第24話 聖女とエルフとステーキと赤ワイン
ジューシーな肉の香りが鼻腔をつく。食欲が湧いてくる良い匂いだ。俺はステーキにライスをつける派の人間だが、米がないのが残念でならない。
ダークマターで生成してもいいが、米という重要そうなモノを気軽に作ってしまうと今後に響きそうだから今回はやめておこう。
「今日はどんな料理が出てくるのかしら。とてもいい匂いだったわよ」
「楽しみです! お肉なんて久々に食べます!」
「今日は肉料理の中でも頂点、これを食わなきゃ何を食べる! そう、ステーキだ!」
「ステーキ! 貴族が食べるアレね!」
「王宮料理人が作っていると聞いたことがあります! もしかしてそれを食べられるんですか!?」
この世界ではステーキは庶民が食べることの出来ない高級料理だ。前世ではステーキ専門店があるくらいには普及していたが、企業努力の凄さに感服する。
俺も転生してからステーキなんて食べたことがない。久々のステーキにテンションが上がってしまう。ダークマターの副作用も、架空のモノではなく前世の世界にあるものを生成したから負担が少なく、軽度の気怠さで済んでいる。
「ただのステーキじゃないぞ。俺の【ダークマター】で用意したスパイスと高級ステーキソースで作った最高のステーキだ! これは貴族だろうが食えやしないだろう」
「勿体ぶらずに早く食べたいわ! 匂いだけでヨダレが出そう!」
もう出てるぞ、ヨダレ。とても美少女エルフがしていい顔じゃない。それでもカワイイのがずるい、と本日二回目の感想を抱く。俺も俺でアリアスに甘いな。
だがアリアスの気持ちも分かる。俺も正直早く食べたい。ナイフとフォークを握る手が、獲物を求めてソワソワしている。
「食べ方は分かるよな? ナイフとフォークで食べるんだけど、大丈夫そうか」
「そんなの簡単じゃない! 以前食べたソーメンの時は箸っていう二本の棒を使わされたけど、ナイフとフォークくらいなら私でも使えるわ!」
「こんな金属製のものは使えませんけどね。平民だと木製のスプーンを使うことが多いですから」
なるほど、言われてみればこの世界では食器ひとつとっても平民と貴族の差が大きいんだな。
思い返せば俺も騎士団の寮舎では、手掴みかスプーンで食べるのが多かったような気がする。
そのうち食器も自分たちで作ってみるか。まずは簡単な木製のものから作って、ゆくゆくは金属製のモノを作りたい。
「じゃあいただきまーす!」
「美味しい食事を頂けることに感謝します女神様……いただきます」
「さて、俺も食べようか。いただきます」
俺達は三人揃っていっせいにステーキを口に運んだ。そして数秒の沈黙があった後、俺達は大声で叫んだ。
「なんだこれ、美味い! 美味すぎるだろ! え、こんなに変わるのか? バーベキューも美味かったけど、これはそんなレベルじゃないぞ!? 俺の料理美味すぎないか!」
「おいしい〜! 頬がとろけ落ちそうだわっ! 分厚い肉なのに溶けるような感覚があって、脂が甘いのね〜!」
「おいひいでふっ! あ、すみません口に食べ物を入れたまま……ゴクン。おいしいですよレクス! 人生で一番美味しい食べ物です! ドラゴンの肉ってこんなに美味しいんですね、初めて知りました!」
「味付けが好みだわ。このソースが美味しいのかしら? どんなものが入ってるのか気になるわ。お酒に合いそうっ!」
「いや我ながらこれは完成度高いな! さすが前世で人気だった料理動画投稿者のレシピなだけはある。いや、ドラゴンの肉が良いのか? 冷蔵室で肉を寝かせてたから熟成したとか? 熟成がどんなものか知らないが!」
詳しい理屈は分からんがとにかく美味いかった。前世で食べた高級ステーキでもここまで美味しかっただろうか。
ダメだ、我慢できない。どんどんステーキを切り分けて口に運んでしまう。
肉の油が旨味と甘味を出している。これはもう、肉独自のソースのようなものだ。旨味で口の中がこそばゆい。唾液が止まらないぞ!?
