第60話 リヴァイアサン討伐
「こんな護符が、本当に役に立つの?」
フェリスが、ウィーネイルから貰った護符をひらひらと遊ばせる。
古い紙切れにしか見えないが、水上歩行を可能にする加護が付与されている。
かなり大事な物なので、あまり雑に扱うのはやめてくれ。
「この護符があれば、水面を歩けるのよね? 凄い魔法だわ、どういう仕組なのかしら」
「ウィーネイルさんは水の精霊の加護って仰ってましたよね。私達の魔法体系とは全然違うものですね」
「言うなれば、精霊魔法か。精霊なんて、この世界にいるんだな」
「私の故郷にも、森の精霊がいるって言われてるわ。大自然の力をそう呼んでるって思ってたんだけれど、まさか本当に精霊がいるなんて思わなかったわ」
エルフでも精霊は見たことがないのか。
でも、まぁ異世界だしな。精霊の一匹や二匹くらいいるだろう。
俺は前世でも、霊とか宇宙人の存在を信じてたタイプだからな。
「みんな、装備は整えたな。それじゃあ、湖に突入するぞ」
「はい! みなさん、くれぐれも水中に沈まないように気をつけましょう!」
「ダーリンは特に気をつけてよね。重い鎧のせいで、一度沈んだらそのまま湖の底まで沈んじゃったら笑えないもの」
「安心してくれ。俺は水中で数時間くらいなら、活動出来るように鍛えてるから」
「どういう鍛え方してるのよ……」
騎士団時代に、先輩達にしごかれたおかげだ。
シゴキというか、ほぼいじめだったような気もするな。
三時間耐えられなかったら飯抜きとか、給料なしとか、そんなことを言われた。
よく考えたら、別に従う道理など無かったのだが、集団に属してると不思議と従ってしまうのが恐ろしい。
あと、実際に水中で三時間我慢できたこの肉体も恐ろしい。
異世界だからこれが普通なのかと思ってたが、アリアス達がドン引きしてるのを見るに、どうやら違うっぽいし。
「なんだか、今更ながら騎士団の闇を見た気がします……」
ローレシア、気付くのがちょっと遅くないかな?
十年以上前から、騎士団はこんなもんだったぞ。
いや、偉い人ほど現場の酷さは分からないものだ。職場ってのは、そういうものなんだ。
もう潰れた職場だから、どうでもいいけどね。
「村長さまはともかく、私達は溺れたら死ぬ。そういう認識で戦いに挑む。それでオーケー?」
「ええ、そういうことね」
「フェリスさんは近接戦闘と遠距離からの攻撃、どちらが得意ですか? 私とアリアスさんは後方支援が主体ですが、前衛だと敵の攻撃に巻き込まれるリスクが大きくなります」
「前衛かな、魔法はからっきしなの」
「敵は水のドラゴンだから、攻撃も水魔法を使ってくる可能性が高いわ」
「だから前衛だと、敵の攻撃で水に沈む可能性があるってことだね。うん、気をつける」
みんな、情報共有が出来て偉いな。
こんな風に、お互いにアドバイスしてくれる人なんて、前世でも今世でもいなかったぜ。
俺達は覚悟を決めて、湖に突入した。
ウィーネイルの護符が本当に効いてるか、つま先で水の上をちょんちょんと触れてみる。
「おお、なんか不思議な感覚だ……。弾力があって、反発してくる感じ……。陸上競技場のゴムみたいなトラック、あれに似てる」
「なにそれ?」
「何でもない。それよりみんなも、ほら。本当に水の上を歩けるみたいだぞ」
「えぇ、なにこれ!? 沼みたいな感触ね! でも沈まないわ、不思議!」
「スライムを踏んでるような気分ですね……ちょっと気持ち悪いかも……」
気持ち悪がってるローレシアに踏まれる……いいかもしれない。
いや、何がいいんだ。俺にはそんな性癖などないはずだ。
目覚めたのか? 今のローレシアの表情で? 脳内ピンクすぎかよ、俺。
「ねぇ。あそこにいるでっっっかい影が、リヴァイアサンよね?」
「デカすぎんだろ……」
「近くに来て、改めて大きさを実感しますね……倒せるのでしょうか」
「倒す。邪悪な魔力を感じるの。放っておいたら、たぶん良くないよ」
フェリスは鋭い眼光で、リヴァイアサンを見ている。
恐らく魔力を見通す目で、リヴァイアサンの魔力がどういう類のものか見ているのだろう。
確か、ウィーネイルも嫌な魔力とか言っていたな。
ただの巨大な龍というわけではなく、知性を持ったドラゴンだとも言っていた。
「水のないところで、これだけの湖を発生させたんだ。放っておいたら、そのうち死の大地全体を水に沈めるかも知れないな。今はおとなしいけど、封印されてたってことは、危険なヤツなんだろうし」
「そうね。ところでさっきから気になってるんだけど……どうしてリヴァイアサンの姿がはっきり見えないのかしら?」
「そりゃ、影でよく見えないってアリアスが自分で言ってたじゃないか」
「ええ、でもどうしてお昼なのに、こんなに影が濃いのか気になったのよ」
