第48話 スローライフへの第一歩はディープキスでした

「レクスよ……今回の件、本当にすまなかった……」


「謝らないでください陛下。私にも至らなかったところがあったのは事実です」


「そんなことはない。お前はよく働いてくれた。至らないのは私の王としての資質だ」


「そんなこと……」


 帰りの飛空艇で、俺はユグドラ国王陛下と二人で話していた。

 夕日が眩しい。どこか物悲しい雰囲気に包まれている。


「私はこれから……どうすればいいのだろうか」


「皇帝が言ってた通りですよ。亜人を受け入れ、国を立て直すんです」


「私にその資格があるのか……。今まで亜人を迫害してきた私に、亜人達のための国を治める資格などない……」


「だからこそ、じゃないですかね。出来ないことに挑戦するなんて、大変なことですよ。私なら絶対にやりたくないですね」


 俺は自分の興味ないことには消極的だ。

 仕事でやれと言われれば、渋々従うが、それでも自主的にやりたいとは思わない。


「それが責任の取り方ってことです。陛下なら出来ますよ」


「ふふ、お前は随分と私を買い被るのだな。私は無能な王だ。民一人さえ守ることが出来なかった、愚かな王だ。そんな私が王のままだと、たとえ亜人達を招き入れても同じことが起きるのではないだろうか」


