第40話 元暗黒騎士は魔王と対峙する
「まさかいきなり首を斬ってくるとは思わなかったぞ、裏切り者の暗黒騎士よ」
「死体が喋った!?」
火帝のヴォルガトゥスが驚くのも無理はない。
陛下、いや陛下の姿をした奴は首と体が完全に切り離されている。
その状態で流暢に喋り出したら、誰だって驚く。
俺も見てて怖い。ホラーかよ。
「だが今の一撃で分かった。貴様の攻撃力は大したことはない。やはりこの私、暗黒の魔王ウルニールに勝てる程の実力ではないとな」
別に今の攻撃は全力でやったわけじゃ無いんだが、こいつは何を分かった気でいるのだろう。
それとも、本当に俺よりも強くて実力を見極められるのだろうか。
だったら面白いが、そもそも俺より強いなら不意打ちなんて喰らわないだろう。
「あいつ……魔王って言ったわよね……ダーリン……」
「そういえばそんなこと言ったな……知ってるのか、アリアス」
「魔王ウルニール……神話の中で出てくる魔族の王よ。かつてこの世界を混沌と恐怖で染め上げた、恐怖の王って聞いてるわ」
「そんな神話があったなんて初耳です。旦那様はご存知ですか?」
「いや、俺も聞いたことがない。ユグドラの教えの中にそんな話が出てきた覚えがないんだが」
そもそもこの世界に魔王なんていたのか。
「かつての大戦でエルフ、獣人、他の亜人たちが協力して倒した大魔族だとエルフの長老から聞いたことがあるの。でもまさか、生きていたなんて」
「なるほど、長命なエルフ族だから大昔の出来事でも伝聞で伝えることが出来たのか」
これは人間や他の亜人と違い、エルフならではの利点だな。
神話の出来事を知っている人物も、もしかしたらまだ生きているのかも知れない。
「ほう、エルフもいたか。貴様は女神の加護などという悍ましいスキルを持っている、かの有名なエルフではないか。おお、なんと汚らわしいことだ! 憎たらしい女神の加護が亜人であるエルフに宿るなどとは! 我らが神に歯向かう愚か者め!」
「おい、人の嫁に汚らわしいなんて言わないでくれるか」
「嫁! 嫁と来たか! ふはは! 裏切り者の暗黒騎士と汚らわしいエルフが
褒めるなよ、照れる。
それはそれとして、俺の嫁を侮辱した罪は重い。
首だけで喋っているのも不気味だ。追撃を食らわせてもらおう。
「おっと! そうはいかぬなぁ! デモンズ・ウォール!」
「硬い……魔力の盾で防いだか」
俺の一撃はどす黒い魔力の壁で遮られてしまった。
なんだこの不気味な魔力は……。こんなの絶対に悪いヤツの出す魔力じゃないか。
「……この魔力、どこかで見た覚えがあるな」
「体が震えるほどの邪悪な魔力……旦那様、私はこの魔力に覚えがあります。以前旦那様が見た、私の
「あの魔力か!」
あれはローレシアがまだ死の大地に来たばかりの頃の話だ。
ローレシアの体調が優れず、気分が悪そうだった日があった。
彼女の体に刻まれた聖痕から、不気味な魔力が流れ込んで来ていたのだ。
俺は【ダークマター】であらゆる状態異常を解除する剣を生成し、彼女の聖痕を消し去った。
それ以来ローレシアに不調は無いが、あの時の原因が目の前の魔王だったということか。
「おや? 聖女ではないか。なぜ貴様がそこにいる? 我が
「え……魔族? ど、どういうことですか! 聖痕があると、魔族になってしまうとでも言うのですか!」
「そうだ。ユグドラの民に刻まれた聖痕、元々は信仰の証としてあったものだが、我がそれを利用して魔族に変化させるための呪いとしたのだ」
「それじゃあ、聖痕から不気味な魔力が流れてきていたのは……」
あの日、俺が解除の剣で聖痕を消し去らなかったら、ローレシアは魔族になってしまっていたということか。
恐ろしいことを企てる。勝手に人の体に聖痕を刻んでおいて、人の了承も取らずに魔族に変化させようとするなんて外道だな。
「待ってください……聖痕はほぼ全てのユグドラ国民の体に刻まれていました。他のユグドラ国民はどうなったのですか!」
「ユグドラの民は皆、全て、魔族へと化した」
「っ……!」
ローレシアの顔が悲痛に染まる。
そんな顔をするな、気にするな。そう言ってあげたいが、ローレシアは気にするのだろう。
あんなに蔑まれたのに、彼女はまだユグドラ国民のことを案じている。まさに聖女らしい慈愛の心を持っている。
「貴様の愛した民は全て、我が同胞の寄生先として利用させてもらった! もはやこの国に人間などおらぬ! ここはもう、魔の国なのだ! 見よ、貴様たちの来訪を心待ちにしていた魔族の群れを!」
「そ、そんな……」
「あれが魔族……不気味な魔力がプンプンするわね……」
どこに隠れていたのやら、大量の魔族が王の間に現れた。
国民全員が魔族になったと魔王は言っていた。つまり、ここにいる魔族もまだほんの一部というわけだ。
どれだけの人が犠牲になったのか、その規模は計り知れない。あまり同情する気にもならない民度だったから、俺の心が傷まないのが唯一の救いか。
