第41話 元暗黒騎士は魔王を異界へ送る

「哀れな魂はこれで旅立つことが出来た。ローレシア、せめて君だけは彼らに祈りを捧げてあげてくれ」


「ありがとうレクス……彼らもきっと、報われると思います」


 それはどうかな。ローレシアにあんなことをした国民だ。

 あの世でも反省してなさそうだけどな。


「なにを……したのだ」


「何のことだよ」


「今、何をしたと言っている! 貴様、貴様から放たれたどす黒く陰鬱な途方もない魔力! この王都全域を包みこんでいる、この赤黒い闇は何だと言っている!」


「何って決まってるだろ。魔法だよ」


 俺の必殺技、ダークマター・レクイエムの派生技だ。

 ダークマター・ベリアル・レクイエム。俺の魔力を広範囲に放ち、触れた相手を強制的に殺す技だ。

 殺す相手は自動的に判定してくれる。俺が事前に、魔王の配下である魔族全員を殺せとインプットしておけば、後は勝手に敵が死ぬだけ。

 なんとも簡単で、お手軽な魔法だ。


 ただし、通常のダークマター・レクイエムと違い、敵が一瞬で死ぬという欠点がある。


「必殺技っていうのは、敵のリアクションがあるからこそ盛り上がる。だがこの技は一瞬でみんな殺してしまう。ローレシアのお願いじゃなきゃ、こんなつまらない技は使わない」


「全員殺しただと……!? 我が同胞を、全員!?」


「わかりきったことを聞き直すな。何度聞かれたって同じことしか答えんぞ。お前の部下は全員、俺が殺した。さっきの技で、一瞬のうちに、全員な」


「馬鹿なことを言うな! 我が同胞は数百万もの数がいたのだ! かつての大戦よりも数は多いのだ! 貴様はその魔族の軍勢を、たった一撃で消し去ったというのか!」


「そんなに疑うなら外を見てみろよ。それで気が済むなら、俺は待っててやるぞ」


「くっ……。た、確かに我が同胞の魔力が感じられない……! し、信じられん……! こ、こんなやつがこの世にいるとは……!」


 なんだよ。魔力探知で状況が分かるなら、最初から確認しとけよな。

 俺にわざわざ説明させるなよ。面倒くさいやつだな。


「お仲間がいなくなって、急にしおらしくなったじゃないか。というか、いい加減その醜い姿をどうにかしろ。首だけで喋るのも疲れるだろ」


「ふふふ、いいだろう……ではこの魔王ウルニールの真の姿を見せてやろう……後悔するなよ……!」


 後悔はもうしてるよ。

 こんな小物が黒幕だったなんて、わざわざ足を運んだのにとんだ無駄骨だった。


 魔王は首と体を一つにして、気味の悪い魔力で全身を覆い尽くす。

 おそらく陛下の体から、完全に魔族の体へと変貌しようとしているのだろう。


「おい、変身する前に一つ聞いていいか? お前の体はまだ人間のままなんだよな」


「そうだとも。貴様が忠誠を誓った王の体を、私が乗っ取っているのだ!」


「わざわざ人間の体に憑依する理由はなんだ」


「我ら魔族は先の大戦で倒され、その魂は異界へと封印されたのだ! 忌々しい亜人と女神によってな! だからこの世界に再び姿を現すには、人間の体を媒介にしなければならないのだ!」


「なるほどな。そういうことか」


 つまりさっき俺が消しさってしまった元国民たちは完全に魔族へと変わってしまったが、目の前のこいつはまだそうではないらしい。


「ローレシア、陛下の体を頼む」


「え? レクス、一体どうするのですか?」


「こうするんだよ」


 俺は解除の剣を取り出した。

 そして魔王の体めがけてその剣を振り下ろす。


 どす黒い魔力に包まれていた魔王の体から、その魔力が霧散する。


「おおおお!? ど、どうなっているのだ!? わ、私の体が……! 私の魂と体が、引き剥がされるだとぉぉぉぉぉ!!」


「俺の【ダークマター】で生成した解除の剣は、あらゆる呪い・毒・状態異常を解除する。もちろん憑依されてる場合も例外じゃない。俺が『あらゆるモノを解除する』と決めたからな」


