第26話 元暗黒騎士は国王の陰謀を知らずに破る

 ◆ ◆ ◆

 ユグドラ王国──王都


 ユグドラ王は玉座に不敵な笑みを浮かべて佇んでいた。王の前には惨たらしい肉塊が落ちていた。それは暗黒騎士レクスが殺した騎士団長と大司教の死体であった。


「あの暗黒騎士は予想以上の力を秘めていた。まさか聖女を救い出すとはな。それだけでは飽き足らず、我が国の兵力の殆どを狩り尽くしていきおった。流石はが信頼していた騎士なだけはある」


 王は眼前に置かれた肉塊に不快な態度を示さない。それどころか、興味すら無さそうな態度で一人、玉座で淡々と語っていた。


「ロックスとアウリール、共にSランク冒険者相当の実力を持つこの国の猛者である。その二人を寄せ付けず、一太刀で殺すとは……なるほど面白い男だ、レクス・ルンハルト」


 王の言葉に虚偽は無かった。本当にレクスの実力を興味深そうに見ていた。その顔には王としての威厳は無く、邪悪な笑みが張り付いていた。


「だが過ぎた力は世界の秩序を乱す。ここらで本格的に排除するべきである。そうは思わんか? ロックス、アウリールよ」


 王が肉塊に呼びかけると、突如二人の肉塊が蠢き始めた。怪しい魔力の光を放ちながら、肉塊はどんどん形を変えていく。そして人の形を取り戻した。


「へ、陛下……! こ、これは一体……? 私は確か、あの裏切り者に殺されたはずでは……。殺された……? この私があんな若造に殺されただと……!」


「これは神の奇跡でしょうかねぇ。まさか死んだはずの我々がこうして生き返るとは、とても不思議なことですよぉ。陛下、まさかあなたは神級魔法の死者を甦らせる魔法を修めていたとは、いやはやこのアウリール感服いたしましたぁ」


「くだらん戯言はいらぬ」


 王の言葉に、死体から蘇った二人は背筋が凍る思いをした。国王ともなれば、配下を従えるために威厳を身につけるものだ。しかし今、国王から発せられた圧はそういう類のものではなかった。