死の大地は俺の赤雷雲で常に曇っている。
そのせいで、日中だろうと少し暗い。
だがそれとは関係なく、この湖の周辺は確かに暗いのだ。
「あの、レクス……もしかしてこれが、リヴァイアサンの結界なのでは……?」
「どういうことだ?」
「つまり、結界の中に霧を発生させてるのではないかと思うんです。遠くにいるリヴァイアサンが見えづらいのも、霧の中にいるからではないかと……」
「言われてみれば、霧が濃い気もするが……。リヴァイアサンはデカすぎて、霧の中でも視認出来るのはありがたいな」
「つまり、視界を悪くするのが目的じゃなさそうね。他の目的があるのかもしれないわ……気をつけてね」
気をつけてと言われても、既に結界の中に入っている以上どうしたものか。
アリアスとローレシアは女神から加護を受けている。恐らく結界内でも悪影響は受けづらい体質なのだろう。
つまり前衛の俺とフェリスが、この霧の悪影響をもろに受けることとなる。
「既に仕掛けてきているわけか。それじゃあ、速攻あるのみだ。行くぞ、フェリス! 後に続け!」
「了解。獣人一の俊敏さ、見せてやるの」
「アリアスは攻撃魔法で援護! ローレシアは、聖魔法で俺達にサポートしてくれ!」
「任せてダーリン! 久々に腕がなるわ!」
「主なる女神よ、私達に聖なる力をお貸しください……プロテクション!」
ローレシアは元聖女だけあって、聖なる属性の魔法が得意だ。
回復魔法やバフ魔法、聖なる属性の攻撃魔法などやれることは多岐に渡る。
今回は後衛で俺とフェリスのサポートに徹してもらう。その方が安全だろう。
「村長さま、リヴァイアサンが動いた!」
「ようやく俺達に気付いたか、さっきまで眼中にないって感じだったもんな!」
「水のドラゴンには雷! サンダー・ジャスティス! ライトニング・アロー! シャイン・ノヴァ! ギガレイズ・ボルテクション!」
先制攻撃はアリアスの連続魔法から始まった。
相変わらず、魔法のリキャスト時間が短い。上級魔法を連続で打ち込んでいる。
しかも俺とフェリスの邪魔にならないよう、攻撃する位置に気を使う配慮も上手い。
「HOWAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!」
氷を割ったような、耳を劈く咆哮。
これがリヴァイアサンの鳴き声か。
なかなか可愛い声で鳴くじゃないか。
「村長さま! 尻尾が振り下ろされる!」
「わかってる! はぁぁぁぁぁ!」
愛剣クロノグラムで、リヴァイアサンの攻撃を弾こうとした。
いくら巨体だろうと、俺とクロノグラムなら、防げない攻撃など無い。
そう思っての行動だった。
「ぐぁっ!」
「ダーリン!?」
「レクス!」
「痛ぇ……痛いって感覚は久々だな……」
なんと、防ぎ切れず吹き飛ばされた。
通常の地面ではなく水面だったのが幸いし、激突の衝撃はそれほどない。
だが、体に走る痛みは紛れもない本物だ。
「村長さま! 二撃目が来る!」
「うおぉぉぉぉ!?」
今度は尻尾を野球のバットのように、勢いよく振ってきた。
こいつ、俺のことをボールみたいに思ってるのか。
今度こそ、クロノグラムで受けきるために防御姿勢を取る。
「ぐっ……重い一撃だ……! どうなってんだ、魔王の攻撃が赤子のパンチに感じられるぞ……!」
「サンダー・ストーム! ライトニング・ブレイクソード! シャイニング・ジャッジメント!」
「ホーリー・ノヴァ! 駄目です、魔法が効いてません!」
「当たってはいるのよ! でも、傷ひとつ付いてないわ! どうなってるのよ!」
確かに、俺達の攻撃は全て直撃している。
だけど効いている様子がない。全くの無傷なのだ。
「もしかして、喧嘩を売る相手を間違えた……? 村長さま、ここは一旦撤退した方がいい?」
「逃がしてくれそうもないけどな……! フェリス、リヴァイアサンの周囲の魔力を観察してくれるか!」
「分かった。ん……何か、おかしいね……これ。魔力がボヤけてる……? アリアス達の魔法攻撃も、霧になってる……?」
「魔力が霧に……そうか、なるほどな!」
結界、霧、魔法が霧散する。
こういうギミックは、大体ボスキャラが使ってくる特殊耐性やデバフだと相場が決まってる。
つまり、俺達の魔力はこの湖の結界の中では上手く練れないのだ。
「何か分かったの?」
「大体はな! こういう時に、前世でゲームをやっててよかったって心底思うぜ!」
「げえむ? 何言って……」
「フェリス! アリアスとローレシアを連れて、湖から出てくれ!」
「村長さまはどうするの……!」
「いいから! 危ないから湖から離れてくれ! ちょっと危ない賭けだが、これしか有効打になりそうにない!」
