第27話 元暗黒騎士は死の大地を暗黒に染める

 暑い。ひたすらに暑い。日本の酷暑と同じ、暑くて蒸す最悪の気候だ。


「どうにかならないのか、この天気は」


「外に出るのも億劫になるわね……。レジスタンスに食糧のことで話があるのに、これじゃ外に出るのも大変だわ」


「溶けそうです〜……。お二人ともお水を忘れずに飲みましょうね」


 こんなに暑いのは日差しが強いせいだ。

 照りつける太陽が、ここまで憎いと思ったことはない。


「くそ、汗が止まらない。水をいくら飲んでも意味がなさそうだ」


 こうしていると前世の夏を思い出す。仕事で出張に行った時のことだ。

 炎天下の中駆け回り、客先に謝罪を繰り返した。ぬるくなった経口補水液の味を今でも覚えている。

 営業が取った案件なのに、なぜ俺が謝らなければならないのか。俺はあの案件に関わってないのに。

 自分たちで責任取れよ、俺に責任を押し付けるな。そんなことを考えていた。


 分かっている。社会とはそういうものだ。会社に所属して金をもらっているのだから、それくらいするべきなのだ。

 分かっている。だがいくら頭では分かっていても、あの理不尽さは耐えられない。

 俺の精神が子供だったのかもしれない。だがそれでも、納得出来なかった。


 今世も職場に馴染めずにクビになった。

 どうやら俺はどうあがいても社会に馴染めないらしい。


 間違っているのはクソ職場のはずだ。それなのに俺だけクビになって、あいつらは何食わぬ顔で過ごしていた。

 先日お礼をたっぷりさせてもらったが、受けた屈辱はなかなか忘れられない。


「なんか……ムカついてきた」


「本当ね。こうも暑いとイライラしてくるわ」


「私はイライラよりも、単純にキツいです……」


 そうじゃない。前世と今世、理不尽な職場の記憶がどんどん蘇ってきて、暑さも合わさって負の感情が湧いてくる。


「あの太陽……消えないかな」


「何言ってるのよ。太陽が消えたら大変じゃない。でも流石に一日くらい太陽が出ない日があってもいいわよね。そうしたら外で活動出来るじゃない?」


「蒸し暑さは変わらないでしょうけど、かなりマシになりそうですね。蒸し暑さは風魔法でどうにか出来そうですけど、日差しの強さはどうにもなりませんもの」


 太陽、消したいな。魔力ぶっ放したいなぁ。

 あの太陽が憎い。なんで異世界なのに太陽があるんだよ。

 もっと気を利かせろ。俺に異世界で快適に過ごさせろ。


 あの太陽、マジで許せねえ。あいつのせいで、いつまで経ってもスローライフが始まらないじゃないか。全部太陽のせいだ。


「……す」


「レクス、何か言った? 暑さでバテちゃったのかしら。水よ、水を飲みなさい。ほら、あーん」


「あっ! ずるいです、私も! レクス、その……あ、あーん」


「太陽を、消す」


「「え?」」


 俺は愛剣クロノグラムを取り出す。そして刀身を握り、俺の血をたっぷりとクロノグラムに浴びさせた。


「起きろ、クロノグラム。お前の次の獲物が決まった。喜べよ、今度は前のような雑魚じゃない……大物だ」


 黒い剣であるクロノグラムから赤黒い雷が迸る。

 負の感情が高まり、それに呼応するようにクロノグラムの赤黒い雷が唸りを上げる。

 先日、騎士団の連中を殲滅した時よりも、今の方が最悪の気分だ。なにせ前世と今世の嫌な記憶まで思い出してしまったからな。

