第20話 元暗黒騎士は蹂躙する
「終わりましたよ、ローレシア様。さあ、行きましょう」
「れ、レクス……な、何も殺さなくたってよかったのではないですか……?」
ローレシアは怯えた表情をしている。
そりゃそうだ。
客観的に見たら、俺はただの殺人鬼に見えるだろう。
だが知ったことか。
目の前の少女を助けるためなら、俺は鬼でも悪魔にでもなろう。
「あなたは俺の恩人だ。このクソみたいな世界で俺を照らしてくれた光だ。そんなあなたをみすみす見殺しになんて出来ない」
「私のためですか……それは、あなたに重い罪を背負わせてしまいました」
この期に及んで俺の心配をしている。
全く、お人好しも度が過ぎると良くないな。
「あなたが処刑される原因になったのは、俺を庇ってのことだと聞きました。ならお互い様でしょう」
「それは……それはあなたが素晴らしい騎士で、謂れのない罪で追放されたから陛下に直談判に行っただけです。それなのに私のせいで、これで本当にお尋ね者となってしまいます」
「そんなの気にしてないですよ。あいにく俺は今の生活が気に入ってます。こんな国で暮らしていたのが嘘みたいな、刺激的で大変な日常です」
「無事国を抜け出せて、楽しく暮らせているのですね……よかった……。これで思い残すことはありません」
ローレシアの言い方はまるでここで死ぬかのような意味合いが含まれている。
聖女である自分は責任を取って処刑されるべきという、強迫観念にとらわれているのかもしれない。
馬鹿らしい。
ローレシアのことじゃない。
その考えも責任も、全てユグドラ王国が勝手にローレシアに背負わせたものだ。
俺が謂れのない罪でお尋ね者になったのと同じようなもの。
だったら、こんな馬鹿げた国から抜け出せばいい。
「レクス? ちょ、ちょっと何を……きゃっ!」
「いきなりの失礼は簡便してください。こうでもしないとあなたはてこでも動かないだろうから、無理矢理連れていきますよ」
俺はローレシアを抱きかかえる。
いわゆるお姫様だっこというやつだ。
なるほど、自分より華奢な女の子を抱えるのにこの方法は理にかなっている。
「あ、あの……恥ずかしいのですが」
「ほら、もうさっきまでの気分は消えたでしょう? そんなもんですよ、人生なんて。終わったと思っても、案外やり直せるものなんですよ」
俺は前世で転職に失敗した。
地元のクソブラックのベンチャー企業に就職して、そこで陰鬱な社畜生活を送った。
だがある日吹っ切れて、クソムカつく上司に退職願をぶん投げてやめた。
貯金はちょっとだけある。
まずは気晴らしに遊んで、それから今度こそ自分に合う転職先を見つけよう。
そう思っていた矢先に死んでしまった。
だが運良くこの世界に転生して、そこでもクソ職場で精神を摩耗させた。
いつか辞めてやると思いつつ、知らない世界でどうすればいいのか分からず行動を起こせなかった。
だがいざクビになったら、なんでもやってみて、憧れのスローライフも始めた。
以前よりも大変だが、メンタルが元気になるのを実感している。
「やり直せますよ。あなたは強い人だ。こんなところで腐っているのは時間の無駄だ」
「レクス……。本当に、私を助けに来てくれたんですね……」
「もちろん。かわいい子に呼ばれれば、どこへでも駆けつけますよ」
「ふふっ、そうやっていつも私をからかってばっかりです」
割と本気なんだけどな。
今回だって呼ばれてもないのに、こうやって駆けつけたわけだし。
「レクス、お願いがあります」
「なんでしょう」
「私を……ここから連れ出してください!」
その言葉を待っていた。
俺は思わず気分が高揚して、鎧のマントを翻す。
そして高らかに宣言するのだった。
「聖女ローレシアは頂いていくぜ! お前ら騎士団や教会、クソ市民どもにこの子はふさわしくない! せいぜいイカれた宗教ごっこで慰め合ってろ愚民ども!」
