第36話 元暗黒騎士は優雅な朝を送る

 赫い雲を作るのには早起きをしないといけない。

 太陽が昇る前に、空に向かって魔法をドカンと打ち上げないといけないのだ。


「とりあえず今日の分は終わりだな」


「お疲れ様。朝ごはん出来てるわよ」


「ありがとう、アリアス。助かるよ」


「って言っても、貰い物の野菜とドラゴンの肉を炒めた料理だけどね」


「魔力を吸って育つ野菜は便利だけど、もうちょっと料理にバリエーションが欲しいよな」


「あなたのスキルで畑を拡張出来ないの? 異世界の作物を育てれば、色々な料理を作れるんじゃないかしら」


 それは考えた。だが俺のイメージ不足が原因か、出来る気がしない。

 俺のチートスキル【ダークマター】は、俺の想像力が強ければ強いほど成功率が増す。

 異世界で前世の作物を育てられるのか、いまいち自信が湧かない。


「ねえねえ、この前食べたソーメンってどんな材料から出来てるの? また食べたいわ!」


「小麦粉と水と塩……じゃなかったか? 水はともかく、塩は手に入りそうに無いし、小麦なんて無理だろうな」


「小麦? それはどんな作物かしら」


「この世界にも似たものがある。パンの原料に使ってる作物と似てるかな」


「へぇ、ミミコムみたいな作物が異世界にもあるのね」


 もっとも、この世界のパンはあまり美味しくはない。

 ユグドラ王国で口にしていたパンは硬いし、味も悪い。中世のパンともまた違う、不思議な味わいだ。


「小麦粉があれば色んな料理が作れるんだけどな。それこそ素麺もそうだし、パンだって美味いのが作れるはずだ」


「本当!? じゃあ作りましょうよ! 主食抜きの食生活は苦痛だわ!」


「そうは言っても、いまいちイメージが湧かないんだよな」


「そんなの、レジスタンスに貰った野菜みたいに魔力を吸って育つ架空の作物として生成すればいいんじゃない?」


「…………天才か?」


 俺の嫁は天才だった。可愛くてデカパイでエルフで優しい、天才だ。

 天はアリアスに二物も三物も与えた。これが俺の嫁なんだぜと、心の中で鼻が高くなる。


 逆になぜそんな簡単なことが思いつかなかったのか。自分の想像力の貧しさに歯痒い思いがする。


「そうだ。そうだよな! 俺のスキルは出来ると思えば実現可能なチートスキル! 前世の作物を生成するんじゃなくて、俺達に都合のいい小麦を生成すればいいだけじゃないか! アリアス、お前がいてくれてよかった!」


「ちょ、ちょっと! 朝から抱きつかないでよ! 恥ずかしいじゃない……。そういうのは、夜になってからしなさいよね……」


 その言い方だと、俺が夜になると変なことをしているように聞こえるからやめてくれ。

 結婚したと言っても俺達はプラトニックな関係なのだ。単に俺がヘタレなだけとも言う。


「そうと決まれば畑の拡張だ! 野菜も、小麦も、ついでに米も異世界仕様でバンバン作るぞ!」


「でもスキルの使い過ぎには注意しなさい。あなた、あれを使うとかなり落ち込むから。……そういうところが可愛いんだけどね」


 最後の一言は聞かなかったことにしよう。

 言った本人の耳が真っ赤になっている。追求するのは野暮というやつだ。


 いや、こういうところで追求しないから関係が発展しないのか?