「分かったの……! 任せたの! 二人は私が安全な場所まで抱えてくの!」
フェリスは事情を察すると、獣人特有の俊敏さでアリアスとローレシアの元まですぐに引き返し、二人と一緒に退散した。
「ちょ、ダーリン!?」
「レクス! 一人で無茶しないでください!」
心配してくれるのはありがたいけど、魔法が主体の二人には相手が悪すぎた。
だが二人の会話や魔法攻撃、フェリスの魔力を見る目のおかげで、リヴァイアサンの特性を見抜くことが出来た。
ありがたいことだ。
結果的に俺一人で戦うことになったが、ソロプレイとは大違いだ。
「魔力の霧で俺達のステータスを下げて、魔法攻撃の威力を減衰させて、自分は巨体に任せた物理攻撃か。なるほど、お前に勝つには物理で殴らなきゃいけないわけだ」
「HOWAWAAAAAWAHOWAWAAAAAAA!!!!!!!!」
「けどな、そうと分かればいくらでも対処は出来るぞ……! 魔力を減衰させるのは、あくまで体外に放出されたものだけみたいだしな……!」
攻撃魔法や補助魔法、それらは霧の影響で魔力が霧散する。
しかし体内に宿った魔力は、影響を受けていない。
体内の魔力まで減衰していたら、流石に結界に入った時点で気付くはずだからな。
RPG風に言うと、魔法の消費MPが増えた上で効果が大幅減といった感じだろうか。
俺自身のMPが減ったわけじゃない。魔力の操作に多少の違和感があるが、問題ない。
「アリアス達にとって、お前は相性最悪の敵だった。だがお前にとっては、俺が相性最悪の敵だ……起きろ、クロノグラム! 喰いごたえのある獲物だ! 俺の魔力を思う存分くれてやる! 拘束解除……出力開放、レベル
クロノグラムから禍々しい触手が生える。
それらが俺の血管、そして魔力神経に侵入する。
「普段は俺の血で目覚めるクロノグラムだが、俺の体と直接リンクすることで、更なる力を呼び覚ます……」
まぁこれ全部、今考えた技と設定なんだけど。
拘束解除とか、出力開放とか、ロマンだろ? 何も拘束してないんだが。
普段、血だけであれだけ強いなら、神経とリンクさせたらもっと強いんじゃね?
使用者と武器の融合ってカッコよくない? という厨二マインドである。
もっとも、実際に効果があるようで、クロノグラムはこれまでと違う妖しい輝きを見せている。
「FO……HOWAWAWAAAAA……!」
「お前にも分かるか、流石は知性のある龍だ。そう、これこそレクイエムを迎えた先にある領域……血で染め上げる暗黒の帷……」
かっこいい単語を組み合わせるけど、なんかしっくり来ない。
技名は次回までに考えておこう。とりあえず、ダークマター・レクエイムを超えた一撃だ。
「HOAAAAAAAA AAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!」
危険を察したのか、リヴァイアサンはその巨体で攻撃を仕掛けてくる。
だが覚醒したクロノグラムに触れた瞬間、その部位は消滅する。
「 AAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!」
巨大な魔法陣が、リヴァイアサンの背後に十個ほど展開される。
どうやら水魔法と氷魔法で攻撃してくる様子だ。
「どうした? 物理攻撃しかして来ないんじゃなかったのか。それとも気付いたか。目の前の人間が、自分より上位の存在だということに」
「 AAAAAAAAAAARRRRRRRRRRRRRRR!!!!!!!!!!!!!!!!!」
一撃が俺のダークマター・レクイエムより一段下くらいの威力、それほどの攻撃を同時に放って来る。
だが関係ない。開放された俺の力の前に、あらゆる力は無力なのだから。
「終わらせる……消えろ!」
禍々しい形へと変貌したクロノグラムで、目の前の虚空を切り裂く。
それに呼応するように、リヴァイアサンの巨体が二つに斬れた。
ボチャンと、リヴァイアサンの首が湖に落ちる音が聞こえた。
「最後に言っておく。俺はリヴァイアサンが大嫌いなんだ」
前世でプレイしたRPGで、リヴァイアサンが出てきた途端にヒロインが死んだ。
ゲームの雰囲気自体は好きだったのに、一気に鬱な気持ちにさせられたからな。
そのせいで、リヴァイアサンには恨みがあるのだ。
こんなことで恨みを募らせるなんて、相変わらず性格が捻じ曲がってるなと自分でも思う。
だがどうやら、俺の暗黒騎士としての素質は、こういう根暗な性格から来ているのは間違いないので仕方ない。
「今回は俺一人で、敵も喋らなかったし、厨二ごっこが捗ったな……!」
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