第18話 元暗黒騎士は王都に帰還する

「聖女ローレシアが反逆の罪で処刑される。処刑の結構日は明日。間違いないのか」


「仲間から貰った確かな情報なの。今王都では大騒ぎになってるって話」


「どういうことだ。俺ならまだしも、ローレシアが処刑されるなんて、そんなわけあるか」


 ローレシアは聖女だ。

 それは肩書だけじゃなくて、内面もそうだった。

 そのローレシアが処刑される?


「追加の情報が入ったの。処刑の原因は……」


 フェリスは一度、俺の顔を気まずそうに見た。


 なんだ今の間は。

 まるで俺に言いにくいことでもあるかのようだ。


「黒の剣が追放されたことについて、王に直談判したかららしいの」


「は?」


 ちょっと待て。

 俺がクビになった日、確かにローレシアは言ってた。

 陛下に直接話をしてくると。


 まさか本当に俺のために……?


「それじゃあ、彼女が殺されるのは俺のせいじゃないか」


「レクス……」


「聖女と黒の剣はユグドラの良心とも言われていたな。もしかするとお前達を煙たがる上層部が、これを機に二人とも抹殺しようとしているのかもしれない」


「は、はは。ハハハハ!」


 俺は笑いが堪えきれなかった。

 こんな馬鹿げた話、笑わない方が無理だろ。


 イカれてる。

 あの国のやつらは全員腐ってやがる。


 優秀な人間を社内政治で追い込んだ前世の職場と同じだ。

 人を道具か何かだと思ってやがる。

 そこに相手に対する情なんてものは無い。


「ダン、交渉成立だ」


「何? どういうことだ黒の剣」


「手を貸すって言ってるんだ。お前らがユグドラと戦うっていうなら、全力で手伝ってやる」


「ほう、見返りは何だ」


「さっきアリアスが言っただろ。この地の食糧の情報だ」


「それだけでいいのか? 相手はあのユグドラ王国だ。とても釣り合うとは思えん」


「俺はただスローライフをしたいだけだ。金や地位なんて興味はない。ここで暮らしていける情報をくれればそれでいい」


 スローライフはまだ始まったばかりだ。

 ここで食糧問題を解決出来れば、一気に生活の自由度が増す。


「その代わり条件がある」


「聞こう。ユグドラの黒き剣のことだ、さぞキツい条件があるんだろう」


「そんな大それたもんじゃない。条件は二つ。一つはレジスタンスの襲撃を明日決行すること。襲撃地点は王都だ」


「聖女の処刑が行われる場所か。しかしそこまで移動するのにかなりの時間が必要だ。明日結構できるかは確約出来ない」


「問題ない。移動手段は考えてある」


 俺のダークマターに不可能は無い。

 転移の扉は破壊してしまったが、代わりの移動手段を作ればいいだけだ。


「そして二つめの条件だ。主役は俺だ。他の奴らは撹乱だけやってくれ。騎士団と教会の奴らは俺がやる」


「ほう……」


 片翼のダンは面白そうに唇を歪める。


「王都だとかなりの人員が集められているはずだ。いくらお前が伝説の暗黒騎士、黒き剣でも一人で太刀打ち出来るものなのか」


「問題ない」


 転移の扉を使う時、俺とアリアスは千人ほどの騎士に襲われた。

 あの時はアリアスを守りながら戦うのが難しかったから、反撃しなかった。


 だが今回は別だ。


「俺一人の方がむしろ都合がいい。思う存分力を使える」


 この時の俺の顔はたぶん、悪い顔をしていたのだろう。

 ダンとフェリスは俺の顔を見て、息を呑んでいる。


 やばい、厨二台詞みたいで引かれたかもしれない。


「聖女さまを助けに行くのね。それでこそレクスだわ」


 アリアスは嬉しそうだった。

 先ほど俺がレジスタンスに参加しないと言った時は悲しそうだったのに。


 もしかしてアリアス。

 お前、戦闘大好きの戦闘狂なのか?