 そして俺がなぜこんな環境に身を置かねばならないのか、その理不尽さに対する怒りも合わさり、魔力が無限に高まるのを感じる。


「レクイエムではまだ足りない……太陽を墜とす最強の一撃でないと、俺の気は治らない……。さあ喰え、クロノグラム。俺の怒りと血肉を喰らい、更なる力を解放しろ!」


 クロノグラムは俺の言葉に応えるように、紅い魔力が更に赫く変貌を遂げる。


「ちょ、ちょっとレクス? 何をする気なのかしら……凄い魔力が溢れ出てるわよ……?」


「あ、あり得ません! 人間が扱える魔力量ではありませんよ!? でも……かっこいいです……」


「それは……そうね。さすが最強の黒の剣、規格外の魔力を持っているなんて、凄いじゃない」


 褒めてくれるのはありがたいが、今はそんな気分じゃないのだ。

 あの太陽がとにかく憎い。消し去りたい。そんな気分なのだ。


 夏は嫌いじゃない。だがこうも暑ければ、誰だって太陽が嫌いになるだろう。


「堕ちろ太陽! 消え去れ、ダークマター・ナイトメア!」


 俺はクロノグラムを天に突き立てた、その瞬間、魔力の爆発が起きた。

 天に届くほどの莫大な魔力の一撃が、太陽へ向かって放たれた。

 そして魔法を打ち終えると、空はすっかりその様子を変えた。


 死の大地の空が、赫い雲で覆われたのだ。


「くそっ! 太陽は消せなかったか。俺の魔力も大したことないな……。まだまだ修行不足だ」


「いや何を言ってるの!? 今の魔法の威力、凄かったわよ!? 本当に太陽に届くんじゃないかと思ってヒヤヒヤしたわ……」


「今の魔法は間違いなく、神話の神々の魔法と同等の威力ですよ……! 天変地異を引き起こすと言われる極神級魔法か、それ以上の威力です! ああっ、レクスの凄まじい魔力を浴びて、体が震えてます……んっ……!」


「私も……んんっ! あんなに凄い魔法を間近で見たら、レクスの魔力を大量に浴びちゃって……あっ!」


「どんな反応してんだよ……」


 なぜこの二人は艶かしい声を出しているのだろう。

 まるで俺の魔力に媚薬効果があるみたいじゃないか。

 誤解を与えるからやめてくれないか。エ◯同人じゃないんだから。


 これはアレだな。魔力中毒になったんだな。

 あまりにも強い魔力を浴びると、調子がおかしくなると聞く。

 普通は滅多にないことのはずだ。そうでなければ、魔法攻撃を受けるたびに魔力中毒になってしまう。


 それほど俺の魔力が高かったということだ。そう思うことにしよう。


 それか、二人が魔法大好きで凄まじい威力に興奮してるとか、そんなところだろう。

 そうに違いない。じゃないと俺が変態か、この二人が変態かの最悪の二択になってしまう。


「それいにしても……なんか、俺の魔法のせいでなんか大変なことになったな」


 自分でやっておいてなんだが、えらいことになってしまった。空がすっかり曇り空だ。

 あれだけ憎んでいた太陽を見なくて済むとはいえ、目に見える範囲全てが俺の魔力で出来た雲だか霧で覆われてるじゃないか。


「まぁ……直射日光を浴びなくて済むようになったし、結果オーライだ……うん」


 なにより赫い雲で覆われた大地って厨二マインドをくすぐるじゃないか。

 死の大地って名前にもぴったりだしな。これで日中は多少過ごしやすくなるんじゃないか?


