第19話 元暗黒騎士は元上司を切り裂く
「貴様……貴様ァァァァ! 穢らわしい忌々しい鬱陶しい邪魔者の裏切り者、レクス・ルンハルトォォォォ!」
団長が凄い罵倒を浴びせてくる。
ラップかな?
「なぜ貴様がここにいる! どうして貴様がこのユグドラ王国の王都に、姿を現しているのだ!」
「そんなの決まってるだろ。この馬鹿げた処刑を止めるためだ」
「馬鹿げた処刑だと? 何を言うか、我らユグドラ王国に背く愚か者を処すことの、一体何が馬鹿げていると言う!」
説明しなきゃ分からないのか?
マジで言ってるのかこの人。
どう考えてもお前らの方がおかしいって。
そんなわけないよな、流石にそこまで馬鹿じゃないよな?
それとも本気で言ってるのか。なんか目がヤバいし、マジかもしれん。
「おやおや、随分と派手な登場ですねぇ。さながら物語の英雄のようです。ですが笑えますねぇ、こんなところにノコノコと一人で来るとは」
大司教がニヤニヤと笑っている。
この人、胡散臭くて嫌いなんだよな。前世のクソブラックの部長に似ている。
丁寧な物腰で人の神経を逆撫でしてくる感じがそっくりだ。
「あなたのような大罪人が現れて、どうなるか想像がつかなかったのですかぁ? せっかく我々の魔の手から運よく逃げ出せたというのに、わざわざ殺されに来たとは何とも滑稽です」
うわぁ、自分で魔の手とか言っちゃってるよ。
もしかしてあれか? 暗殺者を送り込んだことや騎士団を送り込んで来たことを言ってるのか?
あんなの全然大したことなかったけど、何を勘違いしているんだろう。
「さぁロックス団長、邪魔者のレクス・ルンハルト諸共聖女様を切り裂いてしまいなさい!」
「そ、そうしたいのは山々なのだが……この裏切り者が私の剣を抑えて……う、動けん……!」
「おいおい、俺は指であんたの剣を挟んでるだけだぞ。これくらいで動けませんって、そりゃないだろ。もっとやる気を見せてくれよ」
「くっ……おのれ……おのれええええぇぇぇぇ……!」
大声を出して必死に剣を動かそうとする団長だが、全然手応えがない。
俺は全然力を込めてないのに、この人必死すぎだろ。勝手に一人で足掻いてる。
パントマイムを見てるような気分になってくるな。
いや、パントマイマーに失礼だ。
この人はただ滑稽なだけだった。
蟻が象を持ち上げることなんて不可能だ。それくらい俺と団長の間に実力差があるということだ。
「頑張ってくれよ団長。あんたよく言ってただろ、仕事が出来ないのはそいつにやる気が無いからだって。あんたが俺のガードを解けないのもやる気が足りないんじゃないか?」
「な、舐めるなよ……! この青二才がぁぁぁぁ……!」
ううむ、青二才って罵倒は俺に当てはまるのか?
俺は転生してるから、前世と今の年齢を合わせるとそこそこの年齢のはずだ。
今の俺は若造ではあるが、俺自身にはあまり実感がない。
まあそれでも団長は俺の合計年齢より年上だから、一応罵倒としては当てはまる。
もっとも全然響かない。言ってる本人がこのザマだからな。
「残念だよ団長。あんたの本気はそんなもんか。こりゃ日頃言ってた仕事の出来ないやつってのは、あんた自身のことだったようだな。そうか、自分が仕事出来ないから部下に厳しく当たってたんだな。模範的なクソ上司だ」
「生意気を言いおって! 死ねえええ!」
団長は剣から手を離し、腰に手を回した。
そして鋭い刃が俺に向かってくる。当然避ける。
「おっと……予備の剣で不意打ちかよ。こっちの剣は諦めるのか?」
「はぁ……はぁ……。ふ、ふふ……そんなナマクラの剣はくれてやる。この剣で貴様を切り裂いてくれよう……! ふふ、ふふふ……!」
団長が握っている二本目の剣、それには見覚えがあった。
俺が暗黒騎士時代に使っていた愛用の黒い剣、クロノグラムだ。
こいつ、人の剣を没収したかと思えば勝手に使いやがって。本当にクズだな。
「愛用の武器をナマクラ扱いは無いだろ。武器を大事にしないやつは騎士失格だぜ。弘法筆を選ばずって言うだろ」
「訳の分からぬことを抜かしている暇があるか? 貴様の愛用の武器でこれから死ぬのだ。貴様が黒き剣の異名を得た由来の、この漆黒の剣でな!」
そうだったのか。
俺の異名ってクロノグラムが由来だったのか。初めて知った。
いやそもそも俺にユグドラの黒の剣ってかっこいい異名があること自体、最近知ったのだが。
というか、その口ぶりだと団長は俺の異名を知っていたことになるじゃないか。
なんで教えてくれなかったんだこの人。イジメか?
