第23話 家に着くまでが遠足

「レクス、暑いです……」


「暑いですね、ローレシア様」


「すっごく暑いです……」


「すっごく暑いですね」


 飛空艇で死の大地マヤトへ戻ってきた。

 照りつく太陽がいやに眩しい。頭の中が沸騰しそうな感覚に辟易する。


「ここが死の大地ですか……本当にこんなところで人が生活できるんですか?」


「出来ないと思いますよ。普通だったら、こんな灼熱の大地に数十分もいたら倒れると思います」


「ですよね? 私がわがままなわけじゃなくて、我慢できないくらい暑いですよね?」


「まぁまぁ、ここから少し行けば我が家ですから」


 俺はレジスタンスたちと別れを告げた。食料や村作りの件についてはまた後日相談する。

 今日は派手に暴れたからな。帰ってゆっくり休むことにした。


 俺は停めてあった自動車、魔導SUVで自宅に帰ることにした。

 ローレシアは初めて見る自動車に驚いていた。馬がいないけど、どうするのかという質問には少し笑った。微笑ましい。


「こんな箱が勝手に動いてくれるなんて、便利な乗り物ですね!」


「運転しなきゃいけないから、そこら辺は馬車のほうが便利ですけどね」


 運転は俺にしか出来ない。異世界の人間が自動車の運転方法なんて分かるわけないし、仕方ないだろう。

 それにしても車の中は快適だ。何よりエアコンがあるのが最高。もし無かったらほんの数分で俺達は熱中症になっていたことだろう。

 我ながら自分のチートスキルに感謝だ。


 そうして数十分ほどのドライブの後、我が家に帰ってきた。半日と離れていないはずなのに、やけに懐かしく感じる。

 旅行に行った時とか家に帰るとなぜかこういう感覚になる。非日常から日常に戻ってきた感じとでも言おうか。


「これがレクスの家ですか……とても不思議な建築方法ですね」


「まあ見慣れないでしょうね。俺のスキルで作った家なんですけど、説明は後にしましょう。暑いからとりあえず家の中に入りたいし」


 エアコンは入れっぱなしにしていたはずだ。きっと涼しいことだろう。

 エアコンの入れっぱなしは魔力の無駄遣いだが、エアコンを切ったまま出かけると帰ってきた時が大変だ。必要経費と割り切るしか無い。


「す、涼しいですっ! まるで冬のような寒さですよ……!? これは魔法ですか?」


「ある意味魔法とも言えるけど違うような……。まあ俺のスキルで作った魔道具って認識でいいですよ」


「あ〜生き返るわ〜よっこいせっと」


「おい、そのソファは俺の特等席だぞ。どけよアリアス」


「いやよ。私、とっても疲れたんだもの。ぜったいどいてあげないわ〜」


 この金髪デカパイ美少女エルフめ、こっちが強気に出れないと思って好き勝手やりやがって。

 まぁ別にいいけどな。実際今日は大変だった。アリアスもよく働いてくれた……あれ?


「おいアリアス。お前疲れるようなことしたか?」


「王都に行ったじゃない。とっても疲れたわ。もうへとへと」


「いや飛空挺に乗ってただけだよな。疲れてないじゃないか、どけどけソファには俺が座る」


「いやだ〜! ぜったい退かないわよ〜!」


 俺とアリアスがソファの権利を求めて攻防を繰り広げていると、それを見てローレシアが笑う。


「本当に実家みたいな感じなんですね。不思議な建物だったから緊張しましたけど、なんだか安心しました」


「そうそう、これから聖女様もここで暮らすんだから、適当にくつろいでいいのよ〜」


「お前はくつろぎすぎだろ、ったく。ローレシア様、どうか楽にしててください。今飲み物を持ってくるんで」


「私はビールがいいわ〜!」


 ビールなんて高級品があるわけないだろう。我が家にあるのは悲しいことに水だけだ。蛇口から出てくる水だが、不純物が無くて飲みやすい。これはこれで悪くない。

 ところでこの水、果たしてどこから来た水なのだろうか。この荒れた地で水源があるとも思えない。水の魔石で作った水なのだろうか。上手ければなんでもいいか。


「ふぅ……冷たくて美味しいですね。井戸の水ではここまで透き通った味はしません」


「ローレシア様に水だけ出すのも申し訳ないんですが、せめてお茶でもあればよかったんですけど」


 ダークマターで生成しておくべきだったか。日本のお茶パック数十個セットとかなら生成出来そうだが。


「いえ、お気になさらずに。私も今日からここでお世話になるんですから、贅沢をするわけにはいきません」


 ああ、ローレシア。聖女の身分を奪われたが、やはり性格は聖女そのものだ。

 なんて健気で可愛らしいのだろう。一緒に暮らせるのが夢みたいだ。


「それよりもレクス、あなたお風呂に入ったほうがいいんじゃないかしら」


「そうですね。戦いの後で汗や汚れがついてますし……って、お風呂があるんですか!?」


「聖女様は知らなかったわね。そうよ、この家にはお風呂があるの! しかもお湯が自動で沸く魔道具なのよ!」


「そんな素晴らしいものが……あ、あのレクス! わ、私もお風呂に入っていいでしょうか!」


 ローレシアも風呂は珍しいと思うのか。貴族じゃないと入手出来ないもんな。ローレシアは貴族待遇みたいなものだったが、本人に欲が無くて仕事熱心だったから買う機会も無かったのだろう。


