第29話 元暗黒騎士は癒されたい
「ただいま……」
「あら、早かったじゃない。まだ朝の九時よ」
「どうしたんですか、レクス。顔色が優れないようですけど」
ああ、我が家に帰って来たという感じがする。出迎えがあるのはありがたい。一人暮らしじゃこんなの無いからな。
「もしかして、スキルを使ったの? 以前も似たようなことあったわよね」
「ああ……察しが良くて助かる……。村作りのためにスキルを使ったんだ……レジスタンス全員の家と畑を作った……基礎インフラは完成したと思う」
「全員って……レジスタンス全員の家をスキルで完成させたの!? 何十人もいるのよ? そんなことが可能なの?」
「とても信じられませんけど、レクスがこんなに衰弱してるということは只事でないのでしょう」
「本当かどうかは家の外を見れば分かるさ……そんなことより、二人に頼みたいことがある。とても大事なことなんだ……頼む」
「どうしたの? もしかしてどこか怪我でもしたのかしら」
そういうわけではない。怪我はしていないんだ。
「とにかく横になってください。魔力切れの兆候が見られます。安静にしていた方がいいですよ」
「ああ……布団で寝ることにするよ……でもその前にお願いがある……」
「何をすればいいの? ああ、そうね。寝る前にお風呂に入りたいのかしら。それじゃあ今からお湯を沸かすわね。ちょっと待ってて」
いや風呂には入るんだが、それよりももっと大事なことがあるんだ。
俺を癒してくれ。一緒に添い寝してくれ。
「アリアスさん、お風呂の準備はお願いします。私はお布団の準備をします」
「お願いね、聖女様」
「いや、それもありがたいんだけど……あの、添い寝を……」
添い寝をお願い出来ないかな、と中々言い出せない。
なんだか俺の思っているよりも、俺の顔色が悪いらしい。二人とも病人の看護をするような真剣さだ。
「さぁレクス、お風呂の準備が整ったわ。凄いわね、魔道具のおかげですぐにお湯が沸いたわ」
「お風呂には一人で入れますか? 体調が悪いようでしたら、お湯で体を洗い流すだけでいいですからね」
「一人で大丈夫だ……風呂くらい、一人で入れるさ……」
言った後にしまった! と後悔した。
今のは一人で入れないと言うべきだったのではないか? そう言ったら『しょうがないですね、じゃあ私も一緒に入ってあげます』という流れが出来たんじゃないか?
くそ、スキルのデメリットのせいで頭が回らない。せっかくのチャンスを逃してしまった。
「じゃあ、風呂入ってくるよ……すまないな、手間をかけさせて……」
「何言ってるのよ。これくらい当然じゃない!」
「そうですよ。気になさらないでください」
ああ、共同生活って最高だ……!
こんな美少女たちに身の回りの世話をしてもらえるんだから。
まぁ世話というか、体調不良の人間の面倒を見ている感じだが。気にしないでおこう。
◆◆◆
「風呂から上がったぞ」
朝から風呂に入るのは贅沢って感じがする。前世でも朝にシャワーを浴びてたが、ゆっくりと風呂に浸かるという経験は無かった。
それにしても、本当に一人で風呂に入っただけだった。『湯加減はどうかしら?』と様子を見に来てくれるそぶりも一切無かった。
すこしがっかりだ。
いや、こういうのは待っているだけじゃ駄目なんじゃないか。やはり自分から言い出さないといけない。
「って、あれ? 二人ともいないじゃないか」
どこに行ったんだろうか。
「まあいいか。ソファで横になっておこう」
コップに水を入れて、それを飲む。しばらくぼーっとしていると、玄関から足音が聞こえてきた。
二人が帰って来たらしい。どこへ行っていたのだろう。
「ちょっと! 凄いことになってるじゃない!」
「何が?」
「外ですよ! 村が出来上がってるじゃないですか!」
「作ったからな」
「なんでそんな平然としてるの!? 数十人が暮らせる村が一瞬で出来上がるなんて、奇跡としか言いようがないわ!」
そんなこと言われたって、俺がそういう風に作ったからとしか言えない。
凄いことをしたって自覚はある。あるけど、それよりも今は癒しが欲しい。
「俺は村を作っただけだ。実際に村を運営していくのはみんなだから、これからのみんなの頑張り次第だよ」
「平然と言ってのけるのね……とんでもないことをしてる自覚があるのかしら……」
「レクスはいつもそうですよ。自分の凄さを自覚していないんです。本人はこれが普通と思ってるんです」
「そんなことはないさ。俺だって大仕事をしたって自覚くらいある」
だからこんなに疲れてるわけだ。早く癒しが欲しい。
「畑も凄かったですよ! 色々な野菜の種が植えられてました! 魔道具で自動的に水を上げる仕組みがあって、便利そうでしたね」
「ああ、スプリンクラーだな。便利そうだから生成しておいたんだ」
「畑の土も凄かったわ。故郷の森でも、あんなに栄養豊富そうな土は見たことがないもの」
「栄養価の高い土を生成したからな。今後は自分たちで肥料も作れたらいいなと思ってる」
「そこらの村より整備が行き届いてるわね。ひょっとしたら王都よりも綺麗なんじゃないかしら」
そこまで凄いのか。俺のイメージで作った異世界風の村なのだが、実際の異世界の街並みより綺麗らしい。
まあ綺麗なら別にいいだろう。汚いよりはマシだ。
「ねえ、村の中を見てまわりましょう! まだ全部見切れてないのよ!」
「ええ、そうしましょう! とてもワクワクします!」
「ちょっと、待ってくれ……!」
村を見て回るのは構わない。全然問題ない。だがそれよりも、今は癒しをくれ。
「どうしたのよレクス。ああ、体調が悪いから家で待ってていいわよ。私は聖女様と一緒に見てくるから」
「そうですね。レクスは家でゆっくりしてください。私達のことは気にしないでくださいね」
「気遣ってくれるのは嬉しいけど、そうじゃなくて……!」
どうしたものか。ここは正直に言ってしまうべきだろうか。
今更何を恥ずかしがることがあろうか。俺は今、ハーレムスローライフを手に入れたのだ。
ここで恥ずかしがる意味など無いのだ。
「あ、さては一人で家にいるのが寂しいとか?」
「まさか、レクスはそんな子供っぽいことを言いませんよ。ですよね、レクス?」
実はそうなんです、なんて言いにくい。いや言ってしまえ!
