第5話 元暗黒騎士は元同僚を制圧する

「おいあんたら、国境近くまでついたぜ」


「起きなさい、ねぇ起きて」


 眠い……。もう少し寝かせてほしい。

 しかしそうも言ってられないな。目的地に到着だ。


「ほらあそこに関所があるだろう。あそこを超えればこの国から出れるよ」


「そうか。ここまで連れてきてくれてありがとう。俺はここで降りることにするよ」


「私もそうするわ」


 アリアスも俺も、真正面から関所を通れるとは思えないからな。

 騎士団のやつらは、俺が無事に国から出られないようにしてるはずだ。

 正規の方法で国から出ることは出来ないだろう。


 商人のおじさんと別れた。

 あのおじさんは無事に関所を通れるだろうか。

 騎士団の連中から目をつけられてないといいが。


「さて。俺はどうするべきか」


 問題はどうやって関所を抜けるか。

 見張りを倒して通るか? いやそれだと騒ぎになる。

 じゃあどうにかして見張りの注意を逸らす? いやそれだと見張りの意味がない。通用しないだろう。


 さてどうしたものか。


「お前はどうするんだ? お尋ね者なんだろう」


「私は大丈夫よ。関所を通るのに何の問題もないわ」


「そうは言ってもどうやるんだ。変装してることも騎士団にはバレてるぞ」


「大丈夫。それよりあなたはどうするの。あの商人といっしょに関所を通ればよかったんじゃない?」


「俺にも事情ってものがあるんだよ」


 アリアスと同じく俺もこの国ではお尋ね者だ。

 彼女がどうやって関所を通るか、参考にしたかったが秘密のようだ。


「なぁ。見張りに顔を見られずに関所を通る方法ってあるかな」


「何を言ってるのよ。そんな方法があれば、関所なんて意味がなくなるじゃない」


「ごもっとも。じゃああんたはどうやってあの関所を通るんだ?」


「あなたには関係ないわ」


 それもごもっとも。

 だが俺としても重大な問題なのだ。

 ここは少し強気で行ってみよう。


「俺はさっき、騎士団の毒矢からあんたを助けた。いわば命の恩人だ」


「……それについては礼を言うわ」


「礼のついでに、その関所を通り抜ける秘密を教えてくれないか?」


「どうしてそんなことを知りたがるのか不思議だわ」


「興味本位だよ。知的探究心ってやつだ」


「本当かしら……」


 怪しみながらもアリアスは俺にその秘密を教えてくれた。


「このマジックアイテムを使うのよ。変装の腕輪と言って、身につけると外見を変えられるのよ」


「ほう。そんな便利なものがあるのか」


「ただし効果は五分だけしか続かないわ。使い切りのマジックアイテムよ」


「使い切りか……それは一個だけか?」


 頼む、二個持っててくれ。

 言い値で買うから……!


「私が持ってるのはこれ一個よ。そもそも、これはレアなマジックアイテムなの。手に入れるのに苦労したのよ」


「色々と悪用できそうだしな」


「これ一つで三◯◯万ゴールド。関所を通り抜けるためだけに手に入れたの」


 三◯◯万ゴールドってことは、日本円で三千万円か。確かに激レアなマジックアイテムらしい。

 俺の手持ちの金じゃあ、とても買えそうにない。


「秘密を教えてもらってすまなかった。色々と知れてよかったよ」


「その割に残念そうな顔をしているけれど、もしかしてあなた……これを使いたいの?」


「そんなところだ。まぁ一個しかないなら仕方がないさ」


「そんなに前の職場の失敗が恥ずかしかったのね……」


「……そんなところだ」


 こうなったらぶっつけ本番で関所を通るしかないか?

 変顔をしてれば案外バレないかもしれない。


 いや駄目だ。もし俺の正体がバレたら騒ぎになる。

 そうなると商人のおじさんやアリアスも巻き込まれる。

 それは駄目だろう。


「無事に国境を超えれることを祈ってるよ」


 俺はこの国から出られそうにない。


 ◆◆◆


 アリアスと別れを告げて数十分ほど経った。

 無事にユグドラ王国から逃げ出せたのだろうか。


「なんだか関所が騒がしいな」


 まさか、アリアスの変装が見破られた?

 だがアリアスはマジックアイテムで変装してたはずだ。

 そう簡単に見破られるものなのか?


 様子を見に行ってみよう。


「おい! お前がアリアス・シーゲルシュタインを馬車に乗せていたことは分かっている! あの女はどこに行った!」


「ひ、ひぃ! し、知らない! そのアリアスなんとかって人が乗ってたなんて知らないんだ! 女はさっき馬車から降りた! 俺はなんにも知らねえ!」


「なるほど、どうやらこの辺に潜んでいるようだな。お前たち!」


「はっ!」


「この関所を封鎖しろ! 周囲に人員を配置しろ! この周辺にいる人間を一人たりとも逃がすな!」


 まずいな……。

 悪い予想が当たってしまった。

 やはり騎士団は商人のおじさんを待ち伏せていたようだ。


「貴様はアリアス・シーゲルシュタインの逃亡を協力した罪で連行する」


「そ、そんな! し、知らなかったんだ! 俺は別に悪いことをしたわけじゃ……」


「黙れ! 騎士団に逆らうか!」


「やめなさい! その商人は無関係よ!」


 年寄りの女性が声を荒らげる。

 その女性は腕輪をしていた。変装したアリアスのようだった。


「あのバカ、せっかく変装したのにバレちまうぞ……」


 三◯◯万ゴールドのマジックアイテムを無駄にする行為だ。

 だがアリアスは見過ごせなかった。自分のせいで無関係な人が巻き込まれるのは許せないのだ。


 アリアスは腕輪を外した。

 すると彼女の変装が解けた。


「私がアリアス・シーゲルシュタインよ。その商人を解放しなさい」


「ほう、お前がかの異端者アリアス・シーゲルシュタインか。中々いい女じゃないか」


 おい、ゲスいことを言うな。同じ騎士として恥ずかしいぞ。

 この国の騎士がみんなクズみたいに思われる。

 いや、クズだな。うん、こいつらクズだわ。

 揃いも揃って、変な思想持ってるんだよなこいつら。

 一緒に働いててキツかった記憶がある。


「そう言えばあの隊長格の騎士は見覚えがあるな……」


 そうだ思い出した!

