第12話 元暗黒騎士はエルフと夜を共にする
「よく寝たわ〜、すっかり元気になれた! 畳ってすごいのね!」
「おかげで外はすっかり暗くなってるな。もう夜だ」
そろそろ夕食を食べなくちゃいけない。
昼寝して忘れてたけど、俺昼飯食ってないんだった。
もう腹が減って辛抱出来ない。
「悪いけど、夕飯も【ダークマター】で生成したものになるけどいいか?」
「全然問題ないわ。あれが異世界の食べ物だって分かったら、むしろ興味が湧くくらいよ」
「とは言っても、やはりずっと【ダークマター】に頼るわけにはいかないからな。今後の食糧問題は早急に考えないといけないだろう」
「ええ。それについては食べながら話しましょう」
夕食は何を作ろうか。
昼寝したからさっぱりしたものがいいか?
いや昼飯を抜いたから、ガッツリしたものでもいいかもしれない。
「夕飯のリクエストはあるか?」
「美味しいものがいいわ」
「えらくザックリとしたリクエストだな。そういうのが一番困るんだが」
「お母さんにも同じことを言われたわ」
俺も同じだ。
実家にいたころは、夜ご飯は何でもいいと母に伝えて怒られたものだ。
用意する側になると、何でもいいというアバウトな要求が一番困ると分かった。
「食べられない物とかはないか? 肉は駄目とか、好き嫌いとかは」
「無いわね! 私は美味しければ何でもオーケーよ」
なるほど、分かりやすい。
俺の読んでたラノベには、肉は食べないエルフが出てたが、この世界にはそういうのはないらしい。
「じゃあ適当に作るぞ。【ダークマター】発動!」
「何が出てくるか楽しみね。お昼のソーメンも美味しかったけど、肉も食べたいわね。主食にパンも欲しいかも」
「おい、スキル発動する瞬間にリクエスト出すなよ。最初から言ってくれ」
肉とパンか。
そういえば前世だとよくファーストフード店でハンバーガーを食べてたな。
セットでフライドポテトも付けてたが、あれも美味しかった。
あ、頭の中にハンバーガーセットのイメージが出来てしまった。
「出来た、ビッグバーガーセットだ」
「パンに肉が挟まってるのね。これだけだとこの世界にありそうだけれど」
「生成出来たってことは、この世界には無いんだろう。食べてみろよ」
「そうね。いただきます……あむ……んん! 美味しい! パンがフワフワで、肉もジューシーだわ!」
「どれどれ、いただきます……うん、よく再現出来てるな。うまい」
どうやら俺のイメージ通り、ファーストフードのハンバーガーを再現出来たようだ。
懐かしい味に思わず感動する。
この世界でこういうファーストフードって無いもんな。
肉もこの世界の物とは思えないほど、旨味が詰まっている。
「ねえ、この細長いのは何?」
「もうハンバーガー食べ終わったのか、早いな。その細いのはフライドポテトだ。芋を細く切って油で揚げたやつだよ」
「へぇ〜。芋はユグドラでもあるけど、見た目が違うわね。もっとくすんだ色をしてるわよね。それに油で揚げるなんて贅沢な食べ方じゃなくて、煮込むだけの料理が多いわ」
「この世界の料理油は品質が低いしな。揚げ物自体があまり無いから、フライドポテトは存在すらしてないってことなんだろう」
「だからあなたのスキルで生成出来たってことね。食材は存在してても、質や文化の違いでこの世界に無いから」
「そういうことだ。……待てよ、つまり質の問題さえ解決すれば、この世界の食材でも作れるってことか?」
「いいじゃない! 作りましょうよ! お昼のソーメンも、ビッグバーガーも一度きりなんて勿体無いわ! 私たちで作れるようにしましょう!」
アリアスの言葉で、今後の目標が見えた気がした。
そうだ。俺はこの荒れ果てた地で、前世の食事を再現出来るようにしよう。
アリアスに美味しいものを食べさせたい。俺も前世の食事を食べたい。
だったら自分たちで作ればいいじゃないか。
「大変そうだけど、やってみる価値はありそうだな」
「ええ、これから一緒に頑張りましょう!」
「ああ……って、その前に確認しておきたいんだが」
一番大事なことを聞き忘れていた。
「アリアスはいいのか……? 成り行きとはいえ、俺と二人で死の大地に住むことになってしまったけど」
「私はあなたを信頼してるわ。あなたがユグドラの黒き剣だから」
「その二つ名を名乗った自覚は無いんだけどな」
「じゃあ、これからあなたのことを知っていけるようにするわ。よろしくね、レクス」
ようやく名前で呼んでくれた。
俺を噂の暗黒騎士としてではなく、一人の人間として認識してくれた。
そんな気がして、なんだか嬉しかった。
「な、なによ……何か言いなさいよね……変なこと言ったみたいで恥ずかしいじゃない」
「いや、なんかこういうの慣れてなくてさ。こちらこそよろしく、アリアス」
アリアスの綺麗な手と握手を交わす。
俺のゴツゴツな手とはまるで正反対だ。
そんな正反対な俺たちは、これから一緒の家で暮らすこととなった。
金髪デカパイエルフとの共同生活。
田舎での自給自足のスローライフ。
前世の俺が見たら、歓喜の涙を流すことだろう。
だがやることが山積みだ。
アリアスに見捨てられないように、これから頑張っていこう。
◆◆◆
食後、アリアスに風呂の説明をした。
アリアスは風呂があることに感動して、早速入浴した。
「お風呂上がったわ。異世界のお風呂って凄いのね! 湯船の温度を自動で調整してくれるなんて最高よ」
「魔道具でも似たようなことは出来そうだけどな」
「そもそもお風呂を用意するのが一般的じゃないもの。一般人は水とタオルで体を拭くくらいで、お風呂なんて金持ちの道楽だわ」
「確かにそうか。俺も騎士団時代は水を浴びるだけだったし。任務に出ると数日間風呂に入れないこともザラだったよ」
おかげで訓練場も宿舎も男臭くてキツかった。
前世の運動部の部室の匂いを、十倍くらい酷くした匂いだったからな。
「シャンプーとリンス、ボディソープは使い方が分かったか?」
「ええ、あなたが説明してくれたから迷わなかったわ。髪を洗うのに専用の石鹸があるなんて、異世界は贅沢なのね」
「石鹸もこの世界じゃまだ市民に普及してないよな。魔法でどうにか出来るから、そういうのが発展してないのかもしれない」
「何でも魔法で解決出来るから不便に感じなかったけれど、この家にいると今までの生活は何だったのかって疑問に思うほど、この家は快適ね」
「魔法があるこの世界も、俺からしたら便利に思えるさ」
「そんなものかしら……」
まぁ、文明格差は気になるといえば気になるが。
「じゃあ俺も風呂に入ってくる。アリアスはゆっくりくつろいでてくれ」
「はーい」
俺は脱衣所で服を脱ぎ、風呂に入る。
前世の実家と同じレイアウトだな。
なんだか久々に実家に帰省したような気分だ。
まずはかけ湯をザバーっと。
「温かい……! さてと、湯船に入って……お゛お゛〜生き返る〜……!」
全身がポカポカと温まるのを感じる。
これだよこれ、この温かさこそ風呂の醍醐味だ。
「はぁ……気持ちいい……ここ最近の疲れが全部取れそうだ」
お湯を顔にかける。
気分がスッキリするな。
「ってこの湯船、アリアスが入った後だったな」
普通なら変なことを考えそうだが、そんな気にならなかった。
なぜなら風呂が最高だからだ。
むしろエルフの入った風呂というと、神々しささえ感じる。
「あったかい風呂と美味いメシ。それさえあれば人生どうにでもなる」
昨日から始まったいざこざなど知ったことか。
俺は今、最高の転生スローライフを迎えようとしているのだ。
それを楽しむためにも、嫌なことなどさっさと忘れるに限る。
体を洗うのと一緒に、前の職場の記憶も綺麗さっぱり流してしまえ。
◆◆◆
「待たせたな」
「長かったわね。異世界だとお風呂は長時間入るのが普通なの?」
「久々の風呂で長湯しすぎたんだ。まぁ、元々風呂は好きだったが」
「そうなのね。私も明日からもう少し長く浸かっていようかしら」
「食事の時間とかも決めておいた方がいいかもな」
「そうね、一緒に暮らすならそういうことも決めないといけないわね」
あ、なんか今の会話家族っぽい。
改めてアリアスと一緒に暮らしていくんだと実感する。
「とりあえず夕飯は夜の七時を目安にするか。風呂は八時くらいで、先に入りたい方が入る。長くても三十分を目処にしよう」
「三十分も入るの? あなた本当にお風呂が好きなのね」
「疲れた時はそれくらい長湯するんだ。普段はもっと短いさ」
「ふーん、分かった。時間はそれで問題ないわ」
今後実際に生活していくにつれて、決めることも増えるだろう。
とりあえず今はこれで問題ないだろう。あくまで目安だ。
「お風呂に入ったせいか、体が火照るわ。こんなの初めてだわ」
「暑いか? 冷房をもっと強くしようか」
「いいえ、そこまでしなくていい。この火照り、なんだか心地いいの。体の疲れが放出されてるような感覚よ」
「お互い大変だったからな」
「ええ、本当に。まさか一日でこんなことになるなんて、夢にも思わなかったけど」
「俺もだよ」
まさか仕事をクビになった翌日に、金髪デカパイエルフと一緒に暮らすことになるとは。
人生何があるか分かったもんじゃないな。
「そうだ。これからの共同生活を祝して、ささやかな乾杯をしようか」
「お酒? あなたのスキルで出せるの?」
「恐らくな。ついでに風呂上がりのデザートも用意しよう」
「デザート! フルーツかしら」
残念、フルーツじゃない。
だがアリアスもきっと気にいるだろう。
俺は風呂上がりに飲む酒と、そしてデザートを脳内にイメージする。
「【ダークマター】発動!」
「これは、金属の筒? それに紙の器?」
「アルミ缶のビールと、カップアイスだ。この世界のエールみたいな酒と、牛の乳で作った氷菓子だよ」
「氷菓子……そんなものもあるのね。エールなら私も好きよ」
俺達の前に現れたのは、プレミアムな缶ビールとスーパーなカップアイスだ。
どちらも前世ではありふれた物だが、この世界には存在しないモノだ。
ご丁寧に二人分用意されている。
ちなみにアリアスは十八歳だがこの世界は十八歳から酒が飲める。
だから未成年飲酒にはならない。
まぁ、前世の日本ほど未成年の飲酒に厳しい世界でもないのだが。
「そういえばあなた、副作用は大丈夫なの。スキルを使うと精神に負荷がかかるんでしょう」
「今のところ平気だ。生成するモノの規模によって負担が変わるのかもな」
「家を作るのと食べ物を作るのでは、話が全然違うものね」
「それに俺が今まで生成してたのは、前世にも存在しなかった架空のモノが多かった。こういう前世に存在してた食べ物を生成する時は、然程精神に負担がない」
「なるほど、完全に想像上のモノを作る場合、コストが高くなるのね」
「たぶんそういうことなんだろうな」
どういう仕組みなのかは分からんが、ダークマターの副作用が知れたのは収穫だな。
家を作った時に気を失ったが、あれは『魔力で動く前世風の家』というある意味架空のモノを生成したからなのかもしれない。
「まぁ難しいことは考えないことにしよう。とりあえずグラスに注いで……乾杯!」
「かんぱ〜い!」
元気よく乾杯するアリアス。
どうやら本当に酒が好きらしい。
「ぷはぁ〜! 美味しいわねこのお酒、ビールって言ったかしら」
「ああ、久々に飲んだけどやっぱり美味いな。エールとは喉越しが違う」
本当は生ビールを生成したかったのだが、前世で風呂上がりに缶ビールを飲んでいたからそっちのイメージが増してしまった。
今度生ビールが生成出来ないか試してみるか。
「この氷菓子はどうやって食べるの?」
「蓋を剥がして、そこにある木のスプーンで食べるんだよ。ほら、こんな感じ」
俺はカップアイスの食べ方をアリアスに見せてみた。
うん、美味しい。
前世ではいつでもどこでも買えたカップアイスが、この世界では最高の甘味だ。
仕事で疲れた日とか、風呂上がりによく食べてたなぁ。
すごい贅沢をしているみたいで、わくわくする。
「こうやるのね……うわ、冷たいっ。それに甘いわ! フルーツの甘さとは違う味わいね! これが牛のミルクから作られてるの?」
「どうやって作るのかは俺も詳しくないけどな。気に入ってもらえたようでなによりだ」
「これは罪な味だわ……こんな贅沢をして許されるのかしら……」
「大袈裟な……と言いたいとこだけど、確かにこの世界じゃ味わえないよなぁ」
「この甘いかっぷあいすを食べた後に、ビールで喉を潤す。最高ね……素晴らしいわ、異世界の食べ物!」
「ビールとアイスの組み合わせはあんまりしないけどな。まぁ今日は特別ってことで」
「そんな……この味はもう味わえないのね……。ねぇレクス、このかっぷあいすも、私たちで作れないかしら」
「アイスを作るのか……? いや、それはどうだろう……作り方も分からないしな」
確かにアイスを作れれば、食事にデザートが追加されて嬉しい。
日々の幸福感も増すだろう。
試してみる価値はあるかもしれない。
どうやって作るかは、また考えないとな。
「ここでの生活は人生の再スタートみたいなものだ。せっかくならやりたいことをどんどんやっていこう」
「そうね。新しいことに挑戦するって、楽しみだわ。こんなに素晴らしい物があるって知って、諦めるなんて私には出来ないもの」
「目標が出来るってのはいいことだ。やる気も出てくる」
「ええ、一緒に頑張りましょう」
それからアリアスと、これからやってみたいことなどを色々話していった。
俺達はこれからの生活に向けて盛り上がるのだった。
こうして、俺達のスローライフ最初の夜が更けていった。
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