 もっと邪悪な、ドス黒い悪意が込められていると二人は直感した。


「この国の兵も大分減ってしまったな。これでは数で戦うような戦法は取れぬ」


「ははっ! 全ては裏切り者を甘く見たこのロックスの責任です。陛下、このロックスどんな罰でも甘んじて受けましょう!」


「私は罰なんてゴメンなんですがねぇ。でも責任を取れと言うのなら従うしかありませんねぇ」


「そうだな、貴様らには責任を取ってもらう。その肉体、その魂を以って払ってもらおう」


 王はそう言うと、玉座から立ち上がる。杖を持ち、詠唱を唱え始める。

 ロックスはこれを疑問に思った。国王は近頃体調が悪いとのことで杖を使い始めた。しかし今の国王は杖も使わず、両足で元気に立っている。

 まさか病気という噂は嘘だったのか? と考えていたが、そんな考えは周囲の様子が変わったことで頭から消えた。


「こ、この邪悪な魔力は一体!? 陛下、あなたは一体何をしようとしてるのですか?」


「ひ、ひぃぃぃぃ! わ、私の体に纏わりつくなっ! この穢らわしい魔力がぁぁっ!」


「何を言うか。その魔力こそ、貴様たちユグドラの民が奉る神の力である」


「こ、こんな邪悪な魔力が女神の魔力? そんなはずはありませぬ! 陛下、あなたは一体、この魔力は一体何なのですか! ぐおぉぉぉ……!!」


「ひいやぁぁぁああああッッッ!! 体に、頭に、知らないモノが入ってきますぅぅぅぅ!!」


 騎士団長と大司教の体に、国王から放たれた邪悪な魔力が侵入していく。二人の体が魔力を受け入れ、姿形まで変わっていく。


「よろこべ。神の加護を与えられたのだ。貴様らはこの私の駒として、朽ちるまで利用してやろう。神は神でも、邪神の力であるがな」


 騎士団長ロックスと大司教アウリール、それは人間だった時の名前だ。

 今ここにいるのは、魔族へと変貌してしまった二人の戦士がいた。


「……………………」


「うむ。無事魔族に憑依されたようだな。異界の神の力の一端をその身に宿したのだ。今度こそ私の役に立つのだぞ」


 国王は邪悪に笑う。いや、この男はユグドラ国王ではない。ユグドラ教を信奉する一人の国王が、邪神を信奉する魔族に乗っ取られたのだ。

 ユグドラ教は起源である女神の教えから離れていき、歪んだ宗教と化してしまった。そこを魔族につけ込まれ、知らず知らずの内に邪神教へと信仰先を変えられたのである。

 故にユグドラ王国の本質は女神信仰ではなく、邪神信仰となっていた。


 レクスが不快感を示したり、ローレシアが疎ましく思われていたのはこれが理由であった。


「さぁ、これからは我ら魔族の時代である。戦争を始めよう。かつての大戦で我ら魔族を追いやった亜人どもよ、今度こそ地上から消し去ってやるぞ! この魔王ウルニールがな!」


 国王の肉体と精神は乗っ取られ、魔族の王ウルニールが国王に成り代わっていた。そして邪神を信奉する拠点としてユグドラ王国を陰から操っていたのだ。


「この肉体の持ち主、ユグドラ国王は教会の信者に聖痕スティグマを刻んでいたな。あの聖女にも刻まれていたはずだ。これを利用して、邪神の魔力を聖痕に流し込み、国民全員を魔族にしてやろうぞ! ふはははは!! せっかく助けた聖女が魔族に乗っ取られるのを想像すると、あの暗黒騎士の悔しがる顔が目に浮かぶわ! ふははははは!!!!」


 国王、いや魔王はその邪悪な魔力を使い、ユグドラに住む民を魔族へと変異させていった。ユグドラ王国は一夜にして、魔族の国へと堕ちたのだった。


 ◆◆◆


「あぅ……あ、頭が痛い……です」


「どうしたローレシア。気分が悪いのか。昨日の酒が悪かったかな」


「そ、そうではなく、なんだかとても悪い魔力が、体の周りを包んでる気がします……不気味ですね、普通じゃない感じです」


 ええ、怖い。なんだよ、ホラー系の話か? 俺嫌なんだよなぁ、この手の霊感ある人の話みたいなの。

 前世で友達と一緒に霊視出来る人に見てもらったことがあるんだが、『あなたには疲れて死んだ会社員の霊が憑いてます』って言われたんだっけ。

 あれから数日、俺は怖くて夜中にトイレに行くのも怖くなった。ホラーまじで苦手。


 あれ? 今思い返すと、あの霊視って当たってたんじゃないか? 俺もブラック企業に疲れて仕事辞めた後に死んだし。

 え、前世にも本物の霊がいたってことじゃないか。こわ〜……。


「って俺の前世はどうでもいい。今はローレシアだ」


 ローレシアの体を観察してみる。この一見おとなしそうな服装の中に、アリアスに負けないデカパイが収まっていると思うと感慨深い。

 それは関係ない話だが。


「どれどれ、ああこの気分が下がりそうな魔力がそうだな」


 確かにローレシアの周囲にドス黒い魔力が流れている。見たことない魔力の雰囲気だ。これは確かに普通じゃない。

 よく観察してみると、魔力はローレシアの体から発生しているように見える。ローレシアのような聖女から、こんな汚い魔力が出てくるはずがない。何か異常が起きているのは間違いない。


「どこか痛いところとか無いか? その魔力、ローレシアの体から流れてるぞ」


「そ、そうなんですか? あ、そういえば昨日の夜から聖痕スティグマが痛むんです」


「スティグマ? それって何だったかな。どこかで聞いた記憶があるんだが」


「う、嘘ですよねレクス!? ユグドラ国民の八割以上が体に刻む痣ですよ……! ユグドラ教会に祝福を与えられる際に刻まれるのが通例です。教会がある町なら、住民全員が聖痕スティグマを刻んでいるはずですよ!」