 あいつは俺が暗黒騎士として働いてる時に、いつも騎士団長と一緒に嫌味を言ってきた騎士だ!


 思い出したらなんだか怒りが湧いてきた。

 こいつらのせいで俺の転生ライフは、前世と同じブラック企業みたいな空気になってたんだ。


「そこを動くなよアリアス・シーゲルシュタイン。抵抗すればこの場にいる全員を処刑する。なぁに、貴様が少々我慢すれば済む話だ。グフフ……」


「クズめっ……。この国の騎士は揃いも揃って最低な人間ばかりね……!」


「貴様のような異端者に言われたくはない! さあじっとしていろ。今そのローブを脱がして、貴様の柔肌を味わってやろうじゃないか……」


 騎士の手がアリアスの体に触れようとする。

 もう我慢ならない。

 俺は物陰から飛び出した。


「さてさて、異端者アリアス・シーゲルシュタインの身体はどれほどのものか……ぐへっ!?」


「お前に、その女に手を出す資格はない」


 俺は騎士の脳天に短剣を突き刺していた。


「た、隊長! 貴様、何者だ!」


「おいおい、もう俺の顔を忘れたのか。冷たい同僚たちだな。いや、もう同僚じゃないか」


 脳天に刺した短剣はもう使えそうにない。

 暗殺用の物だからか、耐久力が低いようだ。

 たった数人を処理しただけで、もう使い物にならないか。

 まともな武器を揃えないといけないな。


「き、貴様はまさか……!」


 周囲の騎士たちが騒然としている。

 俺の顔を見て驚愕している者もいた。

 それはそうだろう。なぜなら俺は昨日までこいつらの同僚だったのだ。

 そんな人間が自分の上司を殺したのを目撃したら、驚くのも無理はない。


 前世で言うところの、お礼参りってやつだ。


「あ、悪魔だ……」


「で、出た……裏切り者の暗黒騎士……」


「レクス・ルンハルト!」


「裏切り者? 酷い言われようだな。俺の認識だと、俺が一方的にクビにされたはずなんだがな」


「こ、殺せ! 全員こいつを殺すのだ! アリアス・シーゲルシュタインなどどうでもいい! こいつをこの場で始末しろ!」


 おい、アリアスに比べて随分と反応に差があるじゃないか。

 野郎はお呼びじゃないってことか?

 ラノベみたいなエロシーンが来ると思ったら、男が混じってきたからキレてるのか?


 だがそんなことはどうでもいい。


「死ね、裏切り者のレクス・ルンハルト!」


「さっきから悪魔だの裏切り者だの、好き勝手言うんじゃない。俺はお前ら以上にキレてるんだ」


「ごばっ……!」


「ひぃ……悪魔っ……! ぐはっ……!」


 武器がないので仕方なく素手で倒していく。

 とどめを刺せないので不安だが、この状況から抜け出すことが先決だろう。


「や、やめろ! 俺達仲間だろ!? ほら、以前飯を奢ってやったじゃないか……!」


「俺には飯を奢ってくれるような同僚はいない!」


「ぶべっ……!」


 どいつもこいつも、くだらないことを言いやがって。

 お前らが俺に優しくしてくれたことなど、ただの一度も無いじゃないか。

 それなのにまるで俺が悪いみたいに言いやがって。


 俺に優しくしてくれたのは聖女ローレシアと国王陛下くらいだった。

 俺はこの世界に来てからずっと、一人だったんだ。


「た、頼む……殺さないでくれ……!」


「別に殺したくて殺してるわけじゃない。騎士団長に伝えとけ。お前らが俺を追ってこないなら、俺はお前らを攻撃しない」


 でももし追ってくるのなら、やり返させてもらう。

 クビになった職場からの嫌がらせを我慢するわけないだろ。

 やられたらやり返すさ。それだけだ。


「よし、これで無事終わったな。な?」


 アリアスに視線を向けると彼女は困惑した顔で立っていた。


「あなたは、あなたが暗黒騎士……ユグドラの黒き剣……」


 アリアスは勘違いしている。

 彼女が言っていた暗黒騎士は俺のことじゃない。

 俺はそんなにすごい人間じゃないのだ。

 ただ、生きるために必死で戦っていた、平凡な騎士に過ぎない。


「そう言えば自己紹介がまだだったな。レクス・ルンハルトだ」


「わ、私はアリアス・シーゲルシュタイン……」


 俺が握手を求めると、アリアスは混乱した様子で握手を返した。

 その時、アリアスのフードが脱げた。

 綺麗な金髪が見えて感心していると、そこから俺は更に驚いた。


 なんと、耳が。

 アリアスの耳が長いのだ。


「……見ての通り、エルフよ。この国では忌み嫌われる亜人なの」


「美しい……」


「は?」


 始まったかも知れない。

 俺の転生ライフが。


 職場をクビになった結果、デカパイ金髪エルフと出会えました。

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