第47話 暗黒騎士は皇帝と交渉する

「ふぅむ、黒の剣をこの目で見ることが出来たことで、少々舞い上がってしまったようだ。話を本題に戻すとしようか」


 皇帝が真面目な顔に変わる。これは四天王の時もそうだったが、政治モードの顔だ。


「ユグドラ王、何故貴公がこの場にいるか、理解はしているだろうか」


「はい……皇帝陛下、私は自らの愚かしさを認め、全ての責任を取るつもりでここへ参りました」


「ほう、随分と物わかりがいい。宣戦布告をしてきた貴公とは、まるで別人のようだぞ」


 実際別人だったわけだ。

 そのせいで事態がややこしくなっているのだが、どう収拾をつけるのだろう。


「私の心は邪悪な魔族に支配されておりました。今回の宣戦布告も、その魔族の影響を受けて行ってしまったのです」


「どういう言い訳が聞けるかと思えば、魔族と来たか。これはまた、随分と面白い」


「皇帝陛下、我々四天王は全てを目撃しています。こちらは報告書になります」


「ご苦労、流石は四天王筆頭のヴォルガトゥスだ。仕事が早くて助かるぞ」


「身に余る光栄なお言葉です!」


 いつの間に報告書なんて作っていたんだ。俺達といる時は、仕事なんてやってなかったはずだ。

 やはり四天王は真面目なお仕事人間なのだろう。俺といる時がおかしいだけで。


 皇帝はしばらく報告書を読み続け、溜め息をついた。

 こちらも書類を読む速度が早い。日頃から数多くの書類に目を通しているのだろう。


「黒の剣に確認したい。この報告書の内容は事実か?」


「読んでないので何とも言えませんが……」


「ではざっとでいいので目を通して欲しい」


 皇帝に報告書を手渡され、俺は内容を確認した。

 なんとわかりやすい書類なのだろう。こんなしっかりとしたレポート、読んだことがない。

 事件の概要、時系列順に起きた出来事、重要なポイントはしっかり抑えつつ、注釈が差し込まれている。


 皇帝ほど速読が得意ではないが、俺もすぐに読み終わった。


「……大体合ってます。少なくとも俺の理解してる内容と一致してますね」


「そうか、ではユグドラ王の言う魔族の憑依というのも、事実であったか」


「国民全員が魔族に変わって、それを葬ったのも全部事実です」


「なるほど、くくっ! それは痛快なことだ! 黒の剣ファンとしては感極まる思いだが、政治的には少々厄介な状況だがな」


 やっぱりそうだよな。


 戦争を仕掛けようとした国の国王が、実は別人に憑依されていて、黒幕は倒したものの国民全員が消えてしまった。

 この場合、誰に責任を求めればいいのか分からない。


 国王陛下に罪があるかどうかも、曖昧な状態だ。

 陛下自身は自分の罪だと言っているが、それで済む問題なのかも判断が難しい。


「さて。ユグドラ王国を我が帝国の属国にするというのがセオリーではある。だが民のいない国を得たところで、意味などないからな。ユグドラ王の首をはねるか……いや、それで責任を果たしたとは言い難いな。どうしたらいいのか迷うな」


「皇帝陛下」


「どうした黒の剣」


 ここで俺の出番だ。

 俺が酒を飲んでいた時、思い浮かんだ案を話してみることにした。


「差し出がましいようですが、私の考えをお聞きいただけませんか」


「そう畏まるな。貴公はもう暗黒騎士ではないと聞く。どこの国にも属さぬ人間が、私にへりくだる必要などない」


「は、はぁ……」


 この皇帝、懐が深いな。だが偉い人に『フランクに話していいよ』と言われて実践できるわけがない。

 しかしこのまま丁寧に話したら、それはそれで皇帝の提案を跳ね除けたことになる。


 面倒なので、俺は多少砕けた敬語で話すことにした。

 怒られたら元に戻せばいいのだ。


「わた……俺は今回の事件、ユグドラ国王陛下に責任はないと思います。魔族に利用されてたわけだし、そのことで罪に問うのは違う気がする」


「私個人の考えで言えば、全く同感だとも。だが国同士の問題だ。どうしても責任の所在が必要なのだ」


「つまり、責任を取りさえすれば国王陛下の命まで差し出す必要は無いわけですね」


「そうなるな。だが貴公にはどんな考えがある? もはやユグドラは属国にする価値もない。残っているのは王一人だ。ならばその王に責任を取ってもらわねばならないだろうさ」