「喰らえ、レクス・ルンハルトォォォォ!」
団長はクロノグラムを振りかざす。
俺は魔力の剣でその攻撃を受ける。
「ぐ、ぐぐ……何故だ……黒き剣での一撃を防ぐとは……! この武器こそ最強の武器のはずでは無かったのか……! 貴様が暗黒騎士として名を馳せたのも、この強力な武器のおかげではなかったのか……!?」
「何勘違いしてるんだ。まさか俺の実力は紛い物で、クロノグラムのおかげと思い込んでいたのか? だから騎士団をやめる時に没収したのかよ。やることがいちいちセコいな」
「あ、ありえん……! こ、こんな……こんな異端者の裏切り者に私が押されるなど……!」
「押すも押されるも、俺はただ剣を構えてるだけだぞ。何いい勝負してる感を出そうとしてるんだ。あんたは一人で勝手に疲れてるだけだ。俺は何もしていない」
「くそ……くそ……こんなやつなどにぃぃぃぃ!!!!」
声だけはデカいんだよなぁ、この人。
何事も気合いで何とかなると思ってるタイプだ。
本当、何から何まで前世のクソ職場とそっくりだ。
ブラックな職場って、どうしてこう、悪い意味での体育会系がいるんだろうな。
「死ねっ! 死ねぇっ! 死ねぇぇぇ! 我らの野望を邪魔する異端者は、死んでしまえぇぇぇぇっ!」
「もういい」
もう聞き飽きた。
この人は口だけだ。実力が無い癖に、それに見合わない自尊心だけ肥大しているクソ野郎だ。
少しは反省しているかと思ったが、どうやら人はそう簡単に変わらないらしい。
もうこの人に用はない。
団長流に言うなら、俺の邪魔をするやつは、死んでしまえ。
「いい加減、うんざりだ。終わらせてやる」
「グハァ……ッ! こ、の……わ、私が……こん、な……ヤツ……に……ッ……!」
俺が少し力を込めると、魔力の剣はクロノグラムをあっさり弾いた。
そして団長のガラ空きの胴体を一閃した。
団長の体は横に真っ二つになり、どさりと重い音を立てて地面に落ちた。
ロックス団長は死んだ。
殺したことに対する後ろめたさは、微塵も湧かなかった。
死んてもいいヤツとか、そんな考えは俺には無い。
ただ、俺は何度か警告したはずだ。俺のスローライフを邪魔するなら反撃すると。
仕事をクビにしたことなんて、全然恨んでいない。
それ以降も俺に干渉してくるなら、それはもう殺すしかないだろう。
「クロノグラムは返してもらうぞ。あんたと違って、俺は武器に愛着を持つタイプなんでな」
「……………………」
「ま、返事は出来ないか。死んでるもんな」
団長から取り返したクロノグラムを握る。
やはり急拵えの魔力の剣よりも、こっちの方がしっくり来る。
「で、次はあんたの番だぜ。大司教様よ」
「あ……あり得ません……! ロックス団長がこうもあっさり殺されるなど……!」
「あんたに直接の恨みは無い……ことは無いな。暗殺者を送り込んだのはあんただし、暗黒騎士時代に団長共々嫌味をしてきたのもあんただ」
「ヒィッ……! 近寄るな異端者ッ! 地獄の炎よ! クリムゾン・ヘルフレア!」
熱い。いきなり上級魔法をぶっ放して来やがった。
もっとも俺に効きはしない。
俺の魔力を上回る魔法攻撃じゃないと、俺に傷などつけられない。
地獄の炎だって? 笑わせてくれるぜ。
死の大地の方がよっぽど地獄の暑さだ。
「無傷……わ、私の上級魔法が直撃して無傷ぅ……!?」
「もういいか? 先制攻撃は許してやるよ。その代わり、俺も一発やり返させてもらう。やられてばかりは気分が悪いからな」
「ば、化け物……!」
人聞きが悪い。実力差が大きすぎて、攻撃が通らないだけだ。
どうしてこいつらは、やたらと他人を罵倒したがるのだろう。
「お前らみたいな人の気持ちが分からないやつの方が、よっぽど化け物だろうが」
「ヒィィィィィ!」
「地獄の炎の礼だ。一撃で消し去ってやる」
俺は魔力の出力を高めて、巨大な魔力の剣を作り出す。
その剣を大司教めがけて思い切り振り下ろす。
「どうだ? ドラゴンさえ貫いた一撃だ。効いただろ」
「…………」
「あんたも返事なしか。揃いも揃って根性が無いな」
縦に真っ二つになった大司教は、絶望の表情を浮かべたまま死んでいた。
これで騎士団と教会の二つの勢力、そのトップが死んだ。
「これで邪魔者はいなくなった」
俺のスローライフの邪魔をするヤツは消えた。
かつての職場の嫌な思い出の象徴だった二人の上司。
そのどちらも、俺が葬った。これでやっと、肩の荷が降りた思いがした。
罪悪感は、残念ながら微塵も湧かなかった。
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