第二章 元職場崩壊

第31話 元暗黒騎士は戦闘準備をする

「今日も朝早くから赫い雲職人の一日が始まる」


 俺は誰よりも早く起きて、日向ぼる前の空に向かって必殺技をぶっ放す。

 赤い魔力が雲のように空に広がり、この死の大地の強い日差しを和らげてくれる。


「おお、黒き剣! 今日もまた凄い魔法だな!」


 誰だっけ、この人。狼耳が生えてることからレジスタンスの一員であることは確かだろうが。

 申し訳ないことに名前を覚えていない。たぶん直接話したのもこれが初めてじゃなかろうか。


「これが俺の仕事だからな。ここで快適に暮らすには、あの日差しは強すぎる」


「ちげえねぇや。あんたのおかげで俺達も地下暮らしから抜け出せた。まさに亜人の守護者だよ」


 別に亜人の守護者になったつもりはないんだけどな。


「それでアンタは? こんな朝早くからどうした」


「昨日みんなで畑に野菜を仕込んだんだけど、その様子を見に来たんだよ」


「一日そこらで見にいく必要があるのか?」


 俺は農業に疎いから分からない。

 農家の人は毎日様子を見るのが当たり前なのだろうか。


「聞いて驚け! 昨日植えた種が、もう実を作ってるんだ!」


「はぁ?」


 いや、それは流石に嘘だろう。

 俺を騙そうったって、そうはいかないぞ。


 農業知識ゼロのエアプな俺でも、一日そこらで野菜が育つはずがないことくらい分かる。


「ほら、この採れたてのクツァイア! こんなに実の詰まったもんは見たことねえぜ!」


「確かに、昨日お裾分けしてもらった物よりもずいぶん大きいな」


「だろ? これは一体どういうこった! まさに奇跡だ!」


 まさか本当に一日で野菜が収穫出来るとは思わなかった。

 異世界の野菜はそういうものなのか? いや、この獣人の反応からしてこの世界でも異常なのだろう。


「どうしてこんなに育ったのか、検討つくか?」


「クツァイアは魔力を蓄えて育つ野菜って話だろ? この村の上空にはとんでもない魔力の雲があるから、それが影響してるのかもな」


「ああ、あの赫い雲か……」


 それってつまり、俺のせいじゃないか?

 俺が陽射し避けにぶっ放してた魔法のせいで、魔力を吸って成長する野菜の成長を促進してしまったと。


「やっぱり凄えぜ、黒の剣! ここまで考えてやってたんだな! 最初は空に魔法を撃ち始めて、頭がおかしくなったのかと思ったけど、太陽の光を遮るのとクツァイアの収穫を早める二つの目的があったなんてな!」