「皇帝陛下の考えには同意します。国王陛下自身も、責任は取るべきだと仰ってますから」


「そこまでは先程話した内容ではないか。一体、国民もいない王に、どんな責任を取らせるというのだ?」


 ここだ! 皇帝が今言ったあの言葉に、陛下が生き残る唯一の活路がある。


「国民なら残っているじゃないですか」


「どこにだ? 報告書には全ての国民が魔族へと化し、それを貴公が消し飛ばしたと書いてあるが」


「例えば皇帝陛下もご存知、俺の妻であるアリアスもユグドラ国民ですよ?」


「元・ユグドラ国民だろう。それにユグドラ王国では亜人の迫害が多く、国民の証である聖痕スティグマとやらが刻まれていないと……」


「そうです! 今回消えてしまった国民は全て、人族なのです! つまり、亜人族はまだ生き残っているはずです!」


 これは恐らく間違いない。

 国民が魔族に変貌するのを見た後、アリアスが両親の無事を心配する様子が一切なかった。

 恐らく亜人は僻地で暮らしていて、人族と関わりが全く無いんだろう。


「国王陛下の責任、それは亜人族を正式なユグドラ国民と認め、そこで王としての責務をまっとうすること!」


 俺の言葉に皇帝だけでなく、アリアス、ローレシア、四天王、そしてユグドラ国王陛下が驚いていた。


「今回の事件は魔族に乗っ取られたのが原因です。しかし国王陛下は元々、亜人種を嫌悪していました。それはユグドラ教が人族優位な考え方をした独善的な教えだったからです」


「ユグドラ教については私も困っているよ。我が帝国や他国にも、怪しい教団が押しかけてくるともっぱら噂になっていてな」


「つまりは事の発端はユグドラ教にあるんじゃないでしょうか。俺の考える責任の取り方とは、このユグドラ教を捨てて亜人たちを迎え入れるということです!」


「なるほど……亜人嫌いの国王が、亜人達のためだけに国を統治する。ククク、黒の剣……貴公中々のサディストではないか」


「国王陛下のことは命の恩人だと思っています。それは今も変わらない。だが俺はユグドラの教えってもんが、高尚な教えだと思ったことなど一回もない」


 俺の隙なエルフや獣人、他にも出会ったことのない亜人を差別していいわけがないからな。

 将来出会うハーレム候補がいるのかも知れないのだから。


「ユグドラ王よ、貴公の元右腕がこう言っているが、貴公はどうだ? これを軽い罰と捉えるか、それとも……いや返事はいい。その苦悶に満ちた顔を見れば分かる」


 国王陛下の表情は険しかった。

 当然だろう。自分の人生を支えてきた宗教感を捨てて、今まで敵だと思っていた者達のために国を治めるなど屈辱以外の何でも無い。

 だが陛下は聡明な人だ。それを屈辱に思う思考こそが、今回の事件の遠因となったのだ。

 つまり責任の取り方として、これ以上ないものだと考えている。


「ようしわかった! 黒の剣に免じて、ユグドラ王を斬首するのは辞めだ! ユグドラ王よ、貴公……いや貴国へ求めるのは三つ!」


「皇帝陛下……何でもお申し出くだされ。私は全ての責任を負うことを既に誓ったのですから」


「一つ、ユグドラ王国はガルドギア帝国の属国とする! 先ほどはいらぬと言ったが、国民が残っているのなら話は別だからな。それに伴って、ユグドラ教は取り潰しとする! 二つ、亜人族を貴国の民として認めること、及びその体制をしっかりと練ることだ。属国としたのは、我が国から人材を派遣しサポートするという目的もある。そして三つ、貴公はそこで王の責務を全うする。これは亜人嫌いの貴公にとって、もっともキツく重い罰だろう。故に、死ぬまでこの責務を全うすることを命ずる!」


 おお、俺の考えていたプランを皇帝の口からはっきりと言葉にしてもらえた。

 帝国の属国になることは俺の狙いじゃないけど、まぁこれだけやらかしたら元の通りとはいかないだろう。

 帝国には亜人に対する理解が進んでいる。国の重鎮である四天王が亜人──本人たちは魔人とか言ってるが似たようなもんだろう──だから、人族と亜人族の共生についても詳しいだろう。

 そういう人材を王国に回して貰えるのはありがたい。正直陛下一人だと無理ゲーすぎるからな。


 故郷が帝国の属国になってしまったわけだが、俺は全然構わない。

 あーんな最低な国には、何の未練もねぇ。

 命の恩人である陛下が生きてれば、別にそれでいいのだ。


「ではユグドラ王よ、しばらくは帝国に滞在し、人族と亜人族の暮らしをその目で見て、己の狭量さを知るがよい! これにて終了とする!」

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