第3話 元暗黒騎士はデカパイ女と出会う
暗殺部隊を始末したけど、まずいな。
確実に次の追手が来る。
やっぱり酔った勢いでやるのはよくないな。
みんな、ヤケ酒はよくないぞ!
「宿屋に泊まるのはやめだ。今夜のうちに王都から抜け出そう」
まだ教会の上層部に勘づかれる前に移動する。
じゃないと今度はもっと大勢の刺客が送り込まれる。
正直大したレベルじゃないけど、荒事に巻き込まれるのは嫌だ。
もう俺の心は異世界転生でスローライフって次の目標があるんだ。
トラブルなんてごめんだね。
「まるでお尋ね者だなぁ。一方的に襲われたのは俺なのに、なんで逃げなきゃいけないんだ」
暗殺者を返り討ちにしたからだ。
けど仕方ないだろ? 殺されてたまるか。
まぁ、酒の勢いってのはあるんだけどさ。忘れよう。
「正規の移動ルートだと先回りされてる可能性があるよな。列車は使えない」
この世界は不思議なもので、雰囲気は中世ファンタジーなのだが、魔法のおかげで文明レベルはそこそこ高い。
魔法で動く列車が、交通機関として存在している。
自動車はまだこの世界には無いようだ。あれば便利なのに。
その代わり、馬車での移動が多い。異世界の馬って頑丈だな。いや前世で馬に乗ったことないけど。
「馬車での移動か。この前の任務依頼だけど、民間の馬車に乗ったことないかもしれん」
任務で移動する時は軍用の馬車に乗ることもあった。
一般の馬はどれくらい早いのか、よくわからない。
こっちの世界だと孤児だったから、一般常識とか疎いんだよなぁ。
「こういう時は行商の馬車に乗せてもらうしかないか。なるべく夜のうちに動くとしよう」
王都脱出作戦。
なんだかわくわくするシチュエーションだ。
失敗したら何をされるかわからないから、テンション上げてる場合じゃないんだけどね。
◆◆◆
「なぁ、あんた商人か? 道中の護衛を引き受ける代わりに、俺を馬車に載せてくれないか」
「なんだ兄ちゃん、あんた冒険者かい」
「似たようなもんだよ」
冒険真っ最中だ。ただし逃避行という最悪の冒険だ。
「どこまで行きたい? わしは隣国のスリトライ共和国まで行く予定だが」
「そこは関所を通るだろうか」
「そりゃあ、当然通るね。国から出たり入ったりする時は必ず通るよ」
それはマズイよなぁ。確実に捕まる予感がする。
今はまだ夜だからいいけど、明日になると俺の情報が伝わってるかも。
見つかったら面倒そうだ。
この商人のおじさんにも迷惑をかけるだろう。
関所に着く前まで乗せてもらおう。
「じゃあ途中まででいい。そこまで乗せてもらえないだろうか」
「護衛してくれるんだろう? むしろありがてぇ限りだ。あんた強そうだもんなあ」
ありがたいな。転生して素直に感謝されるのは久々だ。
俺はこの国最強の暗黒騎士と呼ばれていたし、腕に自信はある。
商人のおじさんは守り切ってみせよう。
「そ、そこの馬車待ってください!」
俺が馬車に乗り込もうとしてたら、女性の声が聞こえた。
ずいぶん焦っているみたいだ。息を切らしてこちらに走ってくる。
まさか追手か? 俺を捕まえようとしている?
「私もその馬車に乗せてくれませんか?」
どうやら追手じゃないらしい。
ローブで全身を隠してるから、あいつらの仲間かと思った。
「今の話を聞いてました。私も腕に覚えがあります。護衛を引き受けますので、一緒に乗せてもらえませんか!」
「なんと、冒険者が二人も護衛についてくれるのかい。でも残念ながら報酬は払えないよ」
「俺は乗せてくれるだけで、全然ありがたいです」
「私もよ。出来れば国境の前で降ろしてくれると嬉しいのだけれど」
「…………」
この女、もしかして同類か?
国境前で降りるってことは、関所で見つかるとマズイってことだ。
まさかこの女もお尋ね者か?
「それじゃあ二人とも乗った乗った! 魔物が出たら働いてもらうよ!」
「任せてくれ。魔物退治は慣れてる」
「私もよ。役に立てるように頑張るわ」
この女、冒険者か?