「レクス、お酒! お酒を出して! このままだとステーキが一瞬で無くなるわ! こんな美味しい料理、お酒と一緒に味わわなきゃ失礼だわ!」
「お、おう! 発動しろ【ダークマター】! 絶品ステーキに合う最高の酒を生成しろ!」
「そんなものまで作れるんですか?」
「レクスのスキルは万能なのよ! 制約はあるけどね。面倒臭〜いデメリットもあるのよ」
「面倒臭い言うな。俺にとってはキツいんだ。まぁ今回は前世の世界にあったモノを生成してるから、負担は軽いけどな。酒もいい感じのモノを生成してみたぞ」
俺が生成した酒は、そう! ステーキといえばこれだ。高級赤ワイン!
クイズの正解で出演者を格付けするテレビ番組で見るような、一本数百万円のワインを生成した。
メンタルに負担が来ていないことから、おそらく前世の世界に存在する有名なワインなのだろう。こんなアバウトなイメージでも、出来ると思えば生成出来るのはダークマターのいいところだ。逆に出来ないと思えば、いくらイメージしても生成出来ないのがデメリットでもあるが。
とにかくステーキに合う数百万クラスのワインということは確かだ。
ご丁寧にワイングラスが三人分ある。この世界にワイングラスってないのか? ありそうなものだが。
もしかしてこの世界で普及しているグラスとは素材が違うからセーフとか、そういうやつだろうか。それとも俺が生成出来ると思えば出来るということか。
「さあ、このワインを飲もう! きっとステーキももっと美味しく感じるぞ!」
「高級そうなワインね! あれ、ワインってこの世界にもあるわよね? まぁ細かいことはいいわ! 早く飲みましょう!」
「あ、あの私は年齢的にお酒はちょっと……」
「ローレシア様、ここは死の大地です。どこの国にも属していない、独立地帯です。つまり法律なんて知ったこっちゃない、そうは思いませんか」
「ええと、一応聖女ですし……お酒は十八歳からというのは守らなきゃいけないのではないでしょうか?」
「あら聖女様。そう言う割にはグラスに注がれるワインに目が釘付けじゃない? 興味あるんでしょう、そうでしょう? 美味しいわよ、大人の味がして。きっとこのステーキが何倍も美味しく感じるんじゃないかしら」
「…………ゴクリ」
「さぁローレシア様、グラスをどうぞ。大丈夫、体調が悪くなったら治癒魔法をかけますから」
ローレシアは俺が差し出したグラスを受け取ると、無言で口をつけた。
そしてしばらく黙った後、唇に手を当てて恍惚とした表情を浮かべた。
「これが……ワインの味なんですね……おいしい」
何その表情、エロい。
清楚な子が酔うことでしか得られない栄養がある。なるほどこれは美少女癖学会に報告できるかもしれない。そんな学会無いのだが。
さて、俺もワインを一口飲んでみよう……こ、これは!
「ステーキと合うな、いやマジで合うな!? これが最高級のワインか、なんか分からんが美味いことは分かる!」
「レクス、語彙力が無さすぎじゃないかしら。こう言う時はちゃんと分かりやすく端的に……美味しい!」
「お前も変わらないじゃないか。いやでもそれ以外表現が見つからないな。芳醇とか独特の渋みとか、よく分からんが美味い! こりゃ食が進むな!」
「おいしい……お酒って……いいものですねぇ〜……」
こうしてローレシアの歓迎会を酒と肉で迎えた俺達だった。
ダークマターの無駄遣いと思われるかもしれないが、告白した後にショボいメシを食わせるわけにもいかないだろう。
みんな満足そうに食事を楽しんでくれた様だし、俺としても満足だ。
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