第2話 元暗黒騎士は暗殺者に狙われる

「さて、これからどうしたものか」


 騎士団をクビになった。

 それは別にいい。元々合わない職場だったし。


 だが困ったことに家がない。

 騎士団の宿舎で寝泊まりしてたから、そこを追い出されたら住む場所がない。


「当分は宿屋で寝泊まりするしかないな」


 実はこの世界に転生してから、宿屋を利用したことがない。

 孤児に転生して、国王陛下に拾ってもらったから普通の暮らしというものをしたことがない。


「前世で言うビジネスホテルみたいなものか? 泊まってみれば分かるか」


 前世では結構出張に行っていた。

 よく会社指定の格安ビジホに泊まったものだ。


 まあ、出張と言っても取引先にひたすら頭下げてただけでいい思い出なんて無いけど。


「ちょうどあそこに宿屋があるな。あそこにするか」


 俺は安っぽい宿屋に入ることにした。


 ◆◆◆


「素泊まり六○○ゴールドだよ」


 無愛想な女将だなあ。

 俺の顔を見るなり、いきなり不機嫌そうな顔をして。

 泊めてくれそうなので代金を支払おう。


「ちょうど六○○ゴールドだね。二階の空いてる部屋に行きな」


「どうもありがとう」


 果たして宿屋の部屋とはどんな物だろうか。

 期待半分、不安半分だ。

 トイレは……共用みたいだな。

 風呂は……この世界には金持ちにしか普及してないし。


「ドアが開いてる部屋に入っていいんだよな? どれどれ」


 部屋の中を見てがっかりした。

 狭い部屋にボロいベッドが置かれている。

 それだけだ。他に何もない。


 寝るためだけの部屋って感じだ。


 見るからに安っぽい宿だし、こんなものと割り切ろう。


「鍵は……よかった。ついてる」


 流石に鍵がなければ防犯設備ガバガバどころじゃないからな。

 今日のところはここで我慢するとしよう。


「しかしこれで六○○ゴールドか。日本円で六○○○円くらいか? 少しぼったくられてる気がするな」


 六○○○円ならもう少しマシなビジホに泊まれそうなもんだ。

 異世界との物価を比べるのはナンセンスか。


「さてと、荷物は置いたし飯にでも行くか」


 ◆◆◆


「はー満腹満腹! 久々にまともな飯を食べた」


 王都の下町まで出ていって、大衆食堂で腹ごしらえをした。

 これが結構美味かった。

 魔物の肉を豪快に焼いたものや、この世界特有の野菜や海産物も美味い。


 騎士団だと栄養が第一で味なんて二の次だったしな。

 久々にまともな飯にありつけた。


 大衆食堂にしては高いのが気になったけど。


「食後はどこか飲みに行くか。退職記念日だしな!」


 そのまま夜の街を満喫する無職の俺なのだった。

 いやこういう日くらいテンション上げなきゃな。


 ◆◆◆


「うぇ……飲みすぎたな……。あれ、宿屋どこだっけ」


 職場を辞めたテンションで飲みすぎてしまった。

 解放的な気分だ。ストレスの原因がなくなったからだろう。

 気分がやけに上機嫌だ。


「レクス・ルンハルトだな」


 誰だろう。

 黒いローブで顔を隠している。

 俺が夜道で一人になるのを待っていたかのようだ。


「さっきから俺の跡をつけてたのはあんたらか。俺に用でもあるのか」


「ああ、そしてすぐ終わる」


 ローブの男は黒塗りのナイフを取り出した。

 なるほど、こいつは暗殺者だ。

 さては教会の差し金だな。


「暗黒騎士だった俺は、騎士団だけじゃなく教会の裏仕事もやってたからな。口封じに来たわけだ」


「そういうことだ。死ね、レクス・ルンハルト!」


 気付けば周囲に十人ほどの暗殺者が待ち構えていた。

 全員夜行用の装備をした、ガチの暗殺部隊だ。


「昼間から変な視線を感じだと思ったんだ。さては騎士団本部を抜けた時からずっと尾行してたのか。ご苦労なことだ」


「おかげで貴様が一人になるチャンスがやってきた。悪いが王国のために、ここで死んでもらう」


 教会の連中は信仰心が高い。

 そのせいでやたら外部に敵を作る。

 教会の教えを守らないものは異教徒と断定し、罰を与えたりする。


 俺もその対象に選ばれたということだ。


「聖女様と話してたのが気に入らなかったのか?」


「貴様のような人間が、気安くローレシア様と言葉を交わすなど無礼極まりない!」


 鋭い短刀の一撃を避ける。