「まあ、その……スキルの副作用というか、なんというかだな……。今は精神的にちょっと不安定になってるみたいで……だな……」
「何よ、はっきり言いなさいよ。何が言いたいの?」
「あー……非常に言いにくいんだが、その……だな……」
「レクス、言いたいことがあるなら遠慮せずに言ってください。私にできることがあるなら、なんでもやりますよ」
ん? 今なんでもするって言った?
「じゃあ二人にお願いがあるんだ……。笑わないで聞いてくれ……」
「何かしら?」
「笑いませんよ。レクスにお願いをされるなんて、嬉しいですから。騎士団にいた頃は全然頼ってくれませんでしたし」
それはお互いの立場の違いのせいで、俺からお願いなんて出来なかったからだ。
だが今は違う!
「一緒に寝てくれないか……」
キモい。我ながらキモいお願いである。だが関係ない。何故ならここは異世界で、俺は彼女達と両思いなのだから。
他者からキモいと思われる行為でも、ここでは俺が正義なのだ。
あれ、なんか思ったよりもメンタルに余裕があるな俺。
「ごめんなさい、それは無理よ」
「すみませんレクス……」
あっさり断られた。これじゃあ単に、キモいお願いをした駄目なヤツみたいになってしまうじゃないか。
「い、一応理由を聞いてもいいか……」
「だってまだ朝じゃない。あなたはスキルのせいで疲れてるかもしれないけれど……」
「私達はまだ起きたばっかりですからね。一緒に寝ようにも、全然眠くないんですよ」
「そ、そうだった……! まだ朝なんだった……!」
なんて事だ。これが現実か。俺の願いは、ここで途絶えるというのか。
癒しを求めること。それがこんなにも実現が難しいというのか。現実はなんと無常なのだろう。
「……でも、寝付けるまでそばにいてあげるくらいなら……別にいいわよ」
「え?」
「そ、そうですね……。は、恥ずかしいですけど……レクスも疲れてるみたいですし、ぎゅうっと抱きしめるくらいなら……私は構いませんよ?」
「全然! それでいい! いや、それがいい! そうしてくれるだけで十分だ!」
おお、神よ! 神は俺を見捨ててはいなかった!
いやこの場合、感謝するのは女神なのだろうか。どうでもいいか、目の前の幸運に感謝だ。
「それじゃあ疲れてるダーリンを労ってあげなきゃ、ね?」
「そ、そうですね……だ、旦那様……こちらにいらしてください」
アリアスとローレシアが、左右から俺の腕に抱きついてくる。
この時点でもう俺の脳みそは負の方向から猛ダッシュでプラス方向へと逆走を始めた。
なーにがスキルの副作用だ。知るかそんなもの。こんな可愛い子たちに励まされて、気持ちが落ち込んでいられるか。
癒しこそ正義だ! ハーレム万歳! やっぱり美少女がナンバーワン!
スキルの精神的なデメリットより、俺の彼女達の可愛さの方が何万倍も勝るのだ!
「ああ……癒される……」
「お疲れ様でしたね、レクス……今日はゆっくり休んでください」
「起きたらまた頑張りましょう。でも今日は一日、ゆっくりしてていいわよ……」
「ああ……また明日頑張るよ……ありがとう……」
デカパイの圧に挟まれて俺はゆっくりと眠りにつくのだった。
ところでさっき、俺のことダーリンとか旦那様って呼んでたけど……俺達ってそういう関係だったのか?
てっきり恋人かと思ってたけど……。
そう言えば告白した時にダーリンって呼ばれたような……。
その場のノリではなく、本当にダーリンだったのか?
そこについては起きてから確かめよう。別に俺は構わないけど、関係をはっきりさせておいた方がよさそうな気もする。
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