騎士団長と大司教が死んで混乱していた騎士と教会の魔法使いは、そこではっと我に返る。
「に、逃がすな! なんとしても聖女ローレシアを捕らえろ!」
「ですが隊長! 相手はあのレクス・ルンハルトですよ!? 騎士団最強の! 団長が赤子のようにやられてしまうほどの悪魔です!」
「構うな! やれ! 教会側はやつが逃げられないように結界魔法を使え! やつがどんな方法でここに来たか知らんが、ここから逃がすな!」
おいおい、この期に及んでまだ俺の邪魔をするのかよ。
懲りねえなぁこいつら。
民衆も最初こそ驚愕していたけど、今やすっかり処刑の再開を期待している様だ。
「第八防衛守護結界魔法──プリズン・プロテクション! どうです、百人がかりで唱えた結界からは逃げられないでしょう?」
「隙あり、死ね裏切り者のレクス・ルンハルト!」
「どいつもこいつも……」
俺の頭はクリアになっていた。
キレたというのも違う。呆れを通り越して、諦めの気分になったのだ。
言っても分からない馬鹿ばかりだ。
「ローレシア様、もう少しだけ待っててください。あと、気分が悪くなるから目を閉じておいた方がいい」
俺は抱えていたローレシアを安全な場所に下ろして、頭を撫でた。
そして再び敵の集まる処刑の場所へ舞い降りる。
「久しぶりの獲物だ、クロノグラム。思う存分暴れさせてやる」
俺は愛剣クロノグラムの切っ先に指を置く。
そこから俺の血がクロノグラムの刀身に滴り落ちる。
その瞬間、漆黒の剣が大きく脈動を打った。
ドクン! ドクン!
まるで生物のようなその反応こそが、クロノグラムが目覚めた証だった。
「俺の血は美味しいだろ。そういう風にお前を生成したんだからな。さあ起きろクロノグラム。蹂躙の時間だ」
「そ、そんな虚仮威しに騙されるもの……かっ……?」
「まずは一匹」
起動したクロノグラムは漆黒の刀身から、紅く蠢く魔力が漏れ出ていた。
俺の血、つまり俺の魔力を餌にこいつは真の力を発揮する。
俺しか使用出来ないように仕掛けた暗証ロックのような機能だ。
あと使用者の血で覚醒する剣がかっこいいという理由でダークマターで生成した。
「ひぃ、ふぅ、みぃ、駄目だ。多すぎて数えられないな。悪いが民衆に避難勧告でも出しといた方がいいぞ。じゃないと巻き込んじまうからな」
「ふざけたことを言ってくれる! いくら最強の暗黒騎士であろうとも、我ら王都に集まりし騎士団の精鋭相手にいつまで保つかな」
「それはこっちの台詞だ。お前ら全員顔に見覚えがあるな。そうか、王都の騎士団ってことは宿舎や訓練場でいつも見かけるやつらか」
陰で俺のことを馬鹿にしてたやつ。
宿舎の食料泥棒を俺に押し付けて、それを武勇伝のように仲間に語ってたやつ。
俺が使う訓練用の木剣の柄に棘を仕込んでたやつ。
俺の宿舎の部屋の隣で、酒を飲んで俺の悪口大会で盛り上がってたやつら。
そして俺が騎士団本部を出入りするたびに肩をぶつけてきたやつ。気付かないふりしてそのまま相手の肩をぶっ飛ばしてやったが。
それを真似して足を引っ掛けてきたやつ。これも気付かないふりして相手の足を思い切り踏み込んでやった。
俺がローレシアと話すたびに、ローレシアに俺のあること無いことを言いふらしていたやつ。
極めつけに、俺の鎧に猫の糞を入れたやつ。お前のせいで鎧までダークマターで新調したんだぞ。
「お前ら全員でかかってこい。俺からの餞別をくれてやる」
「ふふふ、聖女の前だからとカッコつけすぎだ愚か者め! やれええええ!」
「「「おおおおおおおぉぉぉぉぉ!!!!」」」
全員の動きがスローモーションのように見える。
このまま避けるのは容易い。
はっきり言って、こんな奴らに本気を出すなんて勿体ない。
しかし俺はこいつらに散々コケにされてきた。
それ相応の仕返しをしないと腹の虫がおさまらない。
「捉えたァァ!」
およそ数十人の騎士たちが代わる代わる俺に一撃を与える。