「ところでレクス。この雲っていつまで残ってるのかしら」


「…………どうなんだろうな」


 俺はとんでもないことをしたのかもしれない。

 天変地異を引き起こしちゃった。太陽が憎かっただけなのに。


 やっちまったという思いか、雲のおかげか、少しだけ涼しく感じた俺だった。


 ◆◆◆


 ──大陸最大の国家、ガルドギア帝国、四天王の間


「申し上げます! 死の大地に強大な魔力が観測されました! 極神級レベルです!」


 兵の言葉にガルドギア帝国の四天王、火帝のヴォルガトゥスは驚愕した。


「なにぃ!? あそこには生物が寄りつかないはずではないのか!? それに極神級だと? 馬鹿げた話だ!」


 火帝ヴォルガトゥスは衝撃を受けた。神話の神々と同等の魔力を計測したと言われたのだ。驚くのも無理はなかった。


「ヴォルガトゥス、一概に馬鹿げた話で終わらせていい話では無いかもしれませんよ。噂ではグランド・ヴァイス・ドラゴンが支配しているとか聞きましたが」


 ヴォルガトゥスに話しかけたのは、冷静な表情を浮かべる女性であった。

 彼女は冷静に事態を把握しようと努めていた。


「おいおい、水帝ウィーネイルともあろう者が何を言ってる? グランド・ヴァイス・ドラゴンだと? はっ! 御伽話に出てくる怪物じゃねえか! 旧大戦の魔王ですら手がつけられなかった、正真正銘の化け物だ。本当にいると思ってるわけじゃねえよな」


 水帝ウィーネイルに喧嘩腰で話す男、岩帝グランデュクスは荒々しい言葉遣いで笑い飛ばす。

 グランド・ヴァイス・ドラゴンは地竜と呼ばれるドラゴンの最上位にいるドラゴンだ。

 同じ地属性を司る者として興味はあったが、その存在には疑いを持っている。


 ちなみにグランド・ヴァイス・ドラゴンはレクスが瞬殺して肉にしたドラゴンのことである。


「まさか、今の魔力もグランド・ヴァイス・ドラゴンのものではないか?」


「同感ですねヴォルガトゥス。その可能性は大いにあります。神話級の魔力を持つ生物など、同じく神話級の生物であるあのドラゴンの可能性が高いでしょう」


「確かにウィーネイルの言うことは一理ある。だが、別の脅威やもしれぬ」


 ここまで口を開かなかった男が、ようやく意見を口にした。

 その男は四天王の中でも高齢で、威厳のある風格を持つ男だった。


「風帝エーヴィルまで何言ってやがる! あり得ねえって! 極神級の魔力なんて、国ひとつを滅ぼす災厄だぜ。きっと計測ミスかなんかに決まってらぁ!」


「だが我は察知したぞ。おぞましい不気味な魔力をな」


 最年長のエーヴィルの言葉を受け、他の四天王は無言になる。

 確かに自分達も、先ほどの凄まじい魔力を感じ取った。

 計測ミスではないと内心気付いているのだ。


「死の大地マヤト……監視が必要かもしれませんわね」


「もう一つ噂話がある。あのユグドラの黒の剣だが、同じく死の大地にいるとの噂を入手しました」


「黒の剣か……。機会があれば我が帝国に引き抜こうと企てておったが、まさかユグドラ王国があそこまで馬鹿なことをするとはな」


「おかげでお尋ね者を招き入れるわけにも行かなくなったからな。国際問題に発展しちまうぜ。ユグドラ王もせこいところで頭が回ってやがんぜ。ちっ……一回手合わせしてみたかったのによぉ!」


「改めて死の大地に近々派遣隊を送る必要があるやもしれぬ」


 こうしてレクスが気軽に放った一撃が、大国を動かすほどの大問題に発展しているとは、本人は思いもしなかったのであった。


 ◆◆◆


 ──死の大地


 俺のせいで出来た赫い雲は一晩するうちに消えてしまった。

 どうやら日中から夜の間まで雲が残るらしい。


「ねぇ、レクス。毎朝あの技を使えば直射日光も防げて日中に活動しやすくなるんじゃないかしら?」


「日光は浴びたいな。朝イチで日光を浴びると健康にいいって、前世で医者に言われたんだよ」


「でも今のままだと、暑すぎて日光すら浴びずに家に篭ってばっかりじゃない。曇ってても外に出た方が健康的よ」


「そうだな……。そうするか! これから毎日、日が昇る前にナイトメアを空に放つとしよう」


 こうして俺に朝の仕事が出来たのだった。

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