「さぁ、準備に取り掛かろう。いい加減昔の職場との縁も切りたいところだったんだ」


 俺のスローライフを邪魔しない限り、俺からはユグドラに手を出さない。

 そういう予定だった。だが奴らはそれを破った。


 俺個人に攻撃を仕掛けるならまだいい。

 奴らは俺の恩人に手を出した。

 この世界に転生して、唯一俺に優しくしてくれたローレシアに。


「明日が楽しみだ。やっとこれまでの借りを返せる」


 ◆◆◆


 ──ユグドラ王国王都。王城近くの広間で処刑は執り行われる。


 聖女ローレシアは縛り上げられ、城の一室に監禁されていた。


「私もいよいよ終わりのようですね……」


 悔いは無い。


 これまで自分は聖女の教えを広めてきた。

 自分の思う正しさを貫いてきた。

 その行動の結果がこれなら、それはそれで諦めがつく。


「唯一の心残りは、レクス……あなたが今どこで何をしているのか知りたかったです……生きているのでしょうか……力になれず申し訳ありません」


 正義の執行者として常に最前線で剣を振るっていたレクス。

 彼の姿を見る度に、ローレシアは憧れ以上の感情を抱いていた。

 己を律し、正義のために戦う彼をローレシアは……。


「おい、時間だ!」


 突然乱暴に扉が開けられた。

 見るとそこには騎士と教会の魔術師がいた。

 ニヤニヤと嗤う彼らに、ローレシアは不快感を露わにする。


「アンタもついてねえな。まさかあの聖女様が処刑されちまうなんてよぉ」


「ふひひ、あの馬鹿な暗黒騎士を庇い立てするからそうなるんだ。全く、揃いも揃って馬鹿な奴らだよ」


「私のことを馬鹿にするのなら、いくらでもしてくださって結構です。ですがレクスを侮辱することは許しません」


「許せねえだとぉ!?」


「きゃっ!」


 騎士が強引にローレシアの肩をつかむ。

 縛られたローレシアは脚がもつれて、その場に倒れてしまう。


「どの立場で物を言ってんだぁ? この偽聖女が! てめぇみてえな国民を騙す詐欺師が俺様に逆らうんじゃねぇ!」


「ぐっ……」


 ローレシアは騎士に腹部を蹴られて、呻き声を上げる。

 監禁されて衰弱した体が更に重くなったように感じた。


「ふひひ、それくらいにしておけよな。処刑前に傷だらけだったら、見せ物にならないんだからさ」


「ちっ、つまらねぇ。まぁ、どうせこの後すぐに死ぬんだ。今の痛みはその予行演習とでも思ってくれや」


 なんて粗暴な人たちだろう。

 これが本当にあのレクスと同じ、国に忠誠を誓った者なのか。


「ふひ、ふひひ。民衆は盛り上がるだろうねえ。なにせ信じていた聖女様が稀代の詐欺師だったんだから」


「さ……ぎ……し? なるほど……私の処刑は……そういうことになっているのですね……」


「そういうことだ。お前は以前からユグドラの教えを正しく広めてなかったからな。異端者として始末されるんだよ」


「私はただ……女神様の教えを……人と人が手を取り合う……」


「なーにが女神の教えだ! 亜人に媚を売る詐欺師が!」


 もう何を言っても無駄だろう。

 ローレシアは諦めていた。自分の考えが、この国の人たちには伝わらないと。

 それでも今まで聖女として、女神の教えを伝えてきたが、それも意味は無かったのだ。


 私はここで、ただの詐欺師として殺される。

 なんて惨めで呆気ない幕引きなのだろう。


 ローレシアは騎士たちに見られないよう、涙を流すのだった。


 ◆◆◆


「悪女ローレシア死ねー!」


「無惨に殺せー!」


「よくも騙したなこの詐欺師が!」


「亜人の味方をする異端者め!」


「異端者!」「異端者!」「異端者!」


 処刑場は大勢の民衆が集まっていた。

 聖女ローレシアの処刑、その衝撃的なニュースのために王都中の人間が押し寄せていた。


「お、出てきたぞ!」


「詐欺師のお出ましだ!」


「何あの女。自分が悪いのにまるで反省してないわ」


「あんなの殺されて当然じゃない! 最低!」


 ローレシアが連れてこられたことで、処刑場の熱は最大限まで高まっていた。

 民衆の心無い言葉が少女に浴びせられる。


 ローレシアの横には騎士団長と大司教の二人が付いていた。

 処刑はこの二人が直接執り行うことになった。

 国王に逆らった重罪人を自らの手で葬りたかったからだ。


「聞こえるか。この歓声が全て、お前が死ぬところを見るために発せられたものだ」


「おお、怖いですねぇ。全く、民衆は流されやすくて愚かだ。そうは思いませんか、聖女様。ああ、もう聖女では無いのでしたねぇ。今のあなたはただ死を待つ、惨めで哀れな少女だ」


「…………」


 悔しい。

 こんなことになるなんて、悔しくて仕方がない。

 民衆の怒りも、それをコントロールしている国も、歪んでいる。

 自分の布教活動など無価値だったと、現実を見せつけられているようだった。


「時間だ。これより処刑を執行する」


「稀代の詐欺師には、特上の拷問を与えたいところですねぇ」


「まずはその首を切る。そして残った体を磔の刑にして、鳥に死肉を啄ませる。その後腐った肉を盛大に焼いて、その穢らわしい魂まで消し炭にしてくれる」


「安心してくださいねぇ。民衆の期待に応えるため、腐乱の魔法で醜く腐らせてあげますから。最後の火炙りも、教会の魔術師で一斉に火をつけてさしあげますよぉ」


 騎士団長は剣を抜き、大司教は魔法でローレシアの体を拘束する。


 ──ああ、私はここで終わるのですね……

 ──レクス……最後にあなたに会いたかった……


 ローレシアは目を閉じて、終わりを待った。

 しかしいつまで経っても終わりが訪れず、不思議に思う。


 すると周囲から叫び声が聞こえ、何か起きたに違いないと確信した。

 目を開くと、そこには床に倒れて呻いている騎士団長と大司教の姿があった。


 そして────


「なんだか盛り上がってるじゃないか。俺も混ぜてくれよ、なぁ団長様に大司教様よ」


「き、貴様ァァァァ……!」


「こ、ここここの裏切り者……暗黒騎士レクス・ルンハルト……!」


「お礼参りに来てやったぜ、クズども」


 そこにはレクス・ルンハルトがいた。

 ローレシアが想いを馳せる、元暗黒騎士の姿がそこにあった。


「レクス……生きてたのね……!」


「こんな状況で人の心配か。本当にお人好しだな、あなたは」


 レクスは漆黒の鎧を身に纏っていた。

 暗黒騎士の頃に着ていた鎧と瓜二つだった。


「助けに来ましたよローレシア様。このクソッタレな国からあなたを助け出すために」

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