遠くから弓矢で攻撃してくるやつもいた。あいつも殺す。俺の靴の中に泥を入れたことがあるやつだ。
魔法使いたちも次々と中級、そして上級魔法を俺に浴びせる。
「きゃあああ!」
「こりゃ見物してる場合じゃねぇ!」
「聖女の死刑なんてどうでもいい! 俺達市民はここから避難だああ!」
「うわああああ!」
ふぅ、ようやく邪魔な民衆が消えてくれたか。
これで俺も周りを気にせず戦える。
周囲に目をやる。
他の建物に隠れているやつも含めて、騎士はおおよそ一◯◯◯人はいるか。
「大技で一気にぶっ潰すのが手っ取り早いが、効率よりも達成感を重視しよう。俺はそういうコツコツやるのが好きなんでな」
「こ、こいつ……あれだけの攻撃を食らって平然としてやがる……」
「よ、鎧だ! あの禍々しい鎧が攻撃を弾いてるんだ!」
そんな魔法の鎧なんて持ってるわけ無いだろ。
俺の鎧はクロノグラムと同じで、俺の魔力を吸うと強固になるだけだ。
つまり俺の魔力がここにいる全員より高いというだけのこと。
「もう終わりか? お前らよく言ってたよな。お前みたいな落ちこぼれは素振りを一万本しろ。終わるまで帰るなって。俺は律儀に守ってたんだぜ? 職場の先輩の言うことだからな」
転生した俺の才能のおかげか、そんな馬鹿げた訓練も達成できたのだが。
「お前らこうも言ってたよな。敵の攻撃を防げないのは騎士として失格だって。それでまだガキだった俺のことを、よく練習台にして木剣で殴ってくれたよな。いい年した大人が」
「うるせえ、騎士になれなかった落ちこぼれの暗黒騎士が! お前のようなやつがいると、騎士団の士気が下がるんだよ!」
それはお前らが俺を虐めたからだろ。
お陰様で俺の心はすっかり闇属性に染まってしまった。
「今から俺がそのお礼をしてやる。覚悟しろよ? クズ共が」
俺は魔力を解放した。
クロノグラムはもはや、黒い剣では無くなった。
刀身の周りに赤黒い雷が発生し、禍々しい何かへと変貌した。
これこそが俺の暗黒騎士としての力だ。
ダークマターで生成した武器と、俺自身の莫大な魔力、そして職場で培った負の感情。
それらを合わせた究極の闇の剣。
「行くぞ……これが俺の怒り! 俺の力! 喰い殺せ! 発動せよ、ダークマター・レクイエム!」
「ひ、ひっぐはっ!」
「た、助け……げべぇッ!」
「こ、こんなはずじゃ……ごぼぇぉぉあッッッ!!!!」
俺の剣から放たれたオリジナルの魔法、ダークマター・レクイエム。
俺が考えたオリジナルの必殺魔法だ。
その効果は至ってシンプル。
「発動したら相手は死ぬ。それが俺の究極魔法ダークマター・レクイエム」
赤黒い魔力の雷光が次々と敵の体を貫く。
脳天、心臓、眼球、首、頚椎、顎、肋骨……その他あらゆる急所を地獄の傷みで貫いて殺す。
あまりの衝撃に、食らった相手はほんの一瞬の出来事にも関わらず、永遠のような傷みを感じて死んでいく。
遠くに隠れている敵も自動で追尾して、背後から心臓を貫き殺す。
俺が認識していない敵も、赤雷が追尾して焼き殺す。
まさに正真正銘、必殺の技だ。
どうしても使わないといけない時は、味方を巻き込まないようにしないといけないのが玉に瑕だ。
「さて、だいたい終わったか。なんだよ、揃いも揃って十秒も保たなかったのか。偉そうなのは口だけか」
周囲を確認する。どうやら王都にいる騎士と魔法使いは全員始末出来たようだ。
「しかしこの技を使ったら、空が赤黒く染まるから困ったもんだ。まるで俺が悪役みたいじゃないか」
俺のイメージするかっこよさがダークヒーロー系だから、仕方ないのかもしれない。
だって漫画やアニメの敵キャラって、主人公よりカッコいいキャラクターが多いだろう。
だからそれに憧れてしまうのは仕方がないのではなかろうか。
「まぁともかく、ゴミ掃除は完了だ」
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