第49話 元暗黒騎士は嫁の実家に挨拶に行く
ここはユグドラ王国の北東にある大森林。
魔物が多く、人が行き来するのはかなり苦労する。
だから基本、人間はここには立ち入らない。よほどのことがない限りは。
「グルルル……!」
さっきから、魔物が襲いかかってきて面倒この上ない。
こんな魔物に愛剣クロノグラムを振るうのも勿体ないと思い、王都で補充しておいた安物の剣と短刀を装備しておいた。
早速役に立ってくれたようだ。
「ガウァァァ!!」
「よっと」
「凄いわね、ダーリン。ジェノウルフは脅威度Aランクの魔物よ。それを振り向きもしないで、一撃で仕留めるなんて」
「首を切れば大抵の生き物は死ぬ。殺すのは難しくないよ」
「それを難なくやってるのが、とてつもないって話なんだけれど」
「アリアスだって、これくらいの魔物なら魔法で倒せるだろ?」
「それは私だって、高名な魔法使いですもの。脅威度Aランクのジェノウルフ程度に、遅れを取ったりしないわ」
「それと同じだよ」
俺はアリアスみたいに、器用に魔法を使うなんて出来ない。
使う魔法は生活魔法か、殲滅魔法ばかり。魔物一匹を殺す魔法なんて、覚えてない。
首を切った方が早いからな。
「もうすぐ森を抜けるはずよ。そしたら私の故郷の村があるわ」
「エゥルス村だったか」
「それは私の生まれ故郷。小さい頃、人身売買組織からあなたに助けてもらった後、村のみんなで移住したって以前話したでしょ?」
「そうだったな。でもいいのか? 人族の俺がエルフの村に立ち入って」
「私もいるから大丈夫! それに聖女様もいるんだし、ね?」
「私は亜人種の方とは交流がありませんでしたから、大丈夫かはわかりませんが……」
「あなた達二人は亜人の救世主だもの。きっと、喜んで迎え入れてもらえるはずよ!」
アリアスが言うなら、そうなんだろう。
来る前は嫌だと思っていたが、ここまで来るとエルフの村に興味が湧いてきた。
どんなところなんだろう。
◆◆◆
「止まれ! 人族がこの村に何の用だ!」
めちゃくちゃ警戒されてますよ、アリアスさん!?
「みんな落ち着いて! この人は悪い人じゃないわ!」
「アリアスか……!? 無事だったんだな! 村を出ていったきり、連絡がなかったから心配したぞ!」
「えへへ、ごめんなさい。心配かけちゃって。でも大丈夫、私はこうして元気にやってるわ」
どうやら見張りのエルフは、アリアスの知り合いだったらしい。
そもそも同じ村のエルフなのだから、アリアスがよほど人見知りとかでもない限り、全員知り合いなのは当然か。
なるほど、俺と違ってアリアスは交友関係が広い女の子というわけだ。コミュ力高い嫁を持てて、俺は幸せだなぁ。
「積もる話もあるけど、それよりパパとママに会いたいわ。村の中に入れてくれるかしら」
「その人間たちもか……?」
「ええ、大事な客人よ。私だけじゃなく、この村にとってもね」
「…………?」
見張りのエルフは怪訝そうな顔をしている。当然だ。いきなりやってきて、こいつ重要な人物だからと言われて、納得出来るわけがない。
「まぁアリアスが言うなら仕方ないか。おいあんた達、くれぐれも騒ぎを起こさないでくれよ」
「あ、ああ。わかった」
「お、おじゃましますね……」
俺とローレシアは、完全にアウェイな空気にのまれていた。
気まずいなんてものではない。完全に場違いなのだ。
「それじゃあふたりとも、私の村にようこそ! ここがエルフの住まう村、シィンピ村よ!」
「おお、凄いな……大自然の中にある村……綺麗だな」
「とても素敵な村ですね。木で出来たお家も、憧れちゃいます」
「エルフは手先が器用ですもの! こんなの王都じゃ、中々お目にかかれないんじゃないかしら?」
「確かに、これは中々……」
シィンピ村は例えるなら、RPGで出てくる森の中にある村。
ログハウスや、大樹をそのまま家に改造してる物がたくさんある。
自然と調和したデザインに、思わず息を呑んでしまう。
「それじゃあ、私の家に行きましょうか」
「アリアスの家って、どれだろう。あの綺麗に丸太が組まれた家か?」
「いえ、アリアスさんの雰囲気に合うのは、あっちの大樹の家じゃないでしょうか」
「チッチッチ、二人とも目利きがなってないわね。私の家はあそこよ」
アリアスが指さした方を見て、俺とローレシアは絶句した。
なんと、村の中心にそびえ立つ、一番大きな屋敷があったのだ。
他の家と比べても段違いにデカい。見るからに偉い人が住んでる家だ。
「あ、あのさアリアス……。今更なんだけど、ご両親はどういった人なのかな」
「あれ? 言ってなかったかしら? 私のパパは、このシィンピ村の村長よ」
思わず膝から崩れ落ちた。
「ちょ、ちょっと大丈夫!? どうしたのよ、急に倒れ込んじゃって! 体調でも悪いの!?」
「い、いや……そうじゃないんだけどな……。エルフ族の村長の娘を勝手に嫁にして、事後挨拶するって考えると……俺やばくないか?」
「大丈夫よ! 安心して!」
その自信はどこから来るのだろう。
さっきも大丈夫って言って、見張りの人に警戒されたが、本当に大丈夫なのだろうか。
あ、なんか胃がキリキリしてきた。
◆◆◆
「パパ、ママ! ただいま!」
「……? あ、アリアス!? アリアスなのか?」
「そうよパパ! 久しぶりね!」
