第50話 元暗黒騎士は祝福される

 場の空気が凍った。

 なぜだ? 理由は明白だ。俺の言った言葉で、みんな黙ってしまったからだ。


「レクス君……こんな事を言うのもなんだが……」


 アリアスの父親、現エルフ村の村長であるユーリアさんが眉間に皺を寄せる。


「働いてもいない男に、娘はやらん!」


 ごもっともである。何も言い返せなかった。その通りだった。

 現在の俺はまごうことなき無職。ニートである。


「働かざる者食うべからず、という言葉を知ってるかね。悪いが君が娘にふさわしい男だとは、私には思えないがね」


「は、はい……おっしゃるとおりです……お義父さん」


「君にお義父さんと呼ばれる筋合いはない」


 いえ、それは反論させていただきたい。

 俺とアリアスは既に結婚しているのだ。つまりユーリアさんは、俺のれっきとした義父である。

 お義父さんと呼ぶ権利はこちらにあるのだ。


 いや、そんなことをとても本人には言えないのだが。


「まさか娘を働かせて、自分だけ家で寝て過ごしているなんてことはあるまいね?」


「そ、そんなことは無いです! アリアスも一緒に、家でゴロゴロして……」


「なに!? アリアス、お前もこっちに座りなさい!」


 なんだか、急に険しい空気になってきたな。

 誰のせいだろう。俺のせいだろう。言葉選びを間違えたか?

 いや、でも事実だしなぁ。


「ちょ、ちょっとダーリン……! 私まで怒られてるじゃない……!」


「いやぁ、お義父さんの言うことが正論過ぎて、何も言い返せない」


「いや全然あるでしょ!? 例えばほら! 家のこととか!」


「家? 家とは何だね」


「彼、こう見えてかなり優秀なのよ。私達が住む家も、彼が用意してくれたの!」


「男が夫婦の暮らす家を用意するのは当然のことだ。それとも、この家より立派なのかね?」


「い、いえ。流石にこのお宅よりは小さいですけど……」


 ふんっ! と鼻を鳴らすユーリアさん。

 どうやら完全にダメ男として認識されてしまったらしい。

 だが残念なことに事実だから、言い返せないんだよな。


「あ、あと! 彼はこう見えて凄く強いのよ! ドラゴンだって一人で倒しちゃうんだから!」


「あれはアリアスの協力あってのことだよ。俺一人だったら、もう少し手間取ってたさ」


「狩りも一人で出来ない男が、家族を養っていけるのかね? 娘は確かに魔法の才能がある。ドラゴンくらいなら、倒せないこともないだろう。だが君はそれでいいのかね! 男としてのプライドはないのか!」


「はい、すみません……」


 全く持ってその通り。俺にプライドなど微塵もない。

 あるのはどれだけ楽して生きていけるかという、夢のみ。

 あとイチャイチャエロエロデカパイスローライフを送るという、欲望がある。


「全く、久々に帰ってきたと思ったらくだらん男に引っかかったとは、我が娘ながら情けない! 悪いが結婚の話は無かったことにしてもらおうか!」


「そんな! 酷いわパパ!」


「酷いのは手紙の一つもよこさず、こんな男に騙されたお前だ! エルフの族長の娘ともあろう者が、こんな人間の男に引っかかるなど!」


 ああ、完全に親子喧嘩が始まってしまった。

 テンプレみたいな会話に、逆に感心してしまう。

 この状況を巻き起こしたのは俺だから、ひたすらに気まずい。

 口を挟む隙もない。二人が落ち着くまで黙っていよう。


「ごめんなさいね、うちの人が。あの人は人族が嫌いなのよ」


 そんな時、アリアスの母親アリアネスさんがお茶を差し入れてくれた。

 俺とローレシアは気まずい空気の中、淹れてもらったお茶を啜る。


 あ、美味しい。ハーブティーだろうか。香りがいい。

 どんな薬草を使っているんだろう。今度作ってみようかな。


「ところでレクスさん」


「はい、お義母さん」


「あらやだ、お義母さんですって。やだもう、私ったらすっかりおばさんみたい。まだ七十二歳なのよ~」


「へ~お若いですね。…………え?」


「まさか一◯◯歳より前に娘の結婚を祝えるだなんて、夢にも思わなかったわ」


 七十二歳!? この若さで七十二歳!?

 十八歳のアリアスと姉妹と言われたら信じてしまいそうな外見で、七十二歳!?

 どうなってんだ、エルフ! 長命種だからって、おかしいだろ!


 待てよ? ということは、少なくとも俺が老いて死ぬまでは、アリアスの外見は若いままというわけか?

 それはそれで、なんかいいな。夢がある。俺だけ老いるのは寂しいが、嫁がいつまでも綺麗なのは嬉しいもんな。


「ところでレクスさん。さっき無職って言ってたけれど、働いたことはあるの?」


「ああ、はい。ちょっと前までは働いてたんですけど、クビになっちゃって。今はアリアスと、この子……ローレシアと三人で自給自足の生活をしてます」


「あらぁ、素敵じゃない! よかったわぁ、働いた経験が無いわけじゃなかったのね」


「そうですね、十年ぐらい務めてた職場の上司に嫌われて、追い出されちゃいました」


「十年も働いたなら立派よぉ。よっぽど嫌な上司さんだったのかしら?」


「そうですね……。ユグドラ王国で働いてると、みんな亜人に対して偏見が凄いんですよ。うちの上司もそうでして……。そういう職場の空気に合わせないようにしてたら、周りから嫌われちゃったみたいです」


 言えないよなぁ、目の前にいるこの人たちを殺せって任務を、昔与えられたことがあるあんて。


「そうなの……。このユグドラ王国は亜人にとても厳しい国だわ。人間と分かり合えるとは思えないわ」


「ですよね……。それは俺も常々感じてました」


 もっとも、その分かり合うための人間は全員死んでしまったのだが。

 笑えないから言わないでおこう。ブラックジョークにもならん。


「でも、中にはあなたみたいな人族もいるのね。それが娘の旦那さんでよかったわ」


「お義母さん……」


「夫はああ言ってるけど、娘のことをよろしくね。レクスさん」


「そ、それはもちろん!」


 よかった。母親のアリアネスさんは話が通じる人だった。


「ところで、前の職場ではどんなお仕事をしてたの? 体がガッチリしてるから、肉体労働かしら?」


「ああ、そんな感じです」


 騎士団に入ってました、と言ったらせっかく積み上げた好感度が落ちてしまう。

 前職については伏せていた方がいいだろう。

 まぁ俺自体は騎士団所属じゃなくて、陛下直属の暗黒騎士だったんだが、そんなことを説明してもわからんだろう。


「だーかーらー! 私のダーリンは凄い人なのよ!」


「いーや! お前が連れてきた男だ! 大したことないに決まってる!」


 どうやら親子喧嘩はまだ続いているようだ。

 俺達はこのまま、お茶を飲んで事態が収束するのを見守るとしよう。


「ねぇダーリン! あなたからも言ってやってよ! あなたが私達亜人の味方、ユグドラの黒き剣だってことを!」


 おいいいいィィィィ!!!!!!!!

 何言ってんだこのデカパイ金髪美少女エルフは俺の嫁がァァァァ!!!!!!!!

 人がせっかく、空気に徹してやり過ごそうとしたのに、前職の話題を持ち出してんじゃねえェェェェェ!!!!!!!!


 ほら、お義父さんの視線が一気に俺の方へ向いた! 怖い!


「黒の剣だと……?」


「あ、いや違いますよ? それはアリアスが勝手に言ってるだけで、俺は全然関係ないというか……!」


「もしや君、あの時の少年か!?」


「はい?」


 空気が変わった気がする。

 どことなく、お義父さんの表情から険しさが消えたというか。

 どちらかというと、驚愕の表情に変わったような。


「えと、お義父さん。あの時、というのは……」


「五年前、私の娘が攫われた時、助けてくれた騎士じゃないか? 当時はこの村じゃなく、エゥルス村というところにいたんだが……」


「は、はぁ……」


「あの時、全身を漆黒の鎧で覆った騎士が、村まで娘を連れてきてくれた。人身売買をしてた連中を倒して、娘を取り返してくれた黒い騎士がいたが……君じゃないかね? そう言えば、どこか面影がある……」


「ええと、まぁ……」


 あの時、村の住民は全員フードやターバンをしていた。

 アリアスによると、エルフと悟られないための変装らしいが、当時の俺は実際エルフだと分からなかった。


 確かに当時幼いアリアスを人身売買のクズから助けて、村に送った記憶がある。

 その時、ターバンをした若い男にアリアスを渡したような気もする。

 そのターバンの男と、目の前のユーリアさんの顔が一致しているような気がしなくもない。


「君が、あの時騎士だったのか……」


「パパも知ってるでしょ? あの騎士は黒き剣と呼ばれ、大陸中に名前を轟かす伝説の暗黒騎士ってことを!」


「よく知っているとも……。我ら迫害されし亜人たちの、希望の戦士だ……。そうか、あの時の少年が大きくなったものだな……。それも、こうしてアリアスの結婚相手として再び出会えるとは……」


 え、待ってくれ。俺の名前って大陸中に轟いてるの?

 闇任務しかやってこなかったはずだけど、どうして有名になってるんだろうか。

 暗部としては無能ということじゃないだろうか。いや、辞めた仕事の評判とかどうでもいいんだけど。


 というか。黒の剣じゃなくて本名を広めてくれる人はいなかったのか?

 いいんだけどね? ユグドラの黒の剣って異名、かっこいいからさ。

 ただ、異名ってフルネームとセットで呼ばれるべきじゃないか?

 レクス・ルンハルト? 誰? ああ、黒の剣のことか……みたいな状況って、ちょっと悲しいんだが。


「レクス君!」


「あ、は、はい!」


「さっきの非礼を詫びさせてくれ! 娘の命の恩人で、私達の英雄である君を、どうして結婚相手として拒めるだろう。むしろ、こうして娘と結ばれて私は嬉しいよ!」


 さっきと言ってることが真逆ですよ、お義父さん。


「ぜひ、娘とは末永く幸せになってくれたまえ! そして早く孫の顔を見せてくれ!」


「ちょ、パパ! そういうの娘の前で言う!? サイテーよ!」


「は。ははは。善処します……」


 前世で彼女すらいなかった俺に、いきなり孫の顔見せては、ちょっとハードルが高いかな。

 まずはお互いのことをもっと知って、二人きりの時間を過ごして、それから段階を踏んで……。


「さあ飲もう! 今夜は祝いだ! 君たちが持ってきてくれた酒で、たらふく飲もうじゃないか!」


「もう、あなたってば急に上機嫌になっちゃって」


「娘が結婚したんだぞ! これが祝わずにいられないだろう!?」


「あらあら、さっきは大反対してた癖に」


 こうして無事、アリアスのご両親に結婚の挨拶を済ませることが出来た。

 アリアスもどこか肩の荷が下りたような表情をしている。

 とりあえず、これで俺達は正式な夫婦になったわけだ。


 これからの結婚生活、充実させていきたいな。

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