第13話 元暗黒騎士はドラゴンを狩る

「うう……気持ち悪い……」


 頭がフラフラする。

 飲み過ぎたか……。

 いや缶ビール一杯で酔うはずがない。


 じゃあ、この感覚はなんだ?

 体がゆらゆらと揺れるような……。

 二日酔いみたいな……。


「あれからどうなったんだっけ。確か飲み終わった後、寝室に行って布団を敷いたのは覚えてるんだが……」


「ん……もう、うるさいわね……」


 俺のすぐ横からアリアスの声がした。


「……なぜ同じ布団に入ってるんだ?」


 なぜかアリアスと同衾していた。


 まさか、一夜の過ちがあったのか?

 手を出してしまったのか……?

 いや俺にそんな記憶はない。

 いくら美しい金髪デカパイエルフといっても、俺にも自制心がある。


 ではこの状況はいったい……。


「もう、あなたから言ったんじゃない。人肌恋しくて一緒に寝てくれって」


「俺がそんなことを言ったのか……覚えてないが」


「冗談よ。あなたを驚かせようと思って、あなたが寝た後に潜り込んだのよ」


「なんだよ、驚かせないでくれ」


 しかし今の説明だと、結局同じ布団で寝たことになるのでは?

 それはアリアス的には大丈夫なのだろうか。

 俺は全然構わないが……。


「思ったより恥ずかしいわね、これ……。あ、あはは。私お酒を飲んで浮かれちゃったみたい……」


「そうみたいだな」


 アリアスはエルフ特有の長い耳を真っ赤にして顔を埋めた。

 本人も恥ずかしいと思っているようだ。


「それはともかくだ。なんか揺れてないか? 二日酔いじゃなければ、まさか地震か?」


「……本当ね。少しグラグラするわ」


 前世の日本だと地震が多かった。

 数年に一度は大地震が来るし、小規模の地震は頻発していた。

 この死の大地マヤトの気候が日本に似ているから、ひょっとしたら地震も起きやすいのか?


 俺は徐々に危機感を覚え始めた。

 俺達は着替えを済ませて、外の様子を見に行くことにした。


「この揺れ、長いな」


「ねぇ気付かない? 地震にしては規則的な揺れのように感じるわ」


「言われてみればそうだな。じゃあこの揺れは何なんだ」


「外に出てみましょう」


「水分補給は欠かさないよう気をつけてくれ」


 こうして俺達は家の玄関から外へ出た。


 そこに待っていたものは……。


 ◆◆◆


「ギャアアアアアアアアオオオオォォォォ!!!!」


 衝撃波のような咆哮に、思わず耳を塞ぐ。


「ドラゴンよね……あれ」


「普通のドラゴンの数倍はデカいぞ……。揺れの原因はこいつが歩いていたからか」


 見たこともない巨大なドラゴンが、俺達の前方数百メートル先にいた。

 この世界のドラゴンは、一般的に大型バスくらいの大きさだ。

 だが目の前の個体はそれよりも遥かに大きい。


 俺達の家よりも大きいとなると、もはや怪獣のようなデカさだ。


「あれ、こっちに向かってきてない……?」


「偶然じゃないだろうな……。ドラゴンは魔石や魔道具、魔力の溜まった物を好むというがまさかこの家の魔力に惹かれて来たのか?」


「ま、マズイわよ! せっかく出来た死の大地の生活拠点が、あんなのに襲われたらひとたまりもないわ!」


「倒すしかない」


「し、正気!? 普通のドラゴンでさえA級冒険者が複数人で倒すのよ! あんなの、倒せるはずないわ!」


「かといって、このまま家が壊されるのを黙って見てるわけにもいかないだろ」


「それは、そうかもしれないけど……」


 アリアスは不安そうな顔をしている。

 あれほど巨大な魔物とは戦ったことがないのだろう。


 実のところ、俺も経験がない。

 普通のドラゴンなら何回も倒したことがある。

 凶暴で硬いが、まぁ手こずるほどじゃない。

 あの巨大なドラゴンも、倒せないほど強そうには見えない。


「俺が前衛だ。アリアスは魔法で援護してくれ」


「援護って、一体何をすればいいの」


「ドラゴンの気を引いてくれればいい。一瞬で済ませるから」


「どこからその自身が湧くのか不思議だけど、あなたを信じてみる。あなたはユグドラの黒き剣……じゃなくて、私のパートナーだもの」


「ありがとう。じゃあ……行くぞ!」


「ファイヤー・ボール! ウインド・ブラスト! アイシクル・ソード!」


 おお、魔法の連続発動。

 普通は魔法の発動後、一呼吸置かないと次の魔法を使えないがアリアスは違うらしい。

 少しのラグもなく、次々と攻撃魔法を放っている。


 前世のゲーム風に言うと、リキャストが非常に短い感じだ。

 これも彼女のスキル【女神の加護】のおかげか?

 それとも彼女の魔法の腕前がそうさせているのか。


「っと、感心してる場合じゃないか。俺は俺の役割を全うしないと!」


 アリアスの魔法に反応した巨大ドラゴンが暴れている。

 攻撃してきたアリアスを標的にして、そちらに向かっている。

 高速で近づく俺のことなど気付いてないらしい。


「恨みは無いけど、弱肉強食ってことで勘弁してくれ」


 昨日、ダークマターから生成した新たな武器を取り出し、魔力を込める。

 柄だけだった物から、魔力の刃が生み出される。


「アース・クラッシュ! サンダー・ボルト! ウォーター・バースト! レクス、早く! こっちに向かってくるわ!」


「待たせたな、これで仕留める!」


 魔力の刃を巨大ドラゴンの脳天目掛けて突き刺す。

 更にそこへ大量の魔力を注入し、魔力の刃を巨大化させる。

 そのまま巨大ドラゴンの体を一直線に切り裂き、真っ二つにする。


「どんなにデカかろうが、頭を潰せばたいていの生物は死ぬ。暗黒騎士時代に覚えた嫌な経験則だ」


 もっとも、武器が小さければ脳天を貫けない。

 魔力を込めてそれに比例し刃が大きくなる武器があったから出来たことだ。

 新しい武器にこのビームサーベ……じゃなくて魔力の刃を生成しておいてよかった。


「い、一撃で倒したの……? し、信じられないわ……」


「アリアスが多彩な攻撃魔術でこいつの注意を引いてくれたおかげだよ」


「そういうレベルかしら……。信じられない強さだわ……噂通りの強さね」


「噂は噂だ。実際のところ、今回は運が良かった。【ダークマター】で生成した剣があったから一撃で倒せたんだよ」


「でもそのスキルも、武器に使う魔力もあなたの力でしょ? ドラゴンスレイヤーを名乗れるほどの活躍ぶりだったわよ」


「アリアスこそ、魔法の連続詠唱は凄技だった。あれは並大抵の魔法使いじゃ真似出来そうにない。宮廷魔道士よりも上位の腕だ」


「ふふん、そうでしょう。だてに女神様の加護を受けているわけじゃないわ。私は大気の魔力マナを扱うのが他の人より上手いみたい。自覚はないけどね」


 なるほど、それであの連続魔法が可能なのか。


 この世界では体内の魔力と大気のマナを混ぜ合わせて魔法やスキルを使う。

 人間の体内よりも、大気にある魔力の方が多い。

 だから大気のマナを取り込めると、強力な魔法を使うことが出来る。

 しかし大半の人間はマナを上手く扱えず、自前の魔力だけで戦う。


「さながら魔力の永久機関だな」


「あなたこそ、あの巨大な魔力の刃には人並み外れた魔力が必要なはずよ。あなたもマナの扱いが得意なのね」


「ああ、いや。俺のは自前の魔力だ」


「え!? あ、あれが全部自前の……大気のマナを使ってないの?」


「使うまでもないからな。さっきの攻撃だって、大して魔力を消費してないからな」


「私が魔力の永久機関なら、あなたはいったい何なのよ……」


「さぁ、そう言われてもな。地道な努力の賜物だ」


 転生系ラノベでよくある、子供の頃から魔法の訓練をしてただげだ。

 幼少期から訓練してると、魔力が凄い上がるパターンってあるだろ。

 せっかく転生したならと、俺も真似してみただけだ。


「そんなことより家に戻ろう。暑くて仕方ない」


「ほら、お水。動いたんだからしっかり飲んでおきなさい」


「すまない、助かる」


 アリアスの作った水は透き通る味がして美味しい。

 エルフの森の、美しい情景が目に浮かぶようだ。


「このドラゴンはどうするの? 魔法で焼いちゃう?」


「そうだな。このままだと邪魔だし……アリアス、今なんて言った?」


「え? 邪魔だし焼いちゃうって言ったのだけれど」


「それだ!」


 俺はアリアスの手を両手で掴み、感嘆の声を上げた。


「きゃっ! ど、どうしたのよ突然?」


「焼くんだよ! ドラゴンを!」


「だからそう言ってるでしょ? 処分するために、上位の炎魔法で焼かなきゃ駄目だろうけれど……」


「そうじゃなくて、食べるんだよ! ドラゴンの肉は美味いぞ! 任務で食べたことがあるが、食いごたえがある!」


「ええと、つまりレクスはこのドラゴンを食料にしたいのね?」


「ああ……バーベキューだ。たくさん焼けるぞ!」


 こうしてスローライフ二日目の食材は、ドラゴンのバーベキューに決まったのだった。

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