だがローレシアは違う。彼女はあんなクソ民度の国民にも、その優しさをもって接していた。
王国の各地を訪問して、聖女として国民にユグドラの教えを布教していた。
みんなで助け合えば幸せな人生を送れる。当たり前すぎて馬鹿らしいとも思える教えだが、実現するのは難しい。
人間は自分以外の誰かに優しくするのは、存外に難しいのだ。自分のことだけで精一杯、周りを見る余裕なんて無い。それはこの世界でも、前世でも同じだ。
だからこそ彼女の当たり前の教えは、俺の心に響いた。
ローレシアの真っ直ぐさと、優しさが、俺にほんの少し、誰かに優しくする余裕を与えてくれた。
まあ、この国のやつらはそんな彼女の教えを理解しなかったのだが。いくらローレシアが教えを説いても、亜人への差別は無くならなかった。
だから俺は同情しない。ローレシアの心の傷を憂うことはあっても、犠牲になったユグドラ国民のことを哀れむことはあっても、同情だけはしない。
「この部屋だけではないぞ! 既に城の周囲、いや王都全域で大勢の魔族が貴様らの血肉を口にするのを心待ちにしているのだ!」
「王都全域ねぇ……」
つまり魔族は全員、王都に集まってくれているわけだ。
これがもし、各地に散らばっていたら面倒だったが、ありがたいことに一箇所に集合している。
「だが解せねえなァ。一体どうやって魔族の連中はここに姿を現したんだァ?」
「転移の魔法でもあるんだろ」
以前俺が生成した転移出来る扉、それに似た魔法がこの世界にあっても不思議じゃない。
なにせ俺が生成したのは転移の扉であって、転移魔法自体はこの世界に存在しているか不明なのだから。
「ほう、転移の魔法を知っているか。その通り、我が同胞たちは異界よりここへ続々と転移してきているぞ! もはや貴様らの逃げ場はここにはない! この世から消えてなくなるがいいわ!」
「安いなぁ……」
「何? 貴様、今なんと言った」
神話の時代の魔王だけあって、年寄だから耳が遠いのだろうか。
それとも頭の方が残念な感じか? どちらとも当てはまりそうだ。
だってこいつ、この状況で自分が有利だって確信してる馬鹿だもんな。
「黒幕ぶってるけどキャラが安っぽいって言ってるんだよ、三流魔王が」
「なんだと? 貴様、自分の立場が分かっていないのか?」
「そういう台詞を言うやつが大物なパターンって、ほとんど見たことがないんだよなぁ。なんていうか、テンプレじみてる。お前本当に大魔王か? 小物界の魔王の間違いだろ」
「私を小物と言うか! フハハハ! この私に傷一つ付けられない小僧めが、吠えるではないか!」
俺は吠えてないんだけどな。さっきから大声で喚き散らしているのはお前だろう。
いるんだよなぁ、口ではスケールの大きいことを言うけど、実際はなんとも言えない小物なやつ。
でも実際は現実が見えてない。自分たちに何が起きているのか、理解する頭が無い。
「お前ら魔族がどれほどのモノか知らないが、俺の目の前でペラペラとまぁ情報を漏らしてくれるもんだ」
「情報を漏らす? 違うな、貴様らに絶望を与えてやっているのだ。死ぬ前に自分たちの立場を理解させてやっているのだ!」
「それが安っぽいって言ってるんだ。殺す時に敵に情報を与える馬鹿がいるかよ」
「ほう、では貴様は私が口にした情報とやらで何が出来る? 何も出来まい! この絶望的な状況から抜け出せるはずもなかろう! 貴様はそうやって、時間を稼いでいるにすぎん!」
「お前みたいなやつから稼ぐ時間なんていらん。俺はやると決めたら即実行する男なんだよ」
俺の言葉に、ローレシアが不安そうな顔をした。
「レクス……何をするつもりなんですか?」
「……悪いなローレシア。お前が大事に思ってるユグドラ国民は、もう救えそうにない」
「で、でも……まさかレクス、いえ……そうですね。あなたの言う通りかもしれません。ですがせめて、最期くらいは彼らに安らかな眠りを……与えてあげてください」
「分かったよ……」
ローレシアは泣いている。哀れな民のために涙を流している。
彼らが魔族に変貌したこと。もう救うことが叶わないこと。
それでもせめて、その魂に救済を求めている。なんて悲しいことだろう。
俺は絶対に、あんな国民たちに同情はしない。
だがローレシアが願うなら、彼らの最期を送り出そう。せいぜい安らかに逝くよう願ってやる。
「起動しろ、愛剣クロノグラム。今宵は極上の獲物がお見えだぞ」
ちなみに今は昼だ。今宵なんて言ってるのは、なんとなくかっこいいからだ。
もはや俺のテンションはどこへ向かっているのだろう。
城の中は真っ暗だし、まあいいか。
「発動。ダークマター・ベリアル・レクイエム」
そして、王都全てが闇に包まれた。
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