第30話 元暗黒騎士は結婚する

「ふわぁ……よく寝た……」


 時計を見ると、今は夜の七時だった。かれこれ十時間ほど寝ていたことになる。


「メンタルもかなり回復した……癒しって凄いな」


 寝る前に美少女二人から抱きつかれて、褒めてもらう。これに勝る薬がこの世にあるだろうか、いや無い。


「そういえば二人はどこに行ったんだろう。夜飯を用意しなくちゃな」


 現場、食事はドラゴンの肉の残りと俺のスキルで賄っている。食糧の調達が出来ればいいのだが、しばらくは仕方がない。

 俺の脳内レパートリーが無くなる前に、食糧を用意しなくちゃいけない。


「あれ? なんかいい匂いがする」


 この匂いはなんだろう。まさか食べ物の匂いか?

 だがこの家にはドラゴンの肉しかない。この香りは肉の香りじゃない。


「一体なんの匂いだ? なんだか腹が減ってきた」


 グルルルと腹が鳴る。今日はほとんど動いてないはずなんだが、疲れてたからだろうか。

 それともこの香りが食欲を掻き立てるのか? 台所に行ってみるか。


「あ、おはよう。よく眠れたかしら?」


「ああ。おかげさまでぐっすり眠れたよ。ところでこの匂いは?」


「クツァイアの油煮込みよ! 台所にあった調味料を勝手に使ってるけど、大丈夫かしら」


「それは大丈夫だけど……」


 クツァイアって何だ? 聞いたことない名前だ。会話の内容からして、何かの食糧なんだろうけど。


「クツァイアはこの地方に出来る野菜ですよ。レジスタンスの方から差し入れを貰ったんです」


「野菜か……そういえば片翼のダンに野菜を貰うって約束をしてたんだったな」


「ええ、約束の食糧の一つね。他にも野菜をいくつか貰ってるわ」


「見たことない野菜ばかりで、どんな味なのか楽しみですね」


 おお、他にも野菜を貰ってるのか。ありがたい話だ。

 明日お礼を言っておこう。現場だと野菜は俺のスキルでしか食べれないからな。


「フェリスがたくさん持ってきてくれたのよ。このクツァイアは土の中に出来る野菜みたいで、油煮込みがおすすめって言ってたわ」


「あっさりした味ですけど、油で煮ることでホクホクした味わいになるらしいです。うう、想像したらお腹が減ってきました……はしたないですね、すみません」


「いや、この匂いを嗅いだら腹が減るのは仕方ないさ。俺もさっきから、腹が鳴って仕方がないし」


 凄い香ばしい香りがする。ホクホクとした味わいとのことだが、芋みたいな感じだろうか。

 いや異世界の食べ物だから、前世の知識で考えるのは適切じゃないな。だが興味が湧く。

 どんな味なんだろうか。


「それにしても、こんな荒れた地にも野菜は出来るんだな」


「土の状態も酷かったわよね」


「なんでもクツァイアは土にある魔力を吸って成長するらしいですよ。土が悪くても育つ、珍しい野菜らしいです」


 へぇ。魔力によって成長する野菜か。それは確かに珍しい。


「暑さにも負けない、丈夫な野菜らしいです」


「そんなに凄いのにユグドラでは見たことがないな。どうしてだろう」


「ユグドラは気候が安定してたから、こういう珍しい野菜を育てる必要が無かったんじゃないかしら」


「死の大地で育ってる野菜をわざわざ収穫しにくる人もいないでしょうし」


「なるほどな。この地に住んでいるレジスタンスだから見つけられたってことか」


 現地の人だけ知ってる名物って思うと、途端に美味しそうに思えてくる。

 地元料理っていいよな。テレビ番組で芸人が全国各地を巡ってご当地グルメを食べる番組をよく見てた記憶がある。


「油煮込みって具体的にはどんな料理なんだ?」


「オーリーブの油で食材をぐつぐつ煮るのよ。油には調味料で味をつけて、クツァイアにしっかりと味を染み込ませるの」


「なるほど、アヒージョみたいな感じだな」


 ちなみにオーリーブは前世のオリーブみたいな植物である。

 なんで名前が似てるんだよと思うが、似ている物は似ている名前がつくのかもしれない。

 細かいことはいいのだ。俺が考えることじゃないだろう。


 女神が前世の食材を参考にして名前をつけたなんてパターンも、ラノベでは見た設定だ。

 似ているのには何かしらの理由があるんだろう。たぶん。