「な、なんだとぉぉぉぉぉぉぉ! こ、この世界に君臨するはずの肉体が、失われてしまう……! 魂が異界へと帰ってしまう……! ぐおおおおおぉぉぉぉ!」


「腐っても魔王と自称するだけはある。しぶといやつだ。じゃあもう一発食らっとけ」


 俺は再び、魔王の体に解除の剣を突き刺すと、今度こそ魔王の魂は陛下の体から抜け落ちたようだった。


「ぐ……うう……」


「陛下、駄目だな。気を失っている。ローレシア、アリアス、後のことは頼んだ」


「頼んだって、ダーリンはどうするのよ」


「決まってるだろ。異界に帰った魔王を殺しに行ってくる。こっちが一方的に損害を受けて、我慢出来るかって話だろ」


「異界に行くって言っても、どうやって……って、あなたにそれを聞くのは無粋だったわね」


「察しが良くて助かる。さすが俺の嫁だ」


 というわけで、俺はさっそくスキルを発動させた。

 目的はもちろん、魔王の後を追うためだ。


「発動しろ、【ダークマター】! 生成するモノは、『魔王の後を追う魔法』だ!」


「そんな大雑把なもので大丈夫なの? というか、転移の魔法なら魔王が使ってたじゃない。この世に存在しないモノを生み出すのが、あなたのスキルのはずでしょ」


「そうだ。転移の魔法は既に存在していたとしても、『魔王の後を追う魔法』なんてモノはこの世に存在してないだろう?」


「言葉遊びじゃないかしら……。でもあなたが出来ると思えば、それは実現可能なのよね」


「そう、俺の【ダークマター】に不可能はない! 出来た! これが魔王の後を追う魔法、『マオルーラ』だ!」


 名前がちょっとアウトか?

 いや大丈夫だ。たぶん。俺の知ってるゲームの魔法をリスペクトしてるだけだ。

 ここは異世界だから、怒る人もいないはずだ。

 うん、大丈夫なはずだ。本当に大丈夫だろうか?


「おい、黒の剣よ!」


「どうした、火帝ヴォルガトゥス」


「俺達四天王も連れて行ってくれないか」


「どうして。お前たちは無関係なはずだろ」


「そんなことありませんわ! そもそものきっかけは、あの魔王がガルドギア帝国に宣戦布告をしてきたから起こったことです!」


「たとえお主が決着をつけるにしても、我らはそれを見届ける義務がある」


「ぶっちゃけ黒の剣が魔王と戦うところを間近で見てェんだよォォ!」


 なんで最後に台無しなことを言っちゃうんだろう。

 途中まで俺も納得しそうになっていたのに。

 この戦いが終わったら、帝国のファンクラブにちょっくら文句を言ってやろうか。

 いや、非公認ファンクラブに関わるのも怖いな。どうしたらいいんだろう。


「いいのか? 転移先はこことは違う世界で、敵が待ち構えてるぞ」


「へっ、上等じゃあねぇかァ!」


「我ら四天王、自分の身くらい自分で守れるとも」


「決して足手まといにはなりませんわ」


「そういうことだ。頼む黒き剣よ、我らも同行したいのだ」


 四天王全員が真剣な顔をしている。

 本気らしい。たぶん俺が嫌だと言っても着いてくるんだろうな。


「そうか、分かった。そういうことだ、アリアス、ローレシア。たぶん敵はもういないけど、気を付けておいてくれ」


「待ってダーリン」


 アリアスが俺の体に抱きついてきた。

 おい、四天王が見てるぞ。いや俺は全然構わないが。


「以前あなたのことを、女神様が認めた勇者だって言ったことがあったわよね」


「そういえばそんなこと言ってたっけ。俺は自分のこと、勇者だなんて思ってないけど」


「私は信じてるわ。あなたが本当に勇者かそうじゃないかはどうでもいいの。あなたならきっと、世界を救ってくれる。だから絶対に帰ってきてね」


 キス、された。

 それは唐突で、突然のことで、俺の頭の中はパンクした。


 いや俺達は結婚しているのだ。キスくらいで同様してどうする。

 そう、結婚しているのだから、キスより先のことだって全然問題ないのだ。

 ただ俺にも心の準備が必要だから、今までそんなことをしてこなかっただけで、俺はいつでもウェルカムだ。


 だけど実際にキスされたら、それはもう思考回路は爆発寸前である。

 だって考えてみて欲しい。金髪デカパイ美少女エルフにキスされたら誰だって思考停止になるだろう。

 つまりはそういうことだ。どういうことだ?


「帰ったらパパとママにあなたを紹介したいから、必ず帰ってきてね」


「あ、ああ」


 急に現実的なことを言われて、心が冷静になった。

 相手のご両親に挨拶か。どうしたらいいだろう。


 魔王と戦うより、俺にとってはそっちの方がよっぽどピンチなんだが。


「じゃ、じゃあ行ってくる! 四天王は俺の体に触れててくれ。おい、誰だケツを触ったのは……発動しろ、『マオルーラ』!」


 そして俺達は異界へと転移した。

 今回の面倒事を引き起こした魔王を倒す。

 絶対に二度と面倒事を起こさないよう、徹底的に消し去ってやる。

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