第4話 亜空間夢現狭間
目を開けると、そこには広大な草原が広がっていた。青々とした草が風に揺れ、爽やかな風が俺の頬を撫でる。空はどこまでも青く、雲一つない澄み切った景色が広がっている。その美しさに、俺はしばし言葉を失った。
「ここは…どこだ?」
思わず声に出すと、その声が遠くへと響き渡る。俺は成仏したはずだった。しかし、この光景は現実のものとは思えない。これは一体…?
ふと、草原の向こうから誰かが歩いてくるのが見えた。白いローブをまとった人物が、こちらに向かってゆっくりと近づいてくる。その姿は、どこか神秘的でありながらも、どこか懐かしい感じがした。
「君は…誰だ?」
俺はその人物に向かって問いかけた。しかし、その人物は答えずに微笑みを浮かべるだけだった。やがて、彼は俺の目の前に立ち止まり、静かに口を開いた。
「君がたどり着いたのは、夢と現の狭間だ。」
「夢と現の狭間…?」
その言葉に、俺は戸惑った。夢と現の狭間、それは一体何を意味するのか?
「君が成仏するためには、ここで自分自身と向き合う必要がある。君の魂がまだ未練を抱えているならば、それを解消することが求められるんだ。」
彼の言葉に、俺は息を飲んだ。成仏するためには、まだ乗り越えなければならないものがあるというのか。俺はこれまでの道のりで、多くのことを学んできた。だが、それでもまだ完全には解決していないことがあるのだろうか。
「君の心の中にある未練を見つけ、それを解消することが君の最終的な試練だ。」
そう言って彼は手を伸ばし、俺の額に触れた。瞬間、俺の視界が歪み、景色が激しく揺れ始めた。まるで時間と空間がねじれるかのように、周囲の風景が変わっていく。
気がつくと、俺は再びあの草原に立っていた。しかし、今度は何かが違う。周囲には白い霧が立ち込めており、視界がほとんど遮られている。
「これは…一体?」
不安に駆られながらも、俺は一歩ずつ前へ進んだ。霧の中を歩くたびに、足元から奇妙な感覚が伝わってくる。まるで自分がこの世界に存在していないかのような、異様な感覚だった。
「君が抱えている未練、それは何だと思う?」
突然、先ほどの白いローブをまとった人物の声が耳に響いた。だが、姿は見えない。声だけが霧の中から響いてくる。
「俺の未練…」
俺は自分自身に問いかけた。確かに、まだ成仏するには何かが足りない気がしていた。それは何か大切なことを忘れているような、そんな気がしていた。
「思い出してごらん。君が本当に望んでいることを。」
その声が俺の思考を導くように響く。俺は目を閉じ、心の中を深く探った。そして、徐々に浮かび上がってきたのは、あの光景だった。
俺が死んだ日、街はテロリストによって混乱の渦に包まれていた。俺はその場に居合わせたが、何もできずにただ立ち尽くしていた。無力さと恐怖に支配され、ただ逃げることしか考えられなかった。俺が死んだのは、その時だった。
「俺は…何もできなかった。」
その事実が、俺の胸に重くのしかかる。家族や友人、そして周囲の人々を守ることができなかった。それが、俺の心に深く刻まれた未練だった。
「そうだ、俺は…守りたかった。」
その瞬間、霧が一気に晴れ、目の前に光景が広がった。そこには、あの日の街が再現されていた。人々が恐怖に怯え、逃げ惑う中、俺はただ立ち尽くしている。そして、遠くからは銃声や爆発音が聞こえてくる。
「これは…俺が望んだことなのか?」
俺はその光景に向かって歩き出した。あの日の自分がそこにいる。そして、俺は彼に近づき、問いかけた。
「君は、本当にこれでいいのか?」
だが、あの日の俺は何も答えない。ただ無表情で立ち尽くしている。俺は彼の肩に手を置き、強く握りしめた。
「君が守りたかったものは、何だったんだ?」
その問いに、彼はゆっくりと顔を上げた。そして、静かに口を開いた。
「俺は…守りたかった。家族や友人、そしてこの街を。でも、俺には何もできなかった。」
その言葉に、俺は深く頷いた。あの日の無力感が、今も俺の心を支配している。しかし、それを認めることができなかったからこそ、俺は成仏することができなかったのだ。
「君が成仏するためには、まず自分自身を許すことが必要だ。」
再び、あの声が響く。俺は自分自身を見つめ直し、心の中でその言葉を反芻した。
「俺を許す…」
簡単に言えることではない。だが、俺が前に進むためには、それが必要なのだと理解した。俺は深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。そして、あの日の自分に向かって言った。
「君は何もできなかったかもしれない。でも、それを責める必要はない。俺はもう、君を許すことに決めた。」
その瞬間、周囲の光景が一気に崩れ始めた。あの日の街並みが崩れ落ち、俺の目の前に広がっていた景色が霧と共に消え去る。代わりに、再び草原が現れた。
「これで、君は前に進むことができるだろう。」
声の主が再び現れた。彼は穏やかな笑みを浮かべ、俺に向かって手を差し出した。
「君は自分自身を許し、未練を解消した。これで君は成仏できる。」
俺は彼の手を取り、深く頷いた。心の中で何かが解き放たれた感覚がした。そして、胸の奥にあった重荷が、徐々に軽くなっていくのを感じた。
「ありがとう。」
俺は感謝の言葉を口にした。これで、ようやく俺は本当に成仏することができる。自分自身を許し、過去を乗り越えることができたのだから。
彼は微笑みながら、俺の手をしっかりと握り返した。そして、俺たちは共に草原を歩き始めた。どこまでも続くこの道を、共に進んでいく。
俺はもう、迷わない。成仏することで、新たな道が開かれるのだと信じているから。
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