 ここで俺が『おいおい、お前の方が可愛いぜハニー。今夜はもっと可愛がってやろうか?』とでも言えば関係は進展するのだろうか。


 いや、俺のキャラじゃないな。

 別に肉体関係を求めているわけじゃない。俺はイチャイチャハーレム異世界スローライフが出来ればそれでいいんだ。


「それじゃあレジスタンス……じゃなくて、村人のみんなに伝えてきてくれないか。一応、畑の管理は村のみんなに任せてるし、勝手に拡張するのも悪いだろ」


「あなたがこの村のおさなわけだし、みんな気にしないと思うけれど」


「俺は長って柄じゃないよ。リーダータイプの人間じゃない。仕事だって、周りの意見に合わせてやるタイプだったしな」


「そんな感じには見えないけどね。あなた、自分が決めたことはガンガン突き進めるタイプだもの」


 それは転生して騎士団をクビになったから、考え方が変わっただけだ。

 本来の俺は日和主義者でことなかれ主義の平和主義者だ。漫画で言えばモブのような人間だ。


「まぁいいわ。村のみんなには伝えてくるから。あなたは家に帰って朝食を食べててね」


「ありがとう。気をつけてな」


 こうして俺の朝の仕事は終わったのだった。

 今日は珍しく、一日中働くことになりそうだ。


 うん、スローライフって感じがするな。

 スキルで生成するから全然スローじゃないのは気にしないでおこう。


 ◆◆◆


「ただいまー……ってあれ? なんかいい香りがする」


「あ、お帰りなさいレクス! 朝のお仕事、お疲れ様でした」


 玄関からローレシアが笑顔で出迎えてくれた。

 この笑顔だけで仕事の疲れも全部吹き飛ぶ気分だ。


 ちなみにローレシアは俺のことを旦那様とレクスの二通りの呼び方をする。

 まだ慣れていないのか、二人きりの時だけ前の呼び方をしているのか。

 どちらにしても新妻感が出ていてかわいらしい。これが俺の嫁なんだぜ。最高だ。


「ただいま、ローレシア。この香りはなんだろうか」


「これは畑で取れたイーテの香りです。獣人の間ではお茶の葉として使われてるみたいです。お裾分けしてもらったんで、茶葉を作ってみました」


「ようやく我が家にもお茶が出来たのか! でも大変だったんじゃないか? 茶葉って作るのに必要な作業が多いって聞くが」


「そこは魔法で解決です!」


 なるほど。水魔法と炎魔法、そして風魔法があれば蒸すのも乾燥させるのも簡単に出来るもんな。

 こういうところは前世よりも圧倒的に便利な世界だ。


「でも不思議なんですよね。ユグドラで飲んでたお茶とは香りが全然違うんです」


「そうか? 俺はこの香り、前にどこかで嗅いだことがある気がするんだが」


「そうなんですね。じゃあ毒味はレクスにやってもらいましょうか」


 おいおい、自分の旦那を毒味役にするのか。聖女のやることじゃないだろう。


「ふふ、冗談です。ちゃんと三人分用意してますから。あれ、そういえばアリアスさんは?」


「ちょっと用事を任せてる。帰ってくるまでもう少しかかると思うから、先に朝食を食べててくれって言ってたよ」


「そうですか。では旦那様に朝食のご用意をしてますので、たんと食べてくださいね」


 朝から大盛りの野菜炒め。それも分厚い肉もセットだ。ご機嫌な朝食だ。

 俺の体が若いからいいものの、前世の肉体だったら胃もたれしそうな量だな。


 だが朝の仕事で疲れた体には、これくらいの量がありがたい。


「いただきます……うん、おいしい。ありがとう、ローレシア」


「私は手伝っただけですから。お礼はアリアスさんに言ってください」


「もちろんアリアスにも言うよ。でも俺のために朝早くから起きて、こうやって朝食の準備をしてくれて、ありがとう」


「え、えへへ……実は憧れだったんです。こうやって、好きな人のために料理を作ることが……。私、今とても幸せです」


「俺もだよ。二人のおかげで俺は最高の人生を送れてると思う。だから改めて、ありがとうローレシア」


「も、もう……朝から照れることを言うのは禁止ですっ! そ、そういうことは夜寝る前だけにしてください……ね?」


 だからなぜアリアスもローレシアも、俺が夜になるといかがわしいことをしているような言い方をするのだろう。

 俺達はまだプラトニックな関係であって、決して淫らな生活を送っていないのだが。


 それともこれは、そういうことか? 据え膳食わねば男の恥とか、そういうやつなのだろうか。


 いやいや、まだそういうことをするのはちょっとな……。

 もう少し生活が落ち着いてからでもいいんじゃないかな。


「ふぅ……美味しかった。ご馳走様」


「食後のお茶です。どんな味かは分かりませんが……」


「結局俺が毒味役になってるような。まあいいか、飲んでみよう」


 ゴクゴクと喉がなるほど勢いよくお茶を飲む。

 なにせ朝仕事を終えた後だ。それに久々のお茶だ。飲まずにはいられないだろう。


 そしてお茶が喉を通った後の風味に満足感を覚える。

 うん、美味しいじゃないか。このお茶、イーテの葉と言ったか?

 色は紅茶に似ているが、この独特な味わいは紅茶とも違う。


 というか……


「これ……ウーロン茶に似てないか?」


「うーろん茶、ですか? 知ってるお茶なんですか」


「ああ、まあな。まさか異世界でウーロン茶を飲むことがあろうとは思わなかったが、これはいい味だな」


「確かに紅茶とは雰囲気が違いますけど、料理と一緒に飲むのはこっちのお茶の方が合うかもしれませんね」


 前世の知識だと、確か茶葉を蒸したりする方法によって、お茶の種類が変わるんだったよな。

 ということは、このイーテの葉だけでお茶の種類がだいぶ増えることになる。


 ユグドラ王国には紅茶があったわけだが、文化の違いか味の趣向の問題か、他のお茶は見かける機会がなかった。

 だがここは俺の村だ。どんなお茶を飲もうがお構いなしである。


「ちょっとずつだけど、前に進めてきた気がするな」


「旦那様が嬉しそうでよかったです」


 さて、優雅な朝食も終わったことだし、そろそろ現実を身るとしようか。

 俺の後ろにずっと着いて回っている、あいつらのことである。



「「「「黒の剣ー!!!! 俺達と一緒に戦ってくれー!!!!」」」」


 四天王のやつら、昨日からずっとこの調子である。

 断っても聞かないし、はてさてどうしたものか。


「とりあえず、話だけでも聞いてあげてはどうですか?」


「聞いた上で断ってるんだけどなぁ……」


 せっかくスローライフっぽいことが出来たのに、現実は俺を中々スローライフに集中させてくれない。困ったものだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る