「ドラゴンの肉もたくさん入れて、カリカリになるまで油で焼く……完成ね! クツァイアのオーリーブ油煮込み〜ドラゴン肉を添えて〜の出来上がり!」


「いい匂いだ……早速食べようか」


「待ってなさい。水を用意するわ……よし、オーケーよ」


 料理の入った皿をテーブルに運ぶ。こういうのは共同作業が捗るのだ。


「さて、じゃあいただきます」


「死の大地に来てやっとまともな料理ね〜楽しみだわ。あっ、レクスが生成してくれた料理は美味しかったわよ?」


 大丈夫、そんなこと気にしてないさ。

 まともな料理じゃないのはこっちも分かってるからな。


「どんな味がするんでしょうか……もう食べていいですよね?」


「ああ、食べよう。もう腹が減って我慢出来ない」


「それじゃあ……あーん……ふんふん……んんっ!」


「こ、これは……!」


「すっごく美味しいわ!」


 驚いた。本当に美味しい。芋系の野菜という俺の予想は半分当たっていた。

 熱を通してホクホクとした食感が出て、味の染みたクツァイアが口の中を熱々と転がる。


「あっつ、あっつ! でも、これ、うまいな!」


「うん、栄養価が高そうな感じね! これは調理のしがいがありそうだわ」


「おいしいです〜! あ、すみませんおかわりお願いします」


「早いな!? ローレシアってそんなに大食いだったか?」


「実は王都にいた時は、はしたないってことで食事を控えてたんです……。あの、やっぱりたくさん食べる女性は嫌いでしょうか」


「全然そんなことないよ。むしろいっぱい食べるローレシアが好きだ」


「そ、そうですか……えへへ。じゃあいっぱい食べちゃいますね!」


 食べ過ぎには注意して欲しい。幸せ太りってよくいうからな。


「これは、味的にはジャガイモ……? いや食感的には里芋か……? だがどこかさつまいものような甘味もある……。そしてなにより、ガツンとした香りが強い」


 例えるならにんにくと芋類を合体させたモノというのが近いだろうか。

 バクバク食べることが出来て、味も食感も最高だ。酒がないのが惜しい。


「ドラゴンの肉を一緒に入れたのは正解だったな。アリアスがアレンジしたのか?」


「ええ、塩味が合うんじゃないかって思ったの。お口に合うようでよかったわ」


「凄いですアリアスさん! 私、これならいくらでも食べられちゃいます〜!」


「料理が出来るんだな。てっきり家事とかしないタイプだと思ってた」


「意外だった? これでも故郷では狩りと料理、家族の世話とか色々やってたんだから。惚れ直しちゃったかしら」


「ああ。惚れ直した」


「ちょっ……いきなり何言ってるのよ……もう」


 アリアスは長い耳を赤くして、指でいじっている。その様子が堪らなく愛おしい。


「食事の間に聞いてもらいたいんだ。俺達の関係について」


「関係? この三人のってこと?」


「そうだ。俺は二人のことが大好きだ。愛している。それは以前も言ったと思う」


「え、ええ。私もあなたのこと嫌いじゃないっていうか……す、好きよ! 文句あるかしら!」


 照れ隠しに怒っているのだろう。耳が真っ赤だ。そういうところも可愛いのは反則だろう。


「私もレクスのことは大好きですよ。ずっと前から、大好きです。処刑される日に助けてくれて、こんな幸せな日常を私にくれて、感謝しています」


「感謝はいらないよ。俺がしたくてしていることだから。……ふぅ、二人の気持ちを聞けて俺も安心したよ」


「一体何を気にしてたのよ。私達の関係なんて、分かりきってるでしょう?」


「いや、実はそこが気になってたんだ。俺達の関係は、具体的に言うと何だろうって」


 共同生活の仲間か、恋人か、結婚しているのか。

 答えによっては、俺は責任感を持って自覚ある行動を取らなくてはいけない。


「あの、私はてっきり恋人なのかと思ってました……。助けてくれた時、告白してくださいましたし」


「私はあんまり気にしてなかったわ。恋人とも同居人とも取れる、曖昧な関係。相手が自分を愛してくれてるって分かってるからそれでいいって感じかしら」


「なるほどな。じゃあ改めてここで言っておこうと思う」


 俺は決心する。俺が今こうして生きていられるのは、この二人のおかげだ。

 俺は二人を愛して、二人も俺を愛してくれている。

