第46話 元暗黒騎士は皇帝陛下にちょっと引く
「ガルドギア帝国、亜人たちも住む大陸最大の国家。現皇帝陛下は前皇帝を暗殺して成り上がった貴族と聞いてるけど、そんな人にこれから会うのか」
「それは誤った情報だ! 皇帝陛下はそんな方ではない!」
「あの方は実力で皇帝の席を勝ち取った、知略に長けたお方ですわ」
「第一、前皇帝は隠居の身ながらまだ生きてるのだ」
「よその国には、悪い噂が広まるもんだなァ」
そうだったのか。ユグドラに伝わってきた情報は、根も葉もない噂だったのか。
考えてみれば、ユグドラ王国とガルドギア帝国は敵国同士だ。
その敵国の皇帝を良い様に思われる話など、広がるはずがない。
これもユグドラ特有の、嫌いな相手の話は嘘だろうが真実のごとく好き勝手広める習慣があったからだろう。
「まぁ、逆らった元老院の老いぼれ達を並べて首を切ったのはスカッとしたけどなァ!」
「貴族の血を引いても、所詮は平民の妾の子とか、陛下の母上を侮辱しましたものね。当然ですわ」
「やっぱ怖いじゃないか……」
会いたくないなぁ。今からでも逃げ出せないかな。
逃げようと思えば逃げられるのだ。だがその後が怖い。
やらなきゃいけない仕事を放置して、その事ばかり考えてメンタルがやられる経験が俺にもある。
こういう時は、どんなに嫌でもさっさと終わらせるに限る。
さっきまで酒を飲んで現実逃避していた俺が言えた義理じゃないが。
「さて、ユグドラ王。ここが我が主の城、ガルドギア城です」
陛下──ユグドラ国王は元気のない足取りで、四天王の言葉に従う。
おいたわしや陛下。こういう時、なにか気の利いた言葉でも言えたらいいのだが。
どう考えても逆に空気が悪くなる予感しかしない。だって俺、空気を読むのが苦手だから。
「陛下、もしもの時は一応私も力になりますので……」
一応社交辞令を言っておく。
実際のところ、俺に出来ることなど何もないが、恩人の大ピンチだ。
形だけでも気遣っておくのは大事だろう。せめて極刑とかは避けたい。
「レクス、お前が気にすることではない。これは国のトップ同士の会談だ。部外者が口を出さぬことだ」
「はっ! 失礼いたしました!」
これは暗に、俺を巻き込まないようにする陛下の気遣いなのだろう。
体調はまだ完全では無いのだろうが、魔王に憑依された後遺症などは心配しなくてよさそうだ。
そして、ユグドラの王城よりも更に大きな城の中を通されて、謁見の間にやってきた。
装飾が赤と金色で派手だ。いかにも帝国って感じのする雰囲気だな。
「おお、参られたかユグドラ王」
声のする方を目で追うと、そこにはイケメンがいた。
歳は二十代で、輝く金髪に冠をつけたイケメンが立っていた。
この人が現ガルドギア帝国の皇帝か。イケメンで知略キャラ、ずるいな。
「遠路はるばるよく来てくれた。まずは突然の招致に対応してくれたことに礼を言わせて欲しい」
カリスマすげぇ。この時点で仕事できます感がバリバリある。
俺もこういう人の下で働きたかったなぁ。
いや、職場のレベル高そうだから忙しいだろうか。
今の俺はニート……じゃなかった。スローライフを愛する一般人だ。誰かの下について働くことなど、もう二度とごめんだ。
「おや? そこにいるのは、エルフ族ではないか? もしやユグドラの北東の森にいる、エルフの一族か?」
突然声をかけられてアリアスは驚き、急いで畏まる。
「そ、そうです。お初にお目にかかれて光栄です、皇帝陛下。私はアリアスと申します」
「アリアス! アリアス・シューゲルシュタインか! 【女神の加護】の! これはとんでもない大物がゲストで来てくれたのだな! ヴォルガトゥス、お前の伝手か?」
「いえ、自分ではありません。アリアスはそこの男の付き添いでやってきました」
おい火帝、さんざん俺のファンだと言っておいて、いざ上司の前になるとそこの男扱いか。
公私混同が出来てて偉いと褒めてやりたいところだ。俺は嫌いじゃないぞ、そういうタイプ。
「黒い髪、珍しいな。黒い鎧の男よ。名を何と言うのだ?」
いきなり俺に話を振られた!
出来ればモブとして一切話しに関わらず、この場を乗り切りたかったが駄目だった。
「……はい。私はレクス・ルンハ──」
「レクス・ルンハルトだと!? 黒の剣か! まさかあの大英雄直々にこの私に会いに来たというのか! おお、今日はなんという日だ。これも女神の祝福がもたらした幸運とでも言おうか」
この人……俺が名前を言い終わる前に、フルネームで呼んできたな。
なぜ皇帝まで俺のことを知っているんだ。しかもテンションが上っているし。
怖い。俺の知名度ってどんなことになってるんだ……?
「お会いできたことを幸運に思うぞ黒の剣よ! 貴公の噂はかねがね。ユグドラでは大変な目に遭ったと聞いている。……まて、ここにいるということは、もしや四天王のスカウトに乗ってくれたというのか!?」
「いやそういうわけではないんですが……」
「そうか、残念だ……私は君の大ファンでな。見たまえ、この会員証を」
「会員証……? これは、黒いカードのようですけど」
「フハハ! 皇帝特権で作った特別製の会員証だとも! 会員ナンバーゼロ番! ただ一枚のみ存在する、ブラックカードなのだよ!」
あ、駄目だこのひと。四天王と同じ匂いがする。
「火帝ヴォルガトゥスが黒の剣ファンクラブを作りたいと言った時に、私が出資と運営を名乗り出たのだよ。だから事実上の最古参は私だ。そこのヴォルガトゥスではなく、ゼロ番会員の私こそが、ファンクラブ会長なのだよ!」
知りたくなかったそんなこと……。
俺のファンクラブが皇帝直々に運営していたなんて。
もうこれガルドギア帝国大丈夫なのか?
俺をどんなヤツだと認識してるんだろうか。
「ん? アリアス・シューゲルシュタインは黒き剣の付き添いと言ったな。二人はどういう関係なのだ?」
「つ、妻です。あと横にいるこの子も、もう一人の妻です」
「んんん? 顔をよく見せてくれ、レディ。君の顔はどこかで見覚えがある……
あ、ああ! 【女神の祝福】の聖女ローレシアか! あのユグドラで源流の女神教を広めていたという、清き乙女か!」
皇帝陛下、どんだけ俺達のことを知ってるんだろうか。
ローレシアはともかく、アリアスと俺のことまで知ってるなんて、俺達って意外と有名人なのか?
「その三人が夫婦と! なんとまぁ、素晴らしき吉報だ! これは直ちに記事を出さんとな! もちろんファンクラブ会員には優先して記事を配ろう! そして国民全員に知らせねばな!」
「あの、俺んちの結婚事情ってそんなに話のネタになりますかね……」
「皇帝陛下は黒の剣の大大大ファンだからな! なにせ陛下はエルフ・獣人・ドワーフ・竜人……他にも数多くの亜人の混血なのだ! 亜人の味方である黒の剣やアリアス、聖女殿のことを気に入るのも無理はない!」
無理はあるだろ……何だよファンクラブ会長って。
この国……なんか変。
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