第15話 元暗黒騎士はレジスタンスと出会う

「ドラゴンの肉も飽きたな。美味いけどさ」


「贅沢言ってられないわよ、貴重な食糧なんだもの。でも確かに、こうも肉ばかり食べてたら肌が気になるわ」


「別に気にするようなことか?」


「何よレクス、あなた女の美容ケアを舐めてるのかしら?」


「別に。今でも十分綺麗なんだから気にすることないだろ」


「……っ! そ、そういう問題じゃないわよ!」


 怒らせてしまった。

 異世界のエルフも美容を気にするのか。

 女って大変だなぁ。


「でも正直言って、野菜も欲しいわね。肉も嫌いじゃないけれど、みずみずしい野菜があると嬉しいわ」


「この荒れた地で新鮮な野菜なんて手に入るのか? ああ、俺のスキルを使えってことか」


「あなたのスキルは一度きりの使い切りでしょ。一食分の野菜を生成したところで、私たちの生活がガラリと変わるわけじゃないわ」


 畑を作ればいいのでは?

 そう思ったのだが、じゃあ具体的にどうするのか。

 畑もスキルで作るか。いや、作れるのか?


「スキルで畑ごと作ろうにも野菜の栽培に詳しくないから、スキル発動のための想像力が足りないな。こういう時に知識不足だとキツい」


「あなたのスキルも万能ってわけじゃないのね。でも本当に駄目なの? 一回試してみるのはどうかしら」


「それで失敗した時のことを考えると後が怖い。試すにしても、もう少しアイデアを練ってからの方がいい」


「そうね、失敗したら同じ方法は試せないのよね」


 野菜をゼロから育てるのは無理そうだ。

 では逆転の発想で、ゼロからじゃなく一から育てればいい。


「野菜を探しに行こう」


「え、どういうこと? 外はとんでもなく暑いのよ。探索に行ったら間違いなく倒れてしまうわ」


「そのためにスキルを使う。移動用の魔道具を生成する」


「なるほど、馬車があれば移動が便利になるわね。あれ、でも馬車って既にこの世界に存在するわよね。生成出来るの?」


「馬車よりも便利な乗り物だ。【ダークマター】発動! 出てこい、この世界にない車!」


 俺は以前から気になっていた。

 なぜこの世界には自動車が無いのか。

 列車や馬車が既に普及しているから。それだけだろうか。


 もしかすると、俺にこの世界へ生み出せという運命かもしれない。


「魔力で動く自動車……名付けて、魔導SUV。これなら悪路だろうが、酷暑だろうが問題ない」


「何これ、凄い重そうな鉄の箱ね。拷問用の棺桶かしら」


「乗り物だって言ったろ。馬車と違って、自分たちで運転するんだよ。列車と馬車の中間みたいなものって説明で合ってるか……?」


「なるほど、よく分からないわ!」


 素直でよろしい。

 俺も詳しい説明が出来るわけじゃないから助かるまである。


「とにかくこれさえあれば、暑くても移動には困らないだろう」


「あなたの世界には便利な乗り物があるのね。でも自分で運転だなんて、面倒だわ」


「だから未だに電車……じゃなくて列車に頼る人が多い。大都市だと人が多くて邪魔だからな」


「でも死の大地には人がいない。つまりこれで好き放題走り回れるってことね」


「出かける準備をする。装備と食糧を忘れるなよ」


 俺達は死の大地マヤトを魔導SUVで探索をすることにした。

 目的は野菜や他の食糧だ。何か発見出来るといいが。


 ◆◆◆


「馬車より早いのね。乗り心地も悪くないわ。家と同じで冷たい風が出て涼しいわ〜」


「しかし何も無いな。魔物くらいいると思ったが、ちっとも見当たらない。この前のドラゴンが珍しかったのか?」


「死の大地ですもの。魔物でさえ生き残れない環境なんだわ」


「なるほど、それもそうか」


 異世界の魔物でも日本の酷暑に似た環境は耐えられなかったか。

 おまけに餌がないのだ。住み着こうともしないだろう。


「ねぇ、レクスちょっと止まって! あれ、家じゃないかしら」


「家? どこだ!」


「ほら、左側に見えない?」


 見えないんだが……。

 おかしいな、俺の視力は悪くないはずだが。


「ここから北西、数キロ先に何かある。行ってみましょう」


「そんな先まで見えるのか」


「エルフは森の中で狩猟を生業にしてるのよ。舐めないでもらえるかしら?」


 エルフってもしかして凄い種族なのでは。

 いや、【女神の加護】のスキルがあるアリアスが特別凄いのか?

 どちらにしても、俺は優秀なパートナーと巡り会えたらしい。


「着いたけど、これは確かに家だな」


「え、ええ。家ね……廃墟だけど」


「人が居なくなってかなり長い時間が経ってそうだ。見ろよ、壁を軽く叩いただけでボロボロだ」


 俺達が見つけたのは人がいる気配のない、朽ちた家だった。

 この高温多湿の地に長年晒されていたからか、壁や床は腐っている。


「どうやら無駄足だったみたいね。ごめんなさい、車に戻りましょう」


「……家があるってことは、昔は人が住んでいたってことだよな」


「それは当然でしょ? だって人が住むから家を作るんですもの……あれ?」


 アリアスも気が付いたか。

 ここは死の大地、人間が住めるような環境じゃないと言われる場所だ。


「かつては人が住んでいた……? そういうことよね、レクス」


「間違いない。ところでアリアス、確認したいことがある。どうしてここは死の大地って呼ばれてるんだ?」


「それはあなたも分かってるでしょう。この過酷な環境じゃ、とても人は生きていけないもの。他の魔物だって全然いないでしょ。作物だって全然育たないし」


「それはどこで聞いたんだ? ユグドラ王国でか?」


「え、ええ。そうだけど……それがどうかしたの?」


 俺もアリアスも死の大地については、ユグドラ王国で得た。

 人が生きていけない環境。作物も育たない。


 何か引っ掛かる。

 なんだ、この違和感は……。


 考えが纏まらない時は他のことを考えよう。

 俺は廃墟の家を見て、適当に会話をすることにした。


「それにしても、この家って二階建てなんだな」


「ええ、あなたの家もだけど珍しいわよね。二階建ての木造建築なんて」


「それって珍しいのか?」


「まぁ、エルフは木や草で作った家で暮らすけど、人間と違ってもう少し自然と調和したデザインよ」


「ユグドラの王都では石造りの家が多かった。つまり人間が作るにしても、この家は珍しい作りをしてる」


 もう少しで何か閃きそうだ。

 なんだ?

 人間が暮らせそうにない場所に、誰かが暮らしていた形跡がある。


「そうか……分かったぞ。この家に住んでいたヤツがどんなヤツか」


「本当? 誰なの、誰が住んでたのよ!」


「人間よりも過酷な環境を生きることが出来る種族と言えば……」


 その時、俺の背中に硬い物が押し付けられた。

 武器だ。

 背後に誰かいる。

 アリアスは剣に手を掛けているが、俺は目線で制止させる。


「こんな過酷な場所に適応出来る種族は一つしかない。獣人だ。なぁ?」


 俺が振り向くと、そこには仮面を着けた者がいた。

 感情の見えない相手だ。あまり刺激しない方が良さそうだ。


「グランド・ヴァイス・ドラゴンを倒したのはお前達か」


 グランド・ヴァイス・ドラゴン?

 記憶にないな。そんな大層な名前のドラゴンが、ここには生息してるのか。


「やけにデカいドラゴンのことか? それなら今、俺達の腹の中だ」


「へぇ……信じられないけど、嘘じゃないみたいだね」


 声の感じから仮面の人物は女だろう。

 俺たちに気付かれずに背後に回ったのは大した潜伏能力だ。

 うちの暗殺部隊にも見習わせたい。ああ、もう俺とは関係なかったか。


「嘘の匂いがしない。うん、面白いよ。本当にあのドラゴンを倒したんだ。マヤトの暴虐竜を」


「二つ名が付いてる割に大したことなかったな。肉が美味いくらいが取り柄の、図体だけのノロマだった」


「また嘘の匂いがしない。お前、本当のこと言ってるね」


 嘘の匂い?

 なんか前世の漫画で有名な台詞があったな。嘘の味がどうとか。

 それとはニュアンスが違うようだ。


 本当に匂いで判断している。

 仮面越しに鼻をスンスンと鳴らしているのが聞こえるからな。


「お前、何者?」


「俺はレクス・ルンハルト。そっちのエルフはアリアス。つい最近ここに引っ越してきたんだ。よろしくな」


「ふざけてるの? 何者って聞いてる」


 あんまり前職の肩書を名乗りたくないんだよなぁ。

 いい思い出がないし、職歴マウントと思われないか不安だし。


 だがそうも言ってられないな。

 仕方ない、名乗るとしよう。


「ユグドラ王国で暗黒騎士をしていた。今はユグドラから追われる身だ。そこのエルフと逃避行してる」


「暗黒騎士……ユグドラの黒き剣!」


 またその二つ名か。

 いちいち呼ばれると恥ずかしいからやめてくれないかな。


 というかアリアスだけじゃなくて、他のヤツもその二つ名を知ってるのかよ。

 俺は全然知らなかったんだけど。


「お前、アジトに連れてってやる。ついて来い」


「あ、アジトって何よ。どこに連れて行く気なの?」


「アジト。私たちの拠点。レジスタンス、亜人共戦デミ・トライブレース


 レジスタンス……聞き覚えがあるような……。

 あれ、もしかして俺が暗黒騎士をクビになった原因が亜人のレジスタンスを潰す任務じゃなかったっけ。


 え?

 今からそのアジトに連れて行かれるのか?


 殺されないか俺。

 いや殺されてやる気は微塵もないけど。

 謝罪用の菓子折りでも生成した方がいいかもしれない。

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