第45話 元暗黒騎士はバックレる
「酒うめぇ~」
「ねぇダーリン、どうしてお酒を飲んでいるのかしら」
「それはね、アリアス。事件を全部解決したからだよ」
「ところで旦那様、どうしてお昼からお酒を飲んでいるのですか」
「それはね、ローレシア。現実から目をそらすのに、お酒の力に頼りたいからさ」
俺は現実逃避していた。
事件の解決を祝して乾杯しているというわけではない。
むしろ逆だ。ユグドラ王国は実質的に崩壊し、残された陛下が帝国へ連れて行かれることとなった。
当然俺も、今回の大事件のきっかけとなった人物として、帝国へと呼ばれた。
ガルドギア帝国といえば、大陸最大の国家だ。
そんなところへ呼ばれて、一体何をされるのか。
俺は恐ろしくなって逃げ出した。四天王に後処理を任せて、嫁二人を連れて王都の酒場に逃げ込んだのだ。
「ダーリン、大事なことを聞いてもいいかしら」
「どうした~? アリアスも飲むか? 王国産のエールも、そんなに悪くないぞ」
国民全員が消えてしまったので、当然酒も有り余っていた。
駄目とは思いつつも、こっそり拝借してきたのだ。火事場泥棒というやつなのではないかと思うのだが、誰も飲まない物をそのままにしておくのも勿体ないだろう。
いや、こんなのはつまらない言い訳だ。
すべては俺の不甲斐なさが原因だ。皇帝陛下に会ってくれと言われて、はい分かりましたと二つ返事で引き受ける程、俺は人間が出来てない。
普通に怖くて逃げてしまった。
だって皇帝陛下だぞ? この大陸でトップのお偉いさんだぞ?
普通に会いたくない。絶対に御免被る。ただでさえ俺は今回の事件のせいで悪目立ちしているんだ。これ以上心の負担を増やしたくない。
早く家に帰ってスローライフを満喫したい。
はぁ、こういう時に飲む酒は、どうして普段より美味しく感じるのだろう。
罪悪感って、酒を美味くするものなのか?
「ダーリン、四天王のみんながさっきから店の外で待ってるんだけど、どうしたらいいかしら」
「クソ! あいつらもう追いついてきたのかよ!」
「旦那様、『あとはお前らに任せる。ここから先は俺の出る幕じゃない』って言って、私達を抱えて城から飛び出してましたよね」
「あれは音速を超えてたわよ。おかげで髪がめちゃくちゃだわ」
「それは悪かった……けど! どうしてあいつら、俺を追ってくるんだ! もう全部押し付け……じゃなくて、一任したのに!」
「とりあえず話を聞いてみたらいいんじゃないかしら」
「嫌だ。絶対面倒なことになる。あいつら面白集団だって信じてたのに、政治の話になるとガチっぽいからな……! 俺は絶対に関わらないぞ」
「もう四天王のみなさんが店に入ってきてますよ、旦那様……」
ここから入れる保険とかないんだろうか。
なぜアリアスもローレシアも止めてくれないのだろう。
いや分かってる。二人の判断が正しいのだ。俺は中途半端に関わって、途中で投げ出すクズのような行為をしている。
それは駄目だと、二人とも分かっているのだ。
「黒の剣、ここにいたのか!」
「なんだよ、祝勝会かァ? そういうのはちゃんと、俺達も誘えよなァ」
「城の目の前にある酒場ですから、結構綺麗なお店ですのね。雰囲気もいい感じですわ」
「店選びを事前にしてくれるとは、お主も気が利いているのだな」
なんだこいつら、勝手にいい方向に解釈してる!?
どう考えても、俺の行動は大事な話を前に逃げ出したクズだろう。
それなのになぜ、こいつらは呑気な顔をしているんだ?
「お店の名前は『ロイヤル・ブレイク』……なるほど、そういうことか!」
どういうことだ!?