「いいですよ。じゃあ風呂の準備をするんで、少し待っててください。ついでに夕飯の準備もするか」


「晩御飯! 今日は何を食べるの……って、まだ肉が余ってたわね」


 ドラゴンの肉はとても二人では食い切れないくらい残っている。このままでは傷んでしまうので、ダークマターで家を改築して少し広くした。

 地下室を作ったのだ。そこで保存部屋を作ってドラゴンの肉を保管している。前世で言う冷凍コンテナみたいな感じだ。


「肉を取ってくる。今日はローレシア様の歓迎会ってことでパーっとやろう」


「何々!? 豪勢にやるのかしら? いいわね、お酒も飲みましょう! パーティよ〜!」


「酒のことになるとうるさいな……。まぁ俺もそこまでケチじゃない。肉に合う酒もスキルで生成しよう」


「わ、私のためにそこまでしていただかなくてもいいんですよ? 贅沢は敵とよく言いますし」


「ここはユグドラ王国じゃありません。ちょっとの贅沢くらい、女神様も許してくれますよ。隣人に優しくしろって言うでしょう?」


「そ、そうですね。ご厚意は素直に受け取らなきゃ失礼に当たります。ではレクス、お願いしてもいいですか?」


「もちろん」


 と言っても、俺は特別なことをするわけじゃないのだが。

 冷蔵室からドラゴンの肉をひと塊取り出し、台所で切っていく。


「よし、発動しろ! 【ダークマター】!」


 俺が生成したのはオリーブオイルと各種スパイスだ。ステーキに合う様にイメージしたモノが生成された。前世でよく料理動画を見ていたので、覚えておいてよかった。

 ステーキに下ごしらえをしたらフライパンで焼き上げていく。


「いい匂いですぅ……あっ」


「あら、聖女様ったらお腹が鳴っちゃったわね。そんなにお腹が空いてたのかしら」


「えへへ……ここ数日、ロクな食事も取れなかったものですから……」


「聞いた、レクス? 今夜はいっぱい食べるわよ! お酒もね!」


「わかってるよ。俺も今日はドカ食いしたい気分だからな」


 なにせクソ職場との因縁を払拭できたのだ。ようやくストレスの元から解放された。これが食わずにいられるか? とことん食べるに決まってる!


「風呂とメシはどっちが先がいい?」


「もう少しかかりそうなら、先にお風呂入ってくるわ」


「ああ、楽しみにしてろよアリアス。今日の肉は禁断の味だぞ」


「ごくり……言ってくれるじゃない。ふふ、いいわ。その言葉を信じてお腹を空かして待っててあげるわ。せいぜい私のお腹を満足させてくれる料理を出しなさいよね」


 アリアスめ、肉の匂いに釣られてテンションが変な上がり方をしているな。なぜかライバルキャラが言いそうな台詞を吐きながら風呂に向かっていった。

 ヨダレが垂れてる顔で言われてもギャグにしか見えないんだよなぁ。しかしそんな顔でさえ綺麗だからずるい女だ。


「ローレシア様はどうします?」


「私は先に夕飯を頂こうと思います。その、恥ずかしながらお腹がもうぺこぺこでして……」


「元気な証拠ですよ。本当にあなたが無事でよかった」


「そうですね、さっきまでこんな風に夕食を食べられるなんて考えていませんでした。なんだかさっきまでの出来事が嘘のようです」


「忘れていいんですよ、あんなの馬鹿な夢です。俺達にはもう関係ないんです」


「私、ショックを受けていたんです。国王陛下に裏切られ、騎士団長と大司教に捕まって、民衆に偽聖女と罵倒されて心が折れそうでした」


 あんな状況に置かれたら誰だって心が折れるだろう。俺なら泣いて漏らしてる自信がある。俺の場合はそうなる前に逃げ出すけど。ローレシアは真面目だから、最後まで残ってしまった。

 この真面目で優しい少女を散々利用して使い捨てにしようとしたユグドラ王国のことを思い出すと、またストレスが溜まりそうになる……忘れよう。


 そういえば国王陛下はどうしているだろうか。暗黒騎士をクビになる前から、俺は陛下とあまり話してなかったんだよな。

 あの人も善人のはずだが、今回ローレシアを処刑しようと決めたのは陛下だと言う。俺の中の陛下のイメージと一致しない。本当なのだろうか?


 まぁいいか。いくら拾ってくれた恩があるとはいえ、俺と陛下はもう無関係だ。

 それに事情を知らない俺がいくら考えても、考えるだけ時間の無駄だろう。


「お風呂上がったわよ〜!」


 アリアスの元気な声で我に帰り、俺はフライパンに意識を戻すのだった。

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