 周囲の連中は物陰に隠れて暗殺のチャンスを狙っているようだ。

 統率の取れたチームだ。


「貴様のような暗黒騎士風情が、純白の聖女と関わろうとすること自体、万死に値する!」


「確かに俺には高嶺の花だけど、お前らはローレシアを特別視しすぎだ」


 俺は向けられた短刀を指で挟み、そのまま奪い取る。

 そしてローブの男の喉元を切り裂く。


「ぐ……がぁぁぁぁ!」


「あの子は優しい、普通の女の子だろ。特別な力があるかもしれないけど、それを神輿に担ぎ上げてるのを見るのは気分が悪い」


「た、隊長! くそ、みんなあの男を殺せ!」


 隠れていた連中はリーダーがやられて慌てたらしい。

 せっかく物陰に隠れていたのに、これでは丸見えだ。


「一応お前らも俺の元職場……の別部署ってことになるんだろうけど、申し訳なさとか一切ない。逃げるなら好きにしろ」


 酒飲んでいい気分なのに、血を見て台無しだよ。

 血を流したのは俺なんだけど。

 前世の日本に比べたら、この世界は殺し殺されの日常だ。

 まるでファンタジーゲームのような世界だ。


「誰が逃げるか。貴様を始末するのは重要な任務だ」


「任務……」


 ほう。面白いことを聞いた。

 つまりこいつらの独断ではないということだ。

 誰かの命令で俺を殺しに来たってことになる。

 聞き出してみるか。


「この国のためにも死ね! レクス・ルンハルト!」


 嫌なんだよなぁ。

 なんで命令だからって、そう簡単に人を殺そうとするんだろう。

 俺はそれが嫌で、騎士団クビになって喜んだのに。


 この世界だと俺が異端なの?

 それともこの国のやつらが頭おかしいのか?


 どっちでもいい。

 命を狙われたんなら、反撃くらいしてもいいだろう。


 ◆◆◆


「う……うぅ……」


「死なない程度に済ませたつもりだ。礼とかいらないからな」


「この……異端者めが! 貴様も異教徒へと堕ちるか!」


「その異端とか異教ってレッテル貼り大嫌いなんだよ。相手に何してもいい免罪符みたいで」


 夜道には黒ローブの暗殺者たちが倒れていた。

 俺を殺すならもうちょっと酔いが回った時の方がよかったな。それか就寝中。


「それで、お前らは誰の命令で動いたんだ? 司祭様か?」


「ふ、ふふ……。聞いて絶望しろ……。我らに命令を下したのは、他でもない国王陛下だ」


「おい、それは嘘だろ。なぁ……!」


 孤児だった俺を騎士にしてくれた、あの陛下が俺を殺せと言っただと!?

 この世界に転生して、一番の恩人だぞ!


「貴様の暗殺任務は失敗した……。だが既にお前の悪評は王国だけでなく、周辺諸国にも流してある」


「それも陛下の指示か……」


「騎士団長はこの国から出ていけと言ったようだが、果たして無事この国を抜けられるかな。この国を出たとしても、命を狙われるだろうぜ……」


「俺の、暗黒騎士の素性は秘密だったはずだ。情報を漏らすはずがない」


「違うね。お前はもうこの国の暗黒騎士じゃない。お前を恨んでる人間も大勢いるだろうぜ……ククク」


 マジかよ。


「おかしいと思わなかったのか? なぜ宿屋の女将が冷たいのか。なぜ大衆食堂の値段がお前だけ高かったのか」


「そういえば、そんなことあったな。あれもお前らの仕業か」


「既に王国にはお前の味方はいない! そろそろ王国中に、お前の指名手配書が届いてるぜ!」


「なんか、思ったよりも大変なことになってるな……」


 俺は王国の暗部として今まで活動してきた。

 中には思い出したくない任務もあった。

 敵国だけじゃなく、王国民にも恨まれるのは当然だ。


 だが……


「これからどうすりゃいいんだよ……」


「辺境の地、マヤト。人が生きられない環境で有名な『死の大地』と呼ばれるあそこなら……追手は来ないかもな……ククク」


「最悪の地、マヤトか……」


 過酷な環境で生物も作物も死に絶えると噂の危険地帯だ。

 仮にそこまで逃げ延びたとしても、死んでしまうかもしれない。


「行くも地獄、行かぬも地獄だせ……ククク」


「教えてくれてありがとう。じゃあな」


 ザシュ、という音と共に最後の一人は喋らなくなった。


 血溜まりの夜道で空を見上げる。

 仕方ない、行くか。そのマヤトってところに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る