店の名前は偶然だ。国王も酔いつぶれるほどのいい酒を取り揃えているという意味で、そういう店名になっているだけだ。
別に国が滅んだのを揶揄してるわけじゃない。何勝手に納得してるんだよ、火帝。
他の奴らもなるほどって顔をするな。俺がたちの悪い皮肉屋みたいに思うんじゃない。
「ダーリン、青い顔してるけど大丈夫? 背中さすってあげるわよ?」
「大丈夫だ……吐きそうとか、そういうのじゃないから……。ただ、何もなくても背中はさすって欲しい……」
◆◆◆
「では、帝国へ行くとするか!」
ではじゃないんだよなぁ。こっちは了承してないんだから。
アリアス、ローレシア。なぜ席を立ってるんだ? 別に俺は帝国についていくと言ってないんだが?
「諦めましょう、レクス……。今回の事件、私達にも責任の一端があります」
ローレシアは真面目だ。実際は俺達に責任なんて無いのに、それでも事件に関わった者として責任感を持っている。
こんな真面目な嫁を持って、俺は幸せだなぁ。
「さっさと行って、スパッと終わらせましょ。まだ王国には用事があるんだもの。ね? ダーリン」
アリアスは俺にウインクを飛ばす。だが俺は何のことか分からない。
はて、王国に用なんてあっただろうか。あった気もする。だが都合の悪いことに、酒のせいで思い出せない。
なんだか凄い大事なことだった様な……。
「パパとママに、紹介するからね?」
そうだった。むしろ帝国に呼ばれることより、そっちの方が一大事と思えるくらいだ。
この国の国民は全て消えてしまったが、それは聖痕を刻まれた人族の話。アリアスだってユグドラ国民だが、こうして今も元気に生きている。
亜人達は生き残っているはずだ。
あれ? 消えた国民、亜人迫害、陛下の責任の取り方……。
なにか頭の中でピースが組み合わさったような感覚があったが、これまた酒のせいで上手く思考がまとまらない。
「なァ、俺もこの酒飲んでいいかァ?」
「駄目です。グランデュクス、あなたまだ十六歳でしょう。帝国法では、お酒は飲んではいけませんわ」
「ケチくせェなァ。黒の剣、王国だと十六歳で酒を飲んでいい法律とかねえのかァ?」
まさかの未成年だった岩帝。
てっきり成人してるものかと思っていたが、まさか四天王の中で最年少だったのか?
言われてみれば、不良漫画のキャラみたいな雰囲気はある。そして不良漫画のキャラはだいたいが学生──つまり未成年だ。
いい大人が暴れるより、少年が暴れたほうが見てる方の心理的ハードルが下がるからだろうか。
つまり不良キャラ=未成年という式が成り立つ。
何言ってんだ俺。酒で頭が回ってないのか。
アルコールって恐ろしいな。
「残念ながら、王国でも未成年飲酒は禁止だよ」
俺は横にいるローレシアから目を逸らしつつ、そっと岩帝を諭す。
ローレシアは物凄く申し訳無さそうな表情を浮かべていた。それはもう、顔を赤くしてうっすら涙を浮かべるほどに。
大丈夫だ。死の大地はどこの国にも属してないから。
誰かに見られたらアウトだが、見られてないのならアウトじゃない。
別にセーフというわけでもないのだが。
「皇帝陛下への手土産に、いくつかここの酒を持っていこうかの」
「皇帝陛下のお口に合うかしら?」
「この『ロマン・コンツェルン一五〇年物』はどうだろうか。案外いい酒かもしれんぞ!」
それは普通に高い酒だ。王国で収穫した果実で作った、ワインのような酒で、一五◯年物といったら、果たして何ゴールドで買えるか分かったものではない。
少なくとも俺の給料では買えない代物だろう。
「というか、もう完全に帝国に行く流れなんだな……」
「ダーリン、たまには流れに身を任せるのも一興じゃないかしら」
「そういう台詞はもっと情緒あふれる場面で聞きたかったよ」
「観念するとも言いますね」
「それは聞きたくなかったよ」
結局、今回の事件の真の解決をつけるため、俺達は帝国に馳せ参じなければならないらしい。
酔っているからまた今度、と言おうとしたが解毒魔法を掛けられたので、その言い訳も使えなくなった。
ああ、偉い人に会うのって嫌なんだよな。
取引先の部長と会うのを思い出す。胃がキリキリしてきた。
ああ、酒が飲みたい。
いや岩帝、酒ならあるってドヤ顔で出さないくていい。
あとその酒は高いやつだから、あまり乱暴に扱わないようにな。
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