」
「商会とかに、この形式の作業書を売り込めば金になるんじゃねえか?」
「バカ、本を作る紙も金もねーだろ」
なるほど……村民のみんなの意見は参考になるな。
この世界には、作業マニュアルというものがない。
見て覚えろ、聞いて覚えろというのが基本だからな。
こういう図解付きの本は、案外金になるかもしれない。
まぁ、みんなの言ってるように、作る金も紙も無いんだけどなぁ。
「よし、みんな! 理想の米までもうちょっとだ! 頑張ってくれ!」
「「「「おおおおーーーー!!!!」」」」
「で、結局米って何なの?」
フェリス、それは出来てからのお楽しみだ。
今はみんなで、何かをやってる感を味わってるのだ。
文化祭の準備で盛り上がる的なアレだ。
前世だと、俺は文化祭の準備に混ざれなかったけどね。
クラスで影が薄かったからな。作業も割り当てられなかったよ。
まあ、みんなで何かを成し遂げるっていう空気感も悪くはない。
これが成功しても、失敗しても、みんなで作業する団結感というのは、いいものかもしれない。
これは前世、そして暗黒騎士時代にも味わえなかった、不思議な達成感だ。
こういうのが、俺の求めていたものなのかもしれないな。
ちなみに米作りは、スキルで用意したマニュアルと道具のおかげで、ビックリするほど上手くいった。
そこら辺の達成感は、あまりなかったかもしれない。
だが、ようやくこの村に米が出来た!
米料理といえばアレだ! ジャパニーズ・ソウルフードのおにぎりだ!
いや、カレーも捨てがたいな。さて、何を作ろうか。
ワクワクしてきたな!
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