いや違うな。冒険者なら姿を隠すような格好をするはずがない。
全身をローブで隠してるから、顔を見られたら困る事情があるに違いない。
俺たちは馬車に乗る。
怪しい女と一緒に後部座席に座る。
「ずいぶん大変そうだな、あんた」
「どういうことかしら」
「そんな格好をしてるんだから、何か事情があるんだろ。例えば誰かに追われてる、とか」
「そういうあなたこそ、こんな早朝から馬車に乗せてもらおうだなんて、訳アリって感じだわ」
「俺はただの冒険者だよ」
「嘘よ」
一発で嘘がバレてしまった。
俺の格好も冒険者らしくない、ラフな格好だしな。
二人揃って冒険者にはとても見えない。
「俺は事情があって、この国にいられなくなってね。さっさと別のところに行こうとしてるとこなんだ」
「あら、仕事をクビにでもなったのかしら。それで恥ずかしくてどこか遠いところへ行きたいとか?」
「まぁ、そんな感じだよ」
実際はなぜか指名手配されて、お尋ね者になっちゃったんだけど。
それを正直に言うのはリスキーだろう。
「まぁ、でも私も似たような境遇ね。この国にいられなくなったのよ。こんな国はとっとと出ていきたい」
「気が合いそうだな」
「あなたみたいに、ぬるい事情じゃないけどね」
言ってくれるじゃないか。
職場をクビにされて、指名手配されるのがぬるいって?
まぁ正直どうでもいいとは思ってる。相手にするのが面倒なだけだ。
この国の思想強めな雰囲気が苦手で、この機会に国から出ようと思ったわけだし。
しかしこの女はどんな事情を抱えているのだろう。
気になるが、聞いていいのか迷うな。
今俺がわかるのは、全身を覆ったローブの上からでもわかるくらい、この女の胸がデカいということだけだ。
あまり露骨に見るのも失礼だろう。
俺は眼福だと思い、名残惜しさを覚えつつ視線をこっそり逸らすのだった。
このデカパイ女、変装してる割にはその胸のせいでかえって目立つんじゃないか? と思わずにはいられなかった。
◆◆◆
馬車に乗って四時間ほど経った。
結構なスピードで馬車を走らせてるが、今はどの辺りまで来たんだろう。
「って、俺この国の地理とか知らねえや」
「ここは白き森と呼ばれる地域よ」
「詳しいんだな」
そう言えば任務で何度か来たことがあるような……。
俺の任務って大体夜だから、日中の景色とかわからないんだよな。
たぶん来たことはあるんだろうけど。
「う、うわああ! あ、あんたら誰ですか! と、盗賊!?」
突然、前の方から悲鳴が聞こえた。
おそらく商人のおじさんだろう。野盗か何かが出てきたらしい。
「早速出番みたいだ。行こう」
「ええ、おじさんが襲われる前に助け出しましょう」
俺たちは馬車から降りて武器を構える。
武器と言っても、昨日倒した暗殺者から拝借した短剣だけだ。
以前使ってた武器は全部、騎士団に返還しちゃったからなぁ。
でも人間相手ならこの短剣で十分戦えるだろう。
「あ、あんたら来てくれたか! た、助けてくれ!」
「今行くぞおじさん! おい、野盗ども! 大人しく……って、こいつら」
「最悪だわ……」
デカパイ女が剣を構えて悪態をつく。
「こいつら、騎士団の連中よ……」
冒険の旅に出てきた最初の敵は、元職場の連中でした。
俺を殺すためにもう追ってきたの?
そんなに職場で嫌われてたのか、俺。ショックだ。
「アリアス・シーゲルシュタイン。貴様を捕縛させてもらおう!」
「誰が捕まってやるものですか! この迫害主義者の騎士団どもめ!」
あれ、もしかして狙いは俺じゃなくて、こっちのデカパイ女の方?
ということは、こいつらは俺じゃなくてこの女を追ってきたのか。
騎士団に追われるなんてこのデカパイ女、一体どんな事情を持ってるんだ。
「あんたたちみたいな卑怯な騎士なんかに、絶対に負けないんだから!」
おい、それは負けた時にすごいことされるフラグにしか聞こえないぞ。
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