「その時は俺がなんとかします。今度はちゃんと、陛下が相談してくれるならですが」


「……お前は変わったな、レクス。以前はそんな風に軽口を叩く性格ではなかった」


「元からこんな性格ですよ。俺を拾ってくれた陛下のために、私欲を消して尽くしただけです。クビになってから吹っ切れたら、こんなもんです」


「そうか……お前の自由さえ、私は奪ってしまっていたのだな」


「仕事なんて、誰でもそうですよ。別に陛下が気にすることでもない。対価として衣食住と金を貰ってるんですから、文句はなかったです」


 嘘だ。本当は全く納得してなかった。主に職場環境、最悪の一言に尽きる。

 だが恩人の前でわざわざ言うことでもないだろう。前の職場の悪口を本人の前で言うほど、俺は性格がネジ曲がってない。


 それにもう、俺はクビになった身だ。後からグチグチ言うのも格好悪い。

 立つ鳥跡を濁さずってやつだ。


「後は陛下が頑張るだけです。応援してますよ、俺は」


「お前にそう言われては、投げ出すわけにはいかなくなったな……」


 陛下はどこか力の抜けた笑みを浮かべた。

 まだ心にダメージを負っているようだが、笑うだけの元気は戻ったようだ。

 この調子ならたぶん大丈夫だろう。四天王もサポートしてくれるだろうし、これでユグドラ王国は安心だ。


 まぁ、国民ゼロ人の状況は全然大丈夫ではないのだが、それは俺が心配することではない。

 俺が力になれることなんて、微塵もないだろうから。

 だから後は、残った人が頑張ることを祈るのみだ。俺はもう、この国とは無関係なのだから。


 誰もいない王城に、陛下と四天王を降ろして、俺達の飛空艇は王都を去っていく。


 ◆◆◆


「さて、帰るか」


「ねぇダーリン♥」


「ふたりとも、長く付き合わせて悪かったな。疲れただろう? 家に着いたら、【ダークマター】でとびっきりの料理と酒を出そうか。今夜は豪勢にするぞ!」


「だありん♥」


「そうだ! ローレシア、王都の酒場から貰ってきた酒があったよな。あの中には高い酒もあるから、色々試してみようか」


「だ・あ・り・ん♥」


 アリアスの美しい顔が、俺の顔のすぐ真横に迫っている。

 とてもにこやかな笑顔だ。見ていて惚れ惚れする。俺の嫁は世界一美しい。

 美しすぎて、思わず顔を逸らしてしまう。現実から目を逸らしてしまう。


 ローレシアも、どう反応したらいいのか、あたふたしている。


「……なんでしょうか、アリアスさん」


「パパとママ。結婚の報告。いきましょ♥」


「そうだね、挨拶はとても大事だと思う。何せ大事な娘さんを嫁にもらったんだ。ご両親にはきちんと挨拶しなきゃいけない」


「そうよね、パパとママもきっと、ダーリンのこと気に入ると思うの」


「だから、しっかりと準備をして行かなきゃ駄目だと思うんだ。ほら、手土産とかいると思わないか? 今日のところは一旦帰って、後日またということで」


「酒場から高そうなお酒、貰ってきたって言ってたじゃない? それ、とても美味しいお酒だと思うわ」


「そうだろうな。今夜はこれを開けてパーッとやろう」


「そうね。パパとママもきっと、そのお酒大好きだと思うわ。今夜は私の実家でパーっとやりましょう」


「…………ははは」


「うふふ…………」


 これは、あれだな。逃げられない状況ってやつだ。覚悟の準備をしておかなきゃ、ダメなヤツだ。

 前世の記憶がある俺だが、結婚相手の親に会いに行くなんて初めてだ。前世の兄弟が親同士の顔合わせをしていたが、あいにく俺は社畜でその場に行けなかった。

 だからどんなことをすればいいのか、全くわからない。さて、どうしたものか。


「大丈夫よ。そんなに怖い人じゃないから。それにダーリンは、魔王を倒した男なんですもの。怖いものなしよね!」


「怖いの種類が違う気がするんだけど」


「黒の剣と結婚したって言ったら、きっと村のみんな驚くわ! だって、あなたに救われたエルフは多いもの!」


「それとこれとは別というか、余計幻滅されないか?」


「うーん……」


 アリアスは俺の全身を一瞥し、何度か頷いた。


「大丈夫よ、たぶん!」


 何が大丈夫なのだろう。

 少なくとも俺の心は、全然大丈夫じゃないよ。

 前世で退職届を上司に提出する時より、ドキドキしてるよ。しかもエロ的なドキドキじゃなくて、吐きそうなタイプのドキドキだ。


「もう、肝心な時はかっこいいのに、こういうところで臆病なのって変ね」


「旦那様はマイペースですから。そこが素敵なんですけどね」


「そうよね~。かっこいいし、飄々としてるし、強くて優しい、私達の自慢の夫だわ。本人は全然自覚が無いみたいだけど」


 そんなこと言われても、怖いものは怖いのだ。


 そもそも前世でまともに彼女がいた記憶がない。いや、いたような気もする。

 確か嫁は複数人いた気が……いやあれはソシャゲのキャラだ。課金アイテムで結婚出来るタイプのゲームで、数百人結婚したんだ。

 彼女は数人は何人かいたような……駄目だ、ギャルゲの攻略キャラの顔しか思い出せない。


 おかしいな、ひょっとして俺、彼女すら出来たことないのに、いきなり結婚したのか?

 段階すっ飛ばしすぎじゃないか? 頭おかしいのか? いやおかしいのはユグドラの民度のせいだ。

 俺は悪くない。純愛だからセーフだ。重婚もセーフだ。問題ないはずだ。


 だが今、俺は非常に困っている。何も問題はないはずなのに謎だ。


「まったく、仕方ないわねぇ……」


「どうしたアリアス……んむぅっ!?」


 キス──それもディープなキスだった。

 ヌルヌル・ぬちゃぬちゃと聞いただけでセンシティブ判定されそうな音が、俺の口から発生している。


 なんだこのエロい感覚は!? き、気持ちいい! いや、気持ちいいというか、なんかエロい!

 感覚がエロい! すご! キスってすごい! こんな感覚、俺のデータにはないぞ!?


 前世でも経験したことない感覚に、俺の脳みそから些末な悩みなど吹き飛んでしまった。


「ぷはぁ……どう? 元気、出たでしょ♥」


「あ、ああ……すごく、出ました」


「私も初めてだったけど、これ……凄いわね……虜になっちゃいそう」


「あ、あわわわわわっ……」


 ローレシアが赤面してフリーズしている。どうやら元聖女には刺激的過ぎたらしい。

 俺も視界がぼやけるほどの衝撃を受けてしまった。見ている方もそれは刺激的だっただろう。


「そ、それにしてもアリアス……いきなり大胆だな」


 俺としては嬉しいのだが、こう、突然すぎてびっくりだ。

 びっくりすぎて、下腹部も全く反応してない。唖然としてしまっている。


 これが前世から、童貞を貫いてきた、その反動だとでもいうのか!?


「私が子どもの頃、寝ている時に物音がしたのよ。それでこっそり扉を開けたら、パパとママがこんなキスをしてたのよ」


「それはまた、情熱的なご夫婦だ」


「私達もそうなりましょうね♥」


「ははは……」


 もちろんウェルカムだとも、と言いたかった。

 しかし俺の童貞パワーがハーレム願望を上回ったのか、ニヤケ笑いしか出来なかった。


 こうなったら覚悟を決めるしかない。

 娘さんを僕にください! と言って、父親に殴られる覚悟を。

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