「いや、まあ……たまたまだ」


「謙遜すんなって! さすが亜人の救世主! 俺達の家まで用意してくれたし、アンタは俺達の恩人だよ」


 いや、本当に偶然なんだけど。

 どうしよう、正直に言ってるのに過大評価されてしまう。

 どうも亜人種のみんなは俺のことを過剰に評価しているようだ。


 実態は脳みそピンクの性騎士なのにな。


「そういえばリーダーが呼んでたぜ。大事な話があるってよ」


「片翼のダンが?」


 どういう用件だろう。

 とりあえず会いに行ってみよう。


「リーダーの家は村の奥にある縦長の家だ」


「分かった、ありがとう」


 さて、ダンは何の用事があって俺を呼んだのだろうか。


 ◆◆◆


「結婚したらしいな」


「誰から聞いた」


「フェリスが言ってたぞ。おめでとうと言っておこうか」


「それはまぁ、どうも」


 ダンの家は二階が無かった。その代わり、吹き抜けのある開放感豊かな家だった。


 俺が家の中を眺めていると、ダンは飲み物を出してくれた。


「俺はネフィティ族の血が濃いからな。鳥人としての習性か、狭い建物は嫌いなんだ」


「なるほどね。いいじゃないか、俺は好きだぞ。こういう家」


「作ってくれたのはお前だろう。本当に何から何まで世話になる。この恩をどう返せばいいのか……」


 作ったっていっても、みんなが満足する家を作れってイメージしただけなんだけどな。

 俺を褒めるんじゃなくて、チートスキルを褒めてくれ。


「それで? 俺を呼んだ理由を聞いてもいいか? 大事な話なのか」


「大事な話だ。まず先に言っておこう。厄介ごとが舞い込んできた」


「厄介ごと? それはどんなものだ」


「帝国の人間が死の大地に来ているらしい。魔力の大きさから幹部クラスの人間、四天王かもしれん」


 大陸最大の国家、ガルドギア帝国。文明の発達も去ることながら、強力な戦士が揃っていることで有名な巨大国家だ。

 俺も暗黒騎士時代に、帝国の四天王と戦ったことがあったっけ。

 中々強かった記憶がある。命令では殺せと言われていたが、納得出来る理由も無いので適当に剣を打ち合って両者退陣した。


 ユグドラ王国に比べたら、遥かに軍事力が高いんだよなぁ。

 なんで当時のユグドラが帝国に対して喧嘩を売ってるのか理解出来なかった。


「四天王がなんで死の大地に来てるんだ?」


「分からん……が、心当たりがあるとすれば一つ。お前だ」


 ダンはこちらに指を向ける。

 俺はダンの指が指す方向、俺の背後を見るが誰もいない。


「誰だって?」


「だからお前だ。黒き剣」


「俺? どうしてそこで俺の名前が出てくる」


「とぼけているのか? それとも本当に分かってないのか」


「いいから、理由を説明してくれ」


 そこからダンはガルドギア帝国とユグドラ王国が今にも戦争を始めそうな雰囲気であること。

 そして帝国が死の大地に注目していることを説明してくれた。


「というわけだ」


「すまない。今の説明で俺の名前が全く出てこなかったんだが」


「はぁ……。お前はどうやら、自分の価値に気付いてないようだな」


「俺の価値は俺が決める。今の俺は新婚で幸せなスローライフをする村人だよ」


「元最強の暗黒騎士という肩書付きのな」


 含みのある言い方をするな。もしかして、それが言いたいのだろうか。


「俺を巡って帝国が動いてるってことか?」


「つまりそういうことだ。この赫い雲を見れば、どこの国だって死の大地で異常が起きたと思うさ」


「そんな大袈裟な。俺は直射日光が嫌で雲を作っただけだぞ」


「この地方全域を覆うほどの、巨大な赤い雲をな。それは天変地異と呼んで差し支えない現象だ」


「魔法ならそういうことも起こせるさ」


「起こせたらこんなに騒ぎにならないだろう……。つまりは、四天王はこの地に強力な魔物もしくは人間がいると予想して調査に来ているんだ」


 なるほど、これも俺が余計なことをやっちゃったパターンだな。


「よくもまぁ、死の大地にやって来る度胸があるな。こんな暑い場所にさ」


「お前の魔法でマシになったからだろう」


「つまり、俺が迂闊に魔法をぶっ放したから、大国に目をつけられたと。おまけに人が出入り出来るような快適な環境に変えちゃうおまけまで付けてしまったと」


「そういうことだ。別に責めるつもりはない。現に俺達はこうして快適に過ごせている。起きてしまった問題に対して、どう対応するか。それを話したかったんだ」


 この片翼のダンという男、レジスタンスのリーダーをしていただけあって、かなり頭が切れる。

 おまけに俺がやらかしたミスについてとやかく言わず、現状出来ることについて考えようとしてくれている。怒っている様子も無い。


 こんな上司が欲しかったなぁ。前世でも今世でも。

 俺の上司ガチャって、ずっとハズレばかりだからな。


「教えてくれて助かった。ありがとうな、ダン」


「何か案でも浮かんだのか? 四天王を迎撃する準備をレジスタンスにさせておこうか」


「そこまでしなくてもいいさ。四天王の目的が知れたらそれでオーケー。暴れようとしても、たぶん何とかなる。最悪、村に被害は出ないようにするさ」


「大丈夫なのか? 相手は大陸最大の帝国、その四天王だぞ」


「お前がさっき言ったんだろ。俺は最強の暗黒騎士だって。心配するな、みんなを巻き添えにしない。約束する」


「危険そうだったら俺も戦闘に加入するからな。お前一人に無茶はさせておけん」


 ちゃんと自分も参加すると言ってくれる。部下に仕事を投げて自分は知らぬ顔をする上司とは大違いだ。


 あの前世のクソ上司、自分の仕事が忙しくなると部下に全部投げて、用もないのに出張に行って遊んでやがったからな。

 電話にも出ないし、帰ってきたら『あの件やってくれた? え、終わってない? 担当お前だよね、なんでやってないの?』とか抜かしやがって。

 お前が嫌で俺に押し付けた仕事を、どうして俺がやらなきゃいけないんだよ。しかも俺はその案件のこと、全く知らなかったし。結局残業して無理矢理解決したけど、あの恨み忘れてないぞ。


 いかん、四天王と戦う前から負の感情が昂ってきた。

 愛剣クロノグラムも震えている。今度はどんな獲物が斬れるのかと期待しているようだ。


 いや俺が勝手に昔の嫌な記憶を思い出して、カタカタ震えてるだけなんだけど。


「さて、それじゃあ行くとするか。どうやらお客さんはこの辺りまで来ているらしい」


 俺は朝の運動がてら、村を飛び出して荒野の方へと向かうのだった。

 巨大な魔力が四つ、確かに四天王の魔力に違いない。


 果たして奴らの目的は何なのか。

 面倒なことにはならないでほしいが。

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