 それならば、俺から言わなくちゃいけないだろう。


「俺と結婚してほしい」


「け、ケッコン……結婚!?」


「わわわわわ私とレクスがですか?」


「俺と二人が結婚……どうだろう」


 この世界は一夫多妻も珍しくない。ユグドラは禁止しているが、他の国では貴族や裕福な家庭だと一夫多妻はよくあることらしい。


「私は、別にいいわよ。でもいきなり結婚は……」


「アリアスは時々俺のことをダーリンって呼んでたじゃないか」


「そ、それはあなたを恥ずかしがらせようとして! いや、違うわね。はいはい、そうよ。私も実は結婚に憧れてたわ。それも相手が黒の剣なんだから、尚更ね」


「レクス、私はその……嬉しいんですけど、恋人から夫婦はいきなり過ぎませんか? もうちょっとお互いのことを知ってからでも……」


 ローレシアの言いたいことはもっともだ。だが俺とローレシアは既に数年も一緒の職場で働いていた。

 ここでの生活でも、特段問題があるようなことは無い。つまり同棲してみて相性が悪いと判明するようなこともない。

 じゃあ、もう結婚してしまった方がいいのではないか。告白した手前、結婚はちょっと……と尻込みするよりは、スパッと決めたいのだ。


「村も完成したし、生活の基盤は出来た。二人とも絶対に幸せにしてみせる! だから結婚してほしい。この通り!」


「…………」


「………………」


 俺の渾身の土下座をお見舞いしたが、返事が無い。呆れられただろうか。


「仕方ないわね、もう。私だって、いつ言ってくれるか待ってたんだからね」


「こ、心の準備が出来てませんけど……あの、これからはより一層レクスを愛します! あ、レクスじゃなくて……旦那様?」


「じゃあ私はダーリンって呼ぶわね! これからも可愛がってよね、ダーリン!」


 おお、ダメージがすごい。なるほど金髪デカパイエルフのダーリン呼びか。これはかなりの威力がある。

 一方清楚なデカパイ聖女様からの旦那様呼び。こちらも上品な感じがしてドキドキする。これも威力がすごい。


「ということは……?」


「結婚しましょう。私達三人でね」


「第一夫人はアリアスさんでしょうか。先にこの村にいましたもんね」


「いや第一夫人とか第二夫人とか、そんな面倒な取り決めは別にいらな……」


「甘いわダーリン! この村の権力者はダーリンなのよ! 私達が気にしなくても、外から見た時の印象は違うわ!」


「そうなのか? 別にみんな気にしないと思うんだけどな」


「私は聖女様が第一夫人の方がいいと思う。黒の剣と聖女様、この二人の組み合わせに連なって、亜人でエルフの私が第二夫人に収まるのがベストだわ」


「なるほど、旦那様と私の肩書を利用して、亜人に対する救世主としての側面をアピールするということですか」


「そういうこと。もしかしたら、この村と友好を結ぶためにダーリンに新しい嫁が出来るかもしれないじゃない? そうなった時のことを考えて、やっぱり見せかけでも序列は必要だと思うの」


 ええ、外との外交とか嫁が増えるとか、何言ってるの?

 俺は別にハーレムを築きたいだけで、無造作に嫁を増やしたいわけじゃないんだけどな。


「というわけで、ダーリン。これからは私は第二夫人、聖女様……じゃなくてローレシアが第一夫人だからね。わかった?」


「私が第一夫人というのは、なんだか申し訳ない気がしますが……よろしくお願いします旦那様」


 まぁ、俺がウダウダ考えていても仕方ない。うちの嫁たちは俺よりしっかりしているようだ。

 とりあえず俺の気持ちは受け取ってもらえたようで何よりだ。


「これからも二人のことを大切にしてみせる。一生一緒にいてくれ」


「重い愛の言葉ね。でも分かった。死ぬまで離れないから、覚悟しときなさい!」


「わ。私は死ぬ時はずっと離れませんからね! 旦那様とは絶対ずっと一緒ですから!」


 こうして俺は正式に結婚した。

 いや書類とか用意してないから正式なのかは分からないが、お互いの関係をはっきりとさせることが出来た。


 ハーレムライフをするには、恋人じゃ足りない。

 俺は家族が欲しかったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る