「この子ったら、もう! 私達に何も言わずに、外の世界に出ていって、連絡一つよこさないで! お父さんがどれだけ心配したと思ってるの?」
「えへへ、ごめんねママ。でも大丈夫! ちゃーんと元気にしてたわよ!」
あれがアリアスのご両親か。エルフ族だけあって、二人共容姿が整っている。
特にアリアスのお母さんは、二十代くらいの外見に見える。アリアスと姉妹と言われれば、信じてしまいそうだ。
やはりエルフは長命種、十代の娘がいるくらいの年齢は、種族全体でいうと全然若いんだろうな。
「それより後ろの二人はお客さんかしら? どうもこんにちは。アリアスの母のアリアネスです」
「この村の村長をしてます、ユーリア・シーゲルシュタインです。人族のお客さんとは珍しい。娘のお友達ですか?」
流石は村長夫婦、人族を見たくらいでは取り乱さない。
見張りを通って、こうして村の中にいるから、俺達が怪しい人物ではないと分かっているのだろう。
「ど、どうもこんにちは。レクス・ルンハルトです……」
「私はローレシアと申します。はじめまして……!」
まずは第一関門、自己紹介はクリアだ。
これでお互いの顔合わせは済んだ。
問題は娘とどういう関係なのか、という質問への返事だが……どう切り出そうか。
「あのねパパ、ママ。この人が私の旦那さん。結婚したのよ、私!」
「なっ……!?」
「まぁ……」
「ウェッ……!?」
いきなりぶっ込んできやがった、このデカパイエルフ!
人がどう話を進めようか悩んでいたのに、本題を容赦なく切り出すとは!
いや、冷静に考えればこの状況はありがたい。
俺が話を切り出そうとしても、中々言い出せなかっただろう。
アリアスはそんな俺の性格を見越して、自分から言ってくれたのだ。
ならば俺も、覚悟を持って臨もうではないか!
「挨拶が遅くなってすみません。アリアスさんと結婚させていただきました。この度はご両親に結婚の挨拶をしたく思い、こうして村に来ました」
「そ、そうでしたか。ああ、ああそうですか。ええと、はい。あー」
「お父さん落ち着いて。呂律が回ってないわよ」
「だけど母さん! アリアスが嫁に出たんだぞ! 私達の娘のアリアスが!」
大事な娘さんが、知らない間に結婚していたのだ。
そうやって取り乱すのも仕方ないことだろう。
こればっかりは、挨拶を後回しにした俺にも責任がある。大変申し訳無い。
「あの問題児で、家事も出来ず、魔法のことしか興味がない、結婚出来そうになかったアリアスが!」
「落ち着いてお父さん。世の中には変わった趣味の殿方もいる、ということよ。娘に嫁の貰い手があってよかったじゃない」
全然違った。これ、娘が結婚できた事実に驚いてるわ。
「あのね、パパ! 私こう見えても、結構モテるんだからね? そりゃ、外の世界だと引く手あまたで大変だったわよ!」
いや、お前は確か騎士団から追われてたよな。
ということは、王国中で結構問題を起こしてたんじゃないか?
女神の加護ってレアスキルも理由にあったんだろうが、たぶんそれ以外にも理由はありそうだ。
「村に伝わってくる噂では、亜人を侮辱した貴族の家を魔法で襲撃したとか、魔法学会にアポ無しで乱入して会場で魔法をぶっ放したとか、物騒な噂ばかりだから心配したんだぞ!」
ああ、やっぱり。
初めて会った時、やたらと騎士団に敵視されていたわけだ。
恐らくアリアスは、自分の魔法の才能を披露することで、エルフ──いや亜人種への差別を無くそうとしていたのだろう。
それが逆に悪目立ちして、王国に命を狙われることになったと。何とも皮肉な話である。
「レクス君と言ったね。こんな破天荒な娘だが、どうかよろしく頼むよ! 根はいい子なんだ」
「私達の大事な、かわいい一人娘です。どうかよろしくお願いしますね、レクスさん」
「も、もちろんです。娘さんのことは、絶対に大事にします。俺の命にかけて」
こうして俺は、嫁の両親に結婚の挨拶をするという重大なミッションを無事完遂した。
最初はどうなることかと思ったが、終わってみれば案外平気なものだなと安堵した。
これからはより一層、結婚したことを意識して、アリアスを大事にしていかなければ。
もちろんローレシアもな。
「レクス……私のことは、言わないほうがよさそうですね……」
「いや、ちゃんと説明するよ。アリアスにもご両親に対しても、そして何よりローレシアに不誠実だからさ」
「無理はしないでくださいね? この場で言う必要も、無いと思いますし?」
そんなことはない。例え若干空気が悪くなろうが、ちゃんと説明するのが俺の義務だ。
そして例え重婚していても、二人を平等に愛すると宣言するのが、俺の責任でもある。
「ところでレクス君」
「はい、何でしょうかお義父さん」
「職業は何をやっているのかな」
「……………………」
心臓が止まったかと思った。
だが俺は正直に言うと、たった今決心したばかりだ。
今の俺に怖いものなどない!
「げ、現在は無職です」
「…………ん?」
「仕事をクビになって、定職についてません」
「……………………」
「あらあら、まぁまぁ……」
「だ、ダーリン……そこまで言わなくていいのに」
あれ? 俺何かやっちゃいました?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます