第4話 元暗黒騎士は謎の女の実力を見る

「はぁぁぁぁ!」


「ぐわっ!」


 おお、すごいな。

 剣を一振りしただけで、騎士団の連中がゴミのように吹き飛んだ。


 この女、確かアリアス・シーゲルシュタインとかいったか。

 中々に強い女のようだ。


「ふん、騎士団の実力はこの程度なのかしら。たいしたことないわね」


「舐めるなよ、こいつ! くらえ、ファイアーボール!」


「下級魔法が私に通用するものですか」


 なんと、アリアスは騎士団の魔法攻撃を防ごうともしない。

 いくら下級魔法といえど直撃すれば多少のダメージはあるはずだ。


「ダメージが……ない?」


 どういうことだ。

 まさかあのローブの下に魔法防御効果のある防具を着けているのか。

 それにしては体のラインがくっきりと出ている。

 防具を着けているようには見えない。


「この……忌まわしいスキルを持ちやがって! 禁忌の悪魔め!」


「禁忌を犯してるのはあなたたち王国の方よ! 私のスキル、【女神の加護】はどんな魔法攻撃も無効にする!」


 魔法でダメージがないのはアリアスのスキルの効果だったのか。

 騎士団の連中が鬱陶しく思うのも頷ける。

 この世界で魔法攻撃を無効にするというのは、チートレベルのスキルだろう。


「私を倒したければ物理攻撃で倒すしか無いわよ。でもあなた達にこの私を倒せるかしら」


 無理だろうな。

 さっきアリアスの剣筋を見たが、騎士団のやつらが敵う相手じゃない。

 アリアスとは天と地ほどの差がある。


 魔法が効かないとなると、騎士団のやつらがアリアスに勝てる方法はない。


「クソ! 我らユグドラ王国の民ではなく、なぜ貴様のような異端の女に【女神の加護】というスキルが与えられたのだ! 忌々しい!」


「あなた達ユグドラの民に女神を信奉する資格など無い! てやぁぁ!」


「がぁぁぁ!」


 なるほどな。アリアスが騎士団に追われている理由がわかった。

 ユグドラ王国は女神を信仰している。それはもう、ブラック企業の社風のように、怖いくらいの信仰心がある。

 それなのに他国の人間であるアリアスに【女神の加護】なんてスキルが与えられたから、それを恨めしく思ったのだろう。


 ないものねだりだな。

 自分たちに女神の加護が無いからって、加護があるアリアスを消そうとするなんて情けない。


 改めて思う。この国ってクソだわ。


「ふぅ。全員倒したわね」


 おいおい、十人はいた騎士団がもう全滅か。

 情けないなぁ。元同僚として恥ずかしいぜ。

 まぁ、俺はこんな卑怯な任務は絶対に受けないけど。

 あ、だからクビになったんだった。まぁいいか、こんな職場。


 俺が倒れた騎士団の連中を眺めていると、剣を収めたアリアスがこっちに向かってくる。


「悪かったわね。私の面倒事に巻き込んでしまって」


「いいや、気にしてないさ。見事な腕だな」


「……あなた驚かないのね。騎士団が一斉に押し寄せてきたら、普通はもっと驚くはずだけど」


「こいつらは下っ端だ。こんなやつらが何人来ようと怯える必要なんてないだろう」


「あなた、何者なの……」


「ただの無職だよ」


 本当に無職で困る。これからどうしようか。

 この世界で再就職ってどうするんだろうな。ハ◯ーワークみたいな施設ってあるんだろうか。


「ねぇ、あなたひょっとして……」


「ぐぅ……おのれ、アリアス・シーゲルシュタイン……!」


 倒れた騎士の一人が、矢をアリアスに向けていた。


「危ない!」


 言うと同時に、俺はその騎士の喉元を短剣で切り裂いていた。

 暗黒騎士をしているうちに身についた、相手を瞬殺する動きだ。

 いやな癖がついちゃったなぁ。前世だとこんなこと絶対にしないわ。


「かはっ……! き、貴様は……まさ、か……」


 驚いた眼をして俺を見た騎士は、ようやく息絶えたようだった。

 悪いな。いくら元同僚とはいえ手加減が出来なかった。


「この騎士、矢で私を狙ってたのね……油断していたわ」


「あんたは物理攻撃しか効かないみたいだから、隙を突こうとしてたんだろうな。おまけに猛毒の矢だ。悪いけど出しゃばらせてもらった」


「助けてくれてありがとう。もしこの矢を受けていたら、今頃大変なことになっていたわ」


「どうだろうな。あんたなら矢が放たれてからでも反応できそうだが」


「買いかぶりすぎよ。そんな事できるのはあの暗黒騎士くらいじゃないかしら」


「えっ」


 暗黒騎士ってもしかして……。


「ユグドラ王国の騎士としては異端と言われる正義の騎士。敵味方を問わず、己の正義を貫き通す最強の戦士。王の右腕とも言われている、この国最強の暗黒騎士。一度手合わせしてみたいものだわ」


「誰だよそれは」


「あなた知らないの? この国の唯一の良心といってもいい、まともな人間なのよ」


「誰なんだよそれは」


「だから言ってるでしょう? ユグドラの黒き剣こと、最強の暗黒騎士のことよ。名前は明かされていないけど、有名人なのよ。噂くらい聞いたことあるでしょ?」


 いや、ないけど。

 もしかして、もしかしなくても俺のことじゃないよな?

 だって俺、そんなやつのこと知らないぞ。なんだよユグドラの黒き剣って。

 なんかちょっとかっこいいじゃないか。そんな二つ名があるなんて、全然知らない。


 俺の騎士団での呼び名なんて、『あいつ』とか『あの人』ばっかりだったからな。

 そんな厨二心に響く二つ名が与えられていたら、もっと仕事のモチベーションが上がったはずだ。


 だからアリアスが言う暗黒騎士は、きっと俺とは違う誰かのことだろう。

 この国に暗黒騎士って俺しかいなかったはずだけど、たぶんそうだ。


「そんなに有名なのか? その暗黒騎士ってやつは」


「ええ。もし彼が敵として現れたら、敗北は確定すると言われるくらい強いのよ」


「し、知らねえ……!」


 これは絶対に俺のことじゃないな。

 そりゃ、他の騎士に比べたら強いって自覚はある。

 転生ボーナスなのか、たまたま才能があったのかはわからんが、俺は騎士団の中だと上位の実力だった。最強の暗黒騎士と呼ばれたこともある。


 だが俺が戦場に出ると相手は負けるなんて、そんな馬鹿げた話があるはずない。

 いくら俺が強くても、そんなチートみたいな強さを持ってるわけじゃないし。


「すごいなその暗黒騎士ってやつ。俺も一度は会ってみたかった。もうこの国には戻ってこれないだろうし」


「そういえばあなた、仕事をクビになって他の国に行こうとしてるんだったわね」


「ああ。職探しだけでも大変そうなのに、他国で再就職なんてどうなることやらって感じだ」


「それほど酷い失敗をしたのね……」


「いや、俺はそんなにやらかしたつもりは無いんだが」


「失敗した人はみんなそう言うのよ」


 そうなのかな……そうなのかもしれない。

 自覚がないだけで、騎士団長にも嫌われてたっぽいしな。

 暗殺者が送り込まれるくらいだし、俺はさぞ疎ましく思われてたのかもしれない。


「気にしない方がいいわよ。失敗は誰にでもあるものだから」


「そういうもんかね。まぁ、俺も気にしないようにするよ」


 俺達は片付けを済ませて、商人のおじさんの無事を確認した。

 幸いこれといって怪我もなかったので、馬車は無事走ることになった。


「国境のあたりまであと数時間でつくよ。あんたらはそれまで寝てていいぜ」


「じゃあ、お言葉に甘えることにしようかな」


 俺は馬車の中で寝ることにした。

 暗殺者に襲われて、宿で寝ることも出来なかったからな。

 ようやく一息つける。本当に、今日は慌ただしいな。

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