「あー。そういえば孤児院から騎士団に入った時に刻まれそうになった記憶が……。なるほど、あれが聖痕スティグマなのか」


「刻まれそうになったって……レクスは聖痕スティグマが刻まれてないのですか!?」


「なんか魔力で痣を刻まれるのって痛そうだったし、ユグドラ教のマークがダサかったんで、ついすっぽかして」


「そ、それでよく聖痕スティグマ無しで騎士団に入れましたね。他のみんなは刻まれていたでしょう?」


「大丈夫です。バレそうになったら、クロノグラムで皮膚に痣を刻んでたんでバレませんでした」


「そっちの方がよっぽど痛そうな気がするのですが……」


 俺の前世って日本人なのだ。日本でタトゥーや刺青をしてる人ってあまり見かけなかったし、ちょっと怖い印象があったのだ。

 俺の職場だと入社時の契約書に反社との付き合いが無いか、体に刺青が無いかとかチェック項目があったからな。

 それくらい日本人には馴染みがないのだ。


 まぁ聖痕なんて厨二ワード、憧れる気持ちもある。問題はユグドラのマークがダサい。

 なんか四角形と菱形を組み合わせた手抜きマークみたいで、厨二心が刺激されない。もうちょっとデザインに凝って欲しいものだ。


「この聖痕スティグマから気持ち悪い魔力が流れてきたのは分かった。それがローレシアの体に悪さをしようとしてるのも分かった。じゃあ消しちゃおう」


「え? 消すってどういうことでしょうか?」


「ちょっと待ってろ。発動しろ【ダークマター】!」


「レクスのスキルですね! でも一体、何をしたんですか?」


 説明するのも面倒くさい。いかんな、今回は架空のモノを生成したせいで気分が落ち込んでしまった。

 だがローレシアの身に不穏なことが起きようとしている。ここは出し惜しみをせずに全力でスキルを使うところだろう。


「聖痕ってどんな意味があったか覚えてるか?」


「えっと、そうですね。ユグドラ教会とユグドラ教に信仰をすると誓う証に聖痕スティグマを刻まれます。その恩恵として、魔力の増強などの効果が得られます」


「なるほど、ステータスアップの効果がある呪いみたいなものか。よかった、俺の生成したモノが役に立てそうだ……」


「レクス……スキルで生成するよりも、先に今の話を聞いた方が効率的では?」


「それは、ほら。なんか……かっこいいだろ……? 効果はありそうだし、結果オーライってことにしてくれ……」


「なんだか疲れてます?」


「スキルの副作用……。ちょっと時間経てば治るから、放っておいてくれ……ああゴメン、言い過ぎたな……」


「レクス……? なんだか凄い悲しそうな顔をしていますけど、大丈夫ですか? 後で悩みを聞きますよ?」


 ああ、ローレシアは聖女だなぁ。こんな優しい子が俺に気をかけてくれてるのが申し訳ない気分になる。

 落ち込んでる場合じゃない。とりあえずローレシアの聖痕をどうにかしなきゃいけない。


「俺が作ったのは解除の剣だ。魔法による契約、呪い、毒、状態異常を全て解除する魔法の剣だ……。これでローレシアの聖痕を貫けば、聖痕が消えて気持ち悪い魔力が流れてくることも無くなるはず……たぶん」


「つ、貫くって……その短剣で貫くんでしょうか。あの、怖い……い、いえ! レクスが私を助けてくれようとしてるんです。少しくらい痛いのも我慢します!」


「あー、大丈夫……。この剣に物理攻撃力は無いから。霊剣みたいなモノだと思えば……」


「よかった、本当は痛かったらいやだなって思ってたんです……えへへ。じゃあ……お願いします……」


 ローレシアが服を捲る。綺麗なお腹だ。引き締まって、綺麗な縦筋が見える。美術品のような美しさ。素晴らしい。

 それはそうと、大きな痣があった。そこから気持ち悪い魔力が発生している。昨夜、風呂でローレシアの裸を見たが、あの時みた痣は聖痕だったのか。


「それじゃあ行くぞ。おりゃ」


 ローレシアの聖痕に解除の剣が突き刺さる。物理的な攻撃力は無いため、貫いたような感触は無い。

 だが効果は一目瞭然だった。聖痕があっという間に消えたのだ。


「わぁ……! 体が一気に軽くなりました! レクス、ありがとうございます!」


「いや全然大したことは……。それよりローレシア、朝ごはんは何がいい? 肉と肉と肉があるけど」


「ん〜〜。じゃあお肉でお願いします」


 こうしてローレシアのよく分からん体調不良問題は解決した。

 あのダサい聖痕も取り除けたし、いい朝を迎えたと思う。

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