第14話 元暗黒騎士はバーベキューをする

 ◆◆◆


 ユグドラ王国──王と聖女。


「陛下、なぜレクスを騎士団から追放したのですか。あなたはあれほどレクスを信用してらしたのに」


 聖女ローレシアはユグドラ王と対面していた。

 ユグドラの黒き剣と呼ばれた最強の暗黒騎士、レクス・ルンハルトについて王に問いただすためだ。


「レクスはこの国に必要な人です。彼のおかげで今まで何度この国が救われたかお忘れですか?」


「異端者の肩を持つ者など、私の配下にはいらぬ」


「レクスは任務であろうと、亜人を殺すことを良しとしませんでした。それが陛下にとって、忠誠に背いた行為だったのかもしれません。ですがそれは、彼が亜人でも人でも命を等しく見ていたからです!」


「ユグドラの教えを守らぬ愚か者であることに変わりはない」


 王の態度は一貫したものだった。

 レクスのことを国の教えを守らない裏切り者と断定している。


 ローレシアは王の態度に違和感を覚える。


(おかしい……以前から信仰心は深かったけれど、ここまででは無かったはずです……)


 ここ最近、王の様子が変わってきた。

 ローレシアはそのように感じていた。


「最近の陛下はどうも過激すぎます。他国への侵略行為や、亜人族の撲滅などユグドラの教えには記されていません。どういうお考えがお有りなのですか?」


「聖女よ、貴様に話すことなど何もない。貴様はただ、民たちにユグドラの教えを説いておればよいのだ」


「聖女としての私の役割は、ユグドラに伝わる女神様の言い伝えを民に伝えること。人と人が手を取り合い、互いを助け合うことで幸せを享受することです。決して他者への攻撃のための教えじゃありません」


「ユグドラの教えは絶対だ。貴様の考えなどいらぬ」


 ユグドラ王国が亜人に厳しいのも、実はこのユグドラの教えに原因があった。

 人と人が手を取り合い互いを助ける──これをユグドラ王国では代々、人に限定した話だと解釈した。

 そこにエルフや獣人といった亜人は含まれていない。

 そういう極端な考え方が、ユグドラ王国には根付いていた。


「聞いた話だとレクスに指名手配が出ていると聞きました。そこまでして彼を消してしまいたいのですか? 彼は陛下のことを最後まで信頼していましたのに」


「信頼を裏切られたのは私が先だ。あの裏切り者は、我が国の脅威を助けた。それは敵対行為であろう」


「近頃勢力を増している亜人族のレジスタンスですね……。以前レクスがその組織を壊滅させる任務を受けたと聞きました」


「壊滅させた。だがあの裏切り者はレジスタンスの拠点を破壊し、武器を破壊しただけで亜人たちを殺さなかった。暗黒騎士ともあろう者が、なんとも手ぬるいことをしたものだ」


「それは、彼の心に正義があるからです。間違っているのはこの国ではないのですか陛下!」


「はぁ……聖女ローレシアよ。貴様もヤツと同じく、私に楯突く気なのか」


 王の眼光が鋭さを増す。

 そこには殺気が含まれていた。

 以前の王ならば絶対にしない、独裁者の眼がそこにあった。


「私は考えを改めません。女神様の教えを守るためにも、聖女である私が考えを曲げては駄目なのです」


「ならば貴様も、消えてもらうしかないな。ロックス、アウリール、やれ」


 名前を呼ばれ、二人の配下が前に出る。

 ロックスと呼ばれた男は、騎士団長である。そしてアウリールと呼ばれた男は教会の大司教である。

 このユグドラ王国を支える二大巨頭だ。


「聖女様、悪いがあなたにもここで消えていただく」


「残念ですねぇ。あなたはユグドラ教を布教する最高の広告塔だったのですが。最近のあなたは少しばかり目障りですからねぇ」


「私は負けません。女神様の教えを歪めて広めようとするあなた達に、絶対に負けるわけにはいかないのです!」


 レクス達がドラゴン退治をしている裏で、ユグドラ王国に大きな動きがあった。

 そして聖女ローレシアの処刑の日が決まったのだった。


 ◆◆◆


 さて、バーベキューの時間だ。

 アリアスの指導の元、ドラゴンを解体して新鮮な肉をゲットした。

 大量の肉をゲットしたものの、日本の猛暑と似た環境のここマヤトでは傷みも早そうだ。


「生肉だと一瞬で腐るからな。一旦、食材に火を通そう」


「だからバーベキューなのね。いいじゃない、私も好きよバーベキュー」


「これだけ大量の肉をどうやって焼くかだけど、炎魔法で焼くか」


「甘いわレクス。それだと火が均等に通らないじゃない。周囲にある巨大な岩とか使えそうじゃないかしら」


「岩? そうか、この岩で肉を焼こうってことだな」


 俺達の周囲には漫画で見るような巨大な岩盤があった。

 これを利用しようということだろう。


 天然の岩塩プレートといったところか。

 自然を活かしたバーベキューだ。

 キャンプみたいでワクワクするな。


「岩は俺の剣で平らに切って、表面は水魔法で洗うとするか」


「ええ、そうしましょう」


「はぁぁぁ!」


 俺は魔力で出来た剣で岩盤を横に切り裂いた。


「クリエイト・ウォーター! 更に乾燥させるためにウインド・ブラスト!」


 アリアスの魔法で岩の表面を洗浄する。

 流石魔法の連続使用が早い。みるみるうちに岩が綺麗になっていく。


「さて、ここにドラゴンの肉を乗せて……ふん!」


「さすがレクス、あんなに大きいドラゴンの肉を片手で放り投げたわ」


「一応鍛えてるからな」


 もっとも、前世でいくら鍛えてもこんなに大きな物を持ち上げるなんて出来ない。

 前世より身体能力が高いのは、魔力のおかげかもしれない。


「そして肉を細かく切り分けて……ほいっと」


 魔力の剣で肉を食べられるサイズに切る。

 おお、一気に食材っぽくなった。


「この岩は死の大地の暑さでアツアツになってるわ。ほら、ジュージューと肉の焼ける音がするわ」


「熱すぎて俺達も倒れてしまいそうだな。冷たい飲み物でも飲むか」


「水魔法なら任せなさい。おいしい水を作るのは得意よ」


「ああ……いや、せっかくなら俺のスキルで酒を出そう」


「お酒!? 昨日のビール!? ああ、でも一度生成したモノは作れないんだったわね……」


 アリアスは残念そうな顔をした。


「そう落ち込むなよ。俺の予想通りなら、昨日の缶ビールよりも美味いモノが出せるぞ。そう、生ビールだ!」


「生ビール? 昨日のビールとは違うの?」


「全然違う。俺のいた世界だと、店で酒を飲む時はみんな生ビールを頼むくらい、定番の酒だった」


「そんなに人気なのね。それを私も飲めるってこと?」


「ああ、やってみる。【ダークマター】発動!」


 俺のスキルは俺の想像力に依存している。

 俺が思いつかないモノは生成出来ない。

 逆を言えば、俺が出来ると思ったら何でも生成出来るのではないか。


 缶ビールと生ビール、この二つを同じようなモノと認識していれば生成出来ない。

 しかし俺はこの二つを全く別のモノと認識している。

 だから昨日缶ビールを生成したとしても、生ビールを生成出来るはずだ。


「完成……居酒屋定番の生ビール。大型ジョッキでキンキンに冷えたおまけ付きだ」


「昨日のビールとはどこが違うのかしら。見た感じ同じに見えるわ」


「飲んでみろよ。大ジョッキだから、量は気にしなくていいぞ」


「それじゃあ、んんっ! んんんっ! ぷはーっ!」


 いい飲みっぷりだ。

 そのままテレビのCMにも出れそうだ。


「美味しいっ! 昨日に比べてスッキリして美味しい! ねぇ、作り方に違いとかあるのかしら」


「作ってる会社が違うってのはあるけど、缶ビールと店で出る生ビールは中身が同じとか聞いたことがある。実際は知らないが、なぜかこっちの方が美味しく感じるんだよな」


「何それ、それじゃあ厳密には同じモノを生成出来たってこと?」


「いや、生ビールと缶ビールは別物だ。それは間違いない」


 この調子だと、瓶ビールも生成出来そうだな。

 あとは発泡酒や糖質フリーのビールも生成出来そうだ。

 しばらくは酒に困らないかもしれない。


 その後は自分たちで酒を調達しないといけないから、多用は禁物だ。


「それよりほら、肉がいい感じに焼けてきたぞ」


「いい匂い! 食欲が湧いてきたわ! いただきます!」


「あ、いきなりデカい肉を取りやがった! 狙ってたんだぞ」


「こういうのは早い者勝ちって言うじゃない? んん〜ジューシー! ドラゴンの肉って栄養と魔力が豊富で、高級食なのよね〜!」


「どれどれ……んん! これは、凄いな! 肉は固いけど、噛みきれないほどじゃない。噛めば噛むほど旨味が出てくるな」


 前世の肉で例えると……いや、例えようがない。

 これはもう新ジャンルの味だ。

 食べた側から体に力が宿ってくるみたいだ。

 やはりドラゴンの肉は栄養価が高いらしい。


「よくドラゴンの血肉を口にしたら、強力な力を得るって言うよな」


「御伽話ではね。実際にドラゴンの肉を食べて、そういう効果を得られたって話は聞かないもの」


 栄養価と魔力は高いけどね、とアリアスは言いながら肉を頬張る。


「アリアス、肉を食った後に生ビールをグイッと飲んでみろ。凄いぞ」


「このビールを? 確かに合いそうね。んんっ! ぷはーっ! 何これ、食文化の革命よ! これは凄い発見だわ! エールだとここまでの満足感は得られないわ!」


「美味い肉と美味い酒。おまけに綺麗な子がいると酒が進むな」


「き、綺麗っ!?」


 アリアスは持っているジョッキを傾けて驚いた。


「あ、あなたね。昨日もそうだけど、いきなり綺麗とか言うのやめなさいよね」


「事実を言ってるだけだ。アリアスは自分の容姿が綺麗なことくらい、自覚してるだろ」


「そ、それはまぁ……他のエルフよりはかわいいって思ってるけれど……」


 自分で思うのと他人に言われるのは違うか。

 その様子だと、面と向かって綺麗と言われ慣れてないようだ。


 エルフは容姿が整った種族だから、アリアスほどの容姿でも目立つわけじゃないのか?


「あなた、まさか他の女の子にもそういうことを言ってるわけ?」


「言うわけないだろ。俺をどんなやつだと思ってるんだよ」


「じゃあ今まで、他の女の子にかわいいとか言ったことないのね?」


「まぁ、面と向かっては……無いと思うが」


 それを聞くとアリアスは上機嫌になった。

 肉とビールを美味しそうに食べている。


 俺もここまで素直に相手を褒めることはしたことがない。

 仕事をクビになって、色々吹っ切れたのかもな。

 あとアリアスが異世界で初めて見た、金髪デカパイエルフ美少女だったという理由もある。


「ああ〜バーベキューって最高ね〜!」


 それにしても、かわいいとか言ったことないの……か。


「言おうとしたことはあるんだけどな。暗黒騎士時代に何回も」


 聖女ローレシア、彼女は今元気だろうか。


 クソな職場で頑張る俺を常日頃励ましてくれた可憐な少女。

 会うたびに美しいとかかわいいと言った感情を胸に抱いていた。

 結局その想いを伝えることは出来なかったが